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72話 「役割と……」

 




 出窓から差し込む月の光を反射させながら、艶やかな黒いポニーテールが目の前で揺れている。


「……」


 会話はない。

 僕は無言で前を行くフィーアさんの背を追うようにして、元来た暗い廊下を歩いていた。


 新入りの挨拶と顔合わせ、なんてのが今回の主な目的だったはずなのだが、結局のところ他の幹部との会話なんてものはほとんどないまま、ロイド先輩の『さん』という謎の掛け声と共にみんなどこかへ消えてしまった。


 吹き荒れる突風の中、動揺する僕と、そんな僕を見て苦笑いするフィーアさんの顔が記憶に新しい。


 フィーアさん(いわ)く、そういう決まりになっているんだとか。


「……」


 そこにどんな意味が、なんて考えるのは無駄だろう。

 僕は新入りで、暗部については何も知らないのが現状なのだから。


 そんなこともあって、最初の内はフィーアさんの指示を仰ぐ形で、僕の暗部活動は始まることになった。


 野良神失踪の謎を追う前に、暗部についての基礎をフィーアさんから学べ、というのがロイド先輩からのお達しである。


 本来の目的を考えれば焦る必要もあるのだが、正直、ありがたい。


 ありがたいのだが……。


「……」


 無言でひたすらに歩いていくフィーアさん。

 あれこれ聞きたいことはあるのだが、なんだか話しかけるのをためらってしまう気まずさを僕は少しだけ感じていた。


 ……教育係が嫌だったとか? 


 ……ありえる。他の幹部たちが野良神失踪についての任務に就いているのに、フィーアさんに与えられた任務は僕の教育係である。不満に思っても不思議ではない。


 そんな不安におびえていた時だった。


「……ユノ君」


 そんな囁き声と共に、フィーアさんの足が止まる。


「そうね。こっちのほうが呼びやすい」


 フィーアさんは僕の方へと振り返ると、切れ長の瞳でぼくをじっと見た。


「……」


 ……いや、改めて思うが。とんでもない美人さんだ。

 エルフ族は美男美女しかいない……なんて噂話を耳にしたことがあるが、頷ける話である。


「言っておかなければいけないことは沢山あるけれど、まずは“アイン”への就任おめでとう」


「……ありがとうございます」


「浮かない顔ね」


「まぁ……そう、ですね」


 正直言って、序列がどうとか、という話に僕は関心を持ちきれずにいる。

 はっきり言ってしまえばどうでもいいというのが僕の正直な感想だった。



「入って早々に幹部、それも序列1位……戸惑うのも分かるわ。これに関しては事前に伝えられなかった私にも落ち度はある。ツヴァイがこちら側だと予測できていれば……いいえ、言い訳ね。私がもっと強ければよかっただけのこと。それに……」


 フィーアさんは小さく首を振って、ふたたび僕をまっすぐ見た。


「今すぐに、なんて言わないわ。けれどあなたはいずれきっと知ることになる。“アイン”の名の重さと、その意味を」


 決して大きな声じゃない。

 けれどフィーアさんのその言葉には不思議な迫力があった。


「……」


 考える必要はあるのだろう。


 暗部『影の月』幹部、そして序列1位。

 えらく大層な肩書だと自分でも思う。


 けれど実感が今の僕にはまるでなかった。


「具体的に、幹部とは何をすればいいのでしょうか? 突然お前は幹部だ、なんて言われても僕にはとても……」


「そうでしょうね。そのために私がいる。ひとまず歩きましょう」


 フィーアさんは、そう言って視線を前に流して歩き出した。


 カツカツと僕たちの足音が小さく響く。


「ロイド・メルツを頂点に精鋭百人からなる裏社会の組織……それが『影の月』よ。表では神々の動向を伝説として残していく役目を担いながら、同時にこの国にとって都合の悪いことを秘密裏に排除する役目を私たちが担っている。ここまでは知っているわね?」


「……」


 なんとなく、ではあるが僕は頷いて話の続きをまった。


「当然、国の安寧を損ねる事態には騎士団がまずそれの排除にあたるのが基本。盗賊の襲撃や、魔物の出現なんかがこれにあたるわ。もちろん冒険者が事態の収拾にあたる、なんてことも少なくない。では、私たちは?」


 前を歩くフィーアさんがちらりと僕に視線を流した。

 自分なりに考えろ、ということだろうか。


「……貴族同士の争いへの介入、とかでしょうか?」


 僕のその言葉にフィーアさんは小さく頷いた。


「そうね。権威同士の武力闘争。最悪の場合は私たちがことを収める必要がある」


「……」


 最悪の場合。

 初めてロイド先輩に出会ったときの血の匂いを思い出す。

 どのように収めるのか、なんて聞くだけ野暮なのだろう。


 体中から冷や汗が噴き出した。

 体験入隊なわけだし……大丈夫だと信じたい。


「けれど、それだけなら問題はないの。わざわざロイド様や幹部が直接手を下さずとも事態の収拾は容易にできる。構成員の誰もが一定以上の実力者よ。たかだか貴族の私兵如きに遅れはとらない」


 ……なるほど。

 ようやく僕は話の流れを理解した。

 今までフィーアさんが語ってくれたのは暗部の主な存在理由、そしてこれから先語られるのがきっと――


「――悪魔は、知っているわね?」


 そう言ってフィーアさんは足を止めると、振り返るようにして僕をじっと見つめた。


「……悪魔」


 もちろん、知っている。

 その存在を知らない人を探す方が難しいとさえ思う。


 今の神々が英雄神なんて呼ばれている理由を語るのに、その名は避けては通れないだろう。

 悪魔と神々の大戦争。その結果、神々が勝利をおさめ、今こうして平和が保たれているというのが通説であり伝説だ。


「人でもない、神でもない。それなのに私たちに似た姿と、強大な力を有する上位の魔物。いいえ魔人と言った方が正しいわね。その戦闘力ははっきりいって化け物よ。並みの騎士や冒険者では束になっても敵わない」


 その物言いに疑問を抱く。

 まるでそれでは『悪魔』が今も存在しているみたいじゃないか。


「……まさか、見たことがあるんですか?」


 僕のその問いにフィーアさんは神妙に頷くと、思い出すかのようにして瞳を閉じた。


「一度だけよ。最初は貴族同士のとるにたらない派閥争いがきっかけだった。けれど終わってみれば暗部の構成員の半数を失っていた。アイン……あなたの先代とロイド様がいなければ全滅もあり得たでしょうね」


「……」


 声にならないとはこのことだろう。

 簡潔に語られたその内容を僕は素直に受け止められずにいた。


「なぜ、それが、そいつが悪魔だと? 吸血鬼とかではないのでしょうか?」


 魔人……めったにきかない幻のような存在だが、人の血を食料にする吸血鬼なんかは実際に存在するとされている。少なくとも悪魔よりは現実味のある存在だ。


「神々がそれを認定したの。あれは『悪魔』だと」


「……な、るほど」


 いたって単純なことだった。

 たしかに、神々にそう言われては認めるしかない。


 ……なるほど。たしかに神にとっては都合の悪い存在か。


「その悪魔との戦いを機にロイド様は組織を強化した。その結果生まれたのが数字持ち(ナンバーズ)と称される十人の幹部体制よ。そして幹部が幹部たりえる条件は二つだけ。一つは特出した能力を有する者、そしてもう一つが、一対一で魔人を討伐せしめる戦闘力を有する者」


 フィーアさんの視線が僕をつらぬいた。


「あなたは選ばれた。“暗部最強(アイン)”の二つ名と共に」


「……それが、役割だと?」


「もちろんすべてではないわ。魔人に限らず強大な魔物の出現の際に任務にあたることもある。けれど幹部の役割という質問に原点から正しく答えるならそうなるというだけの話。それにこれは予想でしかないけれど、ロイド様には……もっと別の目的があるように私には思える」


 その言葉をきいて、僕はロイド先輩とのこれまでを思い出していた。


 世界の謎……そのための組織。そこに表向きの理由をつけた、といったところだろうか。

 どちらにせよ、あの人が何を考えているのかなど、僕にはわかりようがない。


 そんなことを考えていたとき、フィーアさんがフッと笑った。


「そんなに怖がる必要はないわ。言ったでしょ。悪魔を見たのは一度だけ。それに正直そんなに忙しい組織じゃないのよ。今回のようにロイド様自身のお考えでの行動がほとんどだわ。もちろん今回の任務はそれなりの覚悟は必要でしょうけどね」


 そう言って再び歩き出すフィーアさん。

 僕も黙ってその背に続く。


「……」


 悪魔……か。

 神との闘争に敗れた上位存在。

 その存在は畏怖を伴って、僕たちの世界に広く知れ渡っている。


 そして、神々に名前があるように、かつて強大な悪魔にも名があったという。

 魔物を束ねたとされる、大悪魔、魔王サタンあたりが特に有名だ。


 あとは……そうだな。

 もちろん空想の物語での話だが、今、この世界にいるとされる大悪魔の名を一つだけ僕は知っていた。



 たしか、名前は――





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― 新着の感想 ―
[良い点] 様々な作品において厨二病は「散っ!」が好きっていう共通認識があるの面白いw
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