69話 「荒れ狂う者」
僕は発した言葉が正解だったことをすぐに理解した。
目の前のジースはもちろんのこと、この場にいる正体不明の幹部たちの動揺を察知する。
当然だ。これだけの殺気を受けて、放ったセリフがあれである。
正気の沙汰ではない。
「…………おもしれぇ」
ポツリとジースが呟く。
同時に、室内を荒れ狂う様にして吹いていた風が、一瞬にして消え失せた。
訪れる静寂。宙を舞う砂煙。
しかし、その隙間から覗く黄金の双眸は今も怪しく光を放ち続ける。
「必然か、偶然か……んなことはどうだっていい」
そう吐き捨てるように言って、ジースは僕を見てニィと笑みを浮かべた。
「ああ、いいぜ。認めてやるよ。てめぇはアインだ」
瞬間、ジースごしにフィーアさんがフッと笑って、立てた親指を強調した。
僕もたまらず笑みがもれそうになる。
この状況はまさにフィーアさんの狙い通りといえよう。
「あれだけの殺気を受けてまだ立っていられる事実も、俺の目をまっすぐ見ていられる根性も。それが強がりだって構わねぇ」
囁くような声だった。
それでも吐き出される言葉は僕の鼓膜をたたき続ける。
「上等だよ。なにも変わらねぇ。そうだな。なにも変わりはしねぇはずだ」
その言葉を最後に、ジースは僕をじっと見たまま動きを止めた。
顔に浮かべた笑みは、徐々にその狂気を増していく。
僕はごくりと唾を飲み込んで、フィーアさんを見た。
「……」
フィーアさんは目を泳がせながら立てていた親指をゆっくりとたおした。
「――――」
「構えろよ。アイン。“試す”だなんて甘っちょろいことはもうやめだ」
その言葉を聞いてすぐに、僕は自分の考えが甘かったことを知った。
いや、他の幹部たちの反応を見るに、きっと間違いではなかったのだろう。
少なくとも動揺させることには成功しているし、ジース本人の言葉からして、なめられるなんてことは無い選択だったはずだ。
けれど――
「認めるぜ? 俺は。今、あの人の右腕たる資格はテメェにある。だから、俺も、変わらねぇ」
表情、視線、立ち姿。そのすべてに僕は鋭さを見た。
荒れ狂うような殺気も、誇示するような魔力も、そこには無い。
あるのは、ただ、純粋な。
「欲しいから、奪う」
ジースはそう囁くように言って――
「それが、俺の戦いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
爆発、という言葉がきっと適当だ。
ジースの姿が消えてすぐ、フィーアさんの焦った顔が鮮烈だった。
最初、僕に刺突を放ってみせたあの動きすら、文字通り“試し”だったのだろう。
瞬き一つ。
その刹那の間に――
「いつまでやってんだよバ~カ」
少女の明るい声と共に、状況は更なる混沌を迎えた。
鼓膜を裂くような衝突音。
石造の壁が、生まれたばかりの穴から瓦礫を吐き出すようにして、崩れていく。
視界を覆うその砂煙が、確かな現実を僕に伝えた。
なにが、起こったのか、は簡単に説明できる。
僕にまっすぐ向かってきていたはずのジースが、ただ真横に吹き飛んだのだ。
なぜ? なんてのも簡単だった。
ツヴァイが、横から割り込むようにしてジースを突然蹴りとばしたのだ。
舞う砂煙の中、ジースは黄金の瞳を爛々と輝かせながら、穴から這い出るようにしてその場に立つと、無表情のまま損傷を確かめるように首を左右に傾けた。
「…………」
無表情……いや違う。
微かにだが、そこには驚きの感情が入り混じっているように僕にはみえた。
そして、それはかばう様にして僕の前に現れたフィーアさんも同じ様子だ。その顔にはジース以上の困惑がはっきりと見てとれた。
つまり、僕自身、何がなんだか分からないこの状況は少なくとも幹部達ですら、驚くに値する状況だということだった。
「…………わからねぇな」
そうポツリと言って、ジースはニコニコと笑うツヴァイに視線を向けた。
「イカレ女。テメェ……なんのつもりだ?」
その静かな問いに、ツヴァイは自らの爪を眺めながらあっけらかんと口を開く。
「やめなよぉ~ユノ君いやがってんじゃん。なんて? そんな感じかな?」
鈴の音をコロコロと鳴らしたような、可愛らしいその声は、この状況においては違和感となって木霊した。




