68話 「守られる者」
……ようやく僕のターンである。緊張はない。
「……ご挨拶が遅れました。この度、暗部で働かせていただくことになった、新入りのユ――」
「――待って」
僕の肩をフィーアさんがつかむ。
「私から紹介するわ」
「あぁ?」
ジースが不機嫌そうに鼻息を鳴らす。
同じ、というわけではないが、そのフィーアさんの申し出に僕自身も疑問を感じていた。
「フィーアさん?」
「……」
フィーアさんは何も言わずに、まるで庇うように僕の前へと進み出た。
すれ違いざまに僕の目をじっと見ていたことが不思議と脳裏に強く焼き付く。
「彼は本日より我ら影の月の新しい構成員としてこの場に立っている」
「んなことぁわかってんだよ。俺が言ってんのはなんで俺たちが招集されてんだよって話だ。新入りなんぞ珍しい話じゃねぇはずだろ」
……そうなの?
「ならば分かるはずだ。彼が一体何者になったのか」
「……」
その言葉にジースは目を一瞬見開くと何かを考え込むようにして黙り込む。
それはこの場にいる誰もが同じ様子だった。もちろん僕も。
つかの間の静寂を裂くようにして、フィーアさんが口を開く。
「理解したはずだ。彼は普通の新入りではない――私たちと同じ幹部……数字持ちとして迎え入れられたということだ」
凛とした声色で告げられたその言葉に、場の空気が一瞬凍るようにして固まるのを感じ取る。
そんな静寂を裂くようにしてジースの笑い声が高らかに響いた。
「く、ははははっ……なるほど? なるほどなぁ? いいぜ別に。文句はねぇ。つえェやつが増えたってことだ。喜ばしいことじゃねぇか! なぁ?」
その言葉に答える者はいない。
けれど、次第に殺気ともいうべき威圧感が、この場所全体に広がっていくのがわかった。
視線、全てを、独占している。
だが正直、僕自身、話の流れについていけていない自覚がある。
幹部……? 新入りの僕が?
「だがよぉ、なぁ。教えろよエルフ女」
先ほどまでのかん高い笑い声とは一転して、怒りをこらえたような低い声色だった。
ジースの鋭い視線が僕をとらえる。
「ソイツは一体何番だ?」
その問いを最後に、再びこの場に静寂が訪れた。
「彼がロイド様より与えられし序列は……」
不思議とフィーアさんの声がゆっくりと再生されていく。
フィーアさんが口を開くたび、ジースの身を覆う魔力が大きくなっていくのが分かった。
暴力の体現者。
アスタロトですらあそこまで純粋な殺意を内包してはいなかっただろう。
フィーアさんは背中越しに僕をちらりと見た後、少しためらいがちに、その言葉を告げた。
――「第、1位よ」
小さな声だった。だが、不思議とよく響く――
――瞬間、ジースの姿が一瞬にして掻き消える。
気づいた時には怪しく光る黄金の瞳が僕の眼前にあった。
迫るジースの右手。指先。
その威力は体感するまでもなく、確かな殺傷力を秘めている。
「ッ!」
それを回避しようととっさに体をひねる、が、ジースの指先が僕に届くことはなかった。
「……なんのつもりだ、糞エルフ」
ジースはそう囁くように言って、自らの右腕を掴むようにして止めたフィーアさんを鋭く睨んだ。
遅れて突風が僕の顔を強く叩く。
……直撃しなくてこれなのだ。顔が引きつるのを自覚した。
「……その言葉、そっくりそのまま返すわ。どういうつもり?」
その問いにジースは掴まれていた右腕を乱暴に振り払うと、フィーアさんの胸倉を掴んで一瞬にして壁際に押し付けた。
「っ……」
「そうだな。聞き間違いってこともある。もう一度言ってみろよ。ヤツの序列を」
「ロイド様が……お決めになったことだ」
「あの人はここにはいねぇ。その意味がテメェに分かるか?」
その問いに、フィーアさんは苦悶の表情を浮かべた。
対照的にジースの顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「試せってことだろうが。だいたいアインのやつはどうした?」
「アインは……彼よ」
フィーアさんの目が僕を向く。
ジースは苛立たし気に舌打ちをした。
「……元1位はどうしたかってきいてんダ」
「彼はロイド様のお兄様の直属として動く」
「はっ、昇進ってか? 勝ち逃げとは良いご身分だな」
ジースはそう笑うように言ってフィーアさんを乱暴に解放すると、ゆらりと振り返るようにして僕を見た。
「影の月、序列7位、ジースだ。ハイネでもいい。好きに呼べよ」
その言葉と同時に、強烈な殺気が僕を襲った。
「なぁ、理解してるか? たった今、テメェは俺たちの顔になったんだぜ?」
ジースの口角が吊り上がる。
まるで親しみを感じさせない笑みだった。
序列1位。その正確な意味を僕は知らない。
だが、反応からして想像に難くないのは事実だ。
「何とか言えよ。アイン様。それともなんだ? 怖いか? この俺が」
ジースの身を覆う魔力。それが風となって次第に強まりながら室内に吹きすさぶ。それに比例するかのようにして二つの黄金の瞳が徐々にその輝きを増していた。
戦闘は必至のこの状況。
無駄な争いを避けてすべて丸く収めるには、僕がただ者ではないと思わせなければいけない。
「……」
……どうするべきか。
その答えを導くように、ジースの背後にいたフィーアさんが僕を見てパチンとウィンクをした。
雨……いや濁流のように僕に向かう殺気。敵意。
それらを振り払うように僕は口角を吊り上げて、努めて低い声で言い放つ。
「心地よい」
ジースは目を見開いた。
フィーアさんは親指を立てた。




