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67話 「試される者」

 



「ふんふんふん~」


 鼻歌交じりに、亜麻色の髪を揺らしながら軽快なステップで僕の前を行く少女ツヴァイと。


『まずい』とか『どうするべきか』なんてぶつぶつと呟きながら僕の背中に続くフィーアさん。


 そんな二人に導かれるようにして僕はカンナの街にある、大きな古い建物の中を歩いていた。


 いつの時代かまでは定かではないが、元々は大層名のある御仁の屋敷だったのだろう。

 長く続く石造……灰色の廊下の随所に、剥げて風化した金属の装飾が、ガラスの無い出窓から差し込む月光を寂しく反射させている。


「……」


 コツコツとした僕らの固い足音と、場にそぐわない軽快で明るい鼻歌。

 その温度差に、形容しがたい気味の悪さを覚えながら。


 幽霊なんてものを見たことはないけれど、きっと出るとするならば、こんな場所なんだろうな……なんて思ったりもした。


 そして何より――


「――ユノくん怖いの?」


 ツヴァイと呼ばれる少女がそう言って僕の方へと振り返る。

 その闇色の瞳が僕を映す度、鳥肌が立つ。


「……少しだけ」


「あはは、大丈夫だよ。幽霊なんてでない、でない」


 言って、踊るように、ほの暗い廊下を軽快に行く少女の姿。

 そして変わらず僕の背後でブツブツと呪文を唱えるかのように考え込むフィーアさん。


 ほんとうに幽霊屋敷を歩いている気分だった。



 少しして、ツヴァイの足が止まる。

 僕も止まった。

 瞬間、背中に何かがぶつかる感触と『んぐ』なんてうめき声。


 僕は何も言わなかった。


「とうちゃ~く」


 ツヴァイの明るい声が暗い廊下に鈍く響き渡る。

 廊下の最果てで僕らを迎えるようにしてあったのは、両開きの古めかしい木製の扉だった。


「開けるよ~」


 確認するかのように僕の目を見るツヴァイ。

 僕はとっさに目をそらしながら頷いた。


「――待って」


 フィーアさんが後ろから僕の耳元に顔を寄せてくる。

 そして囁くように言った。


「私の言ったことを忘れないで。どんな状況になっても気を強くもちなさい」


 その言葉に僕はただ頷くことしかできない。


「開けて」


 フィーアさんの凛とした声。

 同時に、ギィ、というどこか湿った音を鳴らしながら扉が開いた。


「いこいこっ!」


 そうニコニコと笑いながら先に入室したツヴァイに続くようにして、部屋に入った――瞬間。


「……っ」


 僕は息をのんだ。


 いくつもの視線が僕に突き刺さる。

 いや、それだけなら驚きはない。


 問題なのはその性質。

 殺気と敵意それから興味……だろうか。それらを煮詰めたような異質なものだ。


「……」


 確認するように周囲に視線を巡らせる。


 四方を囲む灰色の壁に沿うようにして灯るいくつもの蝋燭の明かり。

 それが壁に寄り掛かるようにして立っている黒いローブ姿をした複数の人影を揺らしている。



 そして何より印象強く目に飛び込んできたのは、空間の中心に座すようにしてある大きな円卓。


 それを囲むようにして並べられたいくつもの空席の椅子。その中にある唯一。


 僕と真正面に対面する席に腰かけながら、その男は獣を彷彿とさせる獰猛な笑みを浮かべていた。


「おせぇよ」


 囁くようにして放たれた小さなその一言と共に、男は右足を乱暴に机の上にあげる。


 その姿、その声に、思わずぞくりとした寒気を感じた。


 肩まで伸びた金色の頭髪。どこか貴族然とした細く整った容姿。

 その顔にある二つの黄金の瞳が、ほの暗い空間の中で強烈な存在感を放っている。


「……」


 この場にいる誰もが、異常なはずだった。

 暗部の大幹部。きっと誰もが常人じゃない。


 その中でも、僕の目はその黄金の瞳だけに吸い寄せられる。



 ――まるでルシファーを彷彿とさせるような。



「はっ……そうビビんなよ。()()()()()()



 笑うように言って、男は僕、ではなく後ろのフィーアさんに視線をやった。


「で? なんの冗談だこれは」


 嘲笑交じりに男は口角を更に吊り上げる。


「冗談? なんの話だ?」


 そのフィーアさんの冷たい声に、僕は再び寒気を感じていた。


「しゃらくせェんだよ。珍しく招集がかかったと思えば、幹部が雁首揃えて新入りのお出迎えってかぁ? なぁ?」


「強制ではないはずだ。事実任務中の者は省かれている。私から言わせればいい加減な貴様がここにいることが何よりの冗談だ」



 瞬間、突風ともいうべき魔力の塊が僕――ではなくフィーアさんへと放たれる。

 それを涼しい顔で首を横にして回避するフィーアさん。


 背後にあった扉が音を立てて粉々にふっとんだ。


「――――」


 僕はびびっていた。


 恐怖からではない。その理不尽にだ。

 フィーアさんの忠告が無ければ間違いなく声を出していただろう。


 元は扉であったそれらを冷めた目で眺めながら、フィーアさんはため息をつく。


「野蛮だな。やはり貴様はロイド様の配下にふさわしくない」


「はっ! 笑わせんな」


 ニィ、と笑みを浮かべた男の顔が、次第に憤怒に染まっていく。


「てめぇが決めることじゃねぇだろ。糞エルフ」


 深淵から発せられたかのような低い声。

 同時に凶悪な魔力が男の体を包むようにして風になった。


 一触即発。


 そんな時。


 壁沿いにあった人影が身の丈程の大剣を両手でまっすぐ地面へと突き刺した。


 ドォン、という爆音がこの場全てを震わせる。


 微かに昇る土煙が晴れないうちに、男の声が響く。


「ジース。控えろ」


 言って、大剣を手にしたまま男はフィーアさんに視線をやった。


「本題に入れ」


 自らが生んだ衝撃がそうさせたのだろう。

 深く被っていたフードが脱げて、男の顔をあらわにしている。


 僕はその顔に見覚えがあった。

 闘技大会のときにロイド先輩の傍にフィーアさんと一緒にいた男だ。


「……そうね。けれどまだロイド様が」


「今日のことはてめぇに一任するとさ」


 そう吐いて捨てるように言って黄金の瞳を持つ男――ジースは再び椅子によりかかるようにして腰かける。


 その顔には不機嫌がありありと浮かんでいた。


「それこそ冗談よ……一体なにを考えて……っ」


 そう呟くように言ったフィーアさんの顔に焦燥感が浮かぶ。


 僕は激しく同意していた。


「でよぉ。なぁ」


 ジースの気だるげな視線が僕を向いた



「テメェなにもんだ? 少なくとも()()()いやがったな……」



 ジースの目が背後にある扉の残骸を向いたのがわかった。







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