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65話 「暗部への道」

 


 夜の到来と共に、僕は自室の窓から外へと飛び立った。


 そして着地。


「……なんか、それっぽいな」


 というのが僕の感想である。


 ざくざくとした芝生の感触を感じながらフレイム邸の敷地を出ようと足早に進むと、門を出てすぐに待ち構えていたかのようにして視線が僕に向けられたのを知覚する。


 実際、待ち構えていた、というのは正解なのだろう。

 夜空に浮かぶ白銀の三日月。


 そのかすかな光が、前からこちらに歩いてくるその姿をうすく照らしだす。

 暗闇に溶ける全身黒色のローブ姿。

 顔は隠れてよく見えない為、はっきりと誰か、まではうかがい知ることは不可能だ。


「……まっていたわ」


 けれど、その声を僕は知っていた。


「フィーアさん? なぜここに?」


 僕がそう問いかけると、フィーアさんは頭に深く被っていたフードを脱いだ。


 生徒会室で会った時の金色とは打って変わって黒く染められた長いポニーテール。それが風を受けてふわりと揺れる。


「カンナの街で、ということだったけれど……それではきっと間に合わない。ひとまずこれに着替えなさい」


 そう言って、手渡されたのはフィーアさんが着ているものによく似た真っ黒なローブ。

 僕は言われるままに、制服の上に重ねるようにして黒いローブの袖に腕を通す。


 少しして着替え終わるのを待っていたかのように、フィーアさんが僕に視線だけ向けたまま背中を向けた。


「……少し話しましょう。ついてきて」


 瞬間、フィーアさんの姿が掻き消える。


「ちょ!」


 有無を言わさぬ疾走。しかも視界が悪いこの暗闇の中あの速さは反則である。

 僕はとっさにフィーアさんの背に追いすがるようにして走りだした。


「……」


 風さえも追い抜くような速度で駆けながら、僕の姿を確認するようにちらちらと後ろを振り返るフィーアさん。


 ――…………やるわね。


 なんて声が聞こえてきたような気もするが、風の音に混じってはっきりとは聞き取れないのが現状だ。


 視界を覆うようにしてある暗闇。その中でまばらに灯る街の明かり。

 次々と移り変わっていく世界の中、爆速とも言っていいフィーアさんの速度が時間の経過とともに次第に緩んでいくのがわかった。


「……おどろいた」


 僕と並走するかのように横にきたフィーアさんがそう言って、うすく笑みを浮かべる。



「たいした足ね。少しだけ安心したわ」


「ありがとうございます……?」


 どこか含みのあるその言葉に違和感を覚えつつも、僕はただ言葉の続きを待った。


「……本題に入りましょう。ユノ・アスタリオ」


 フィーアさんはそう言って小高い丘の上、そこに並ぶようにしてある木々に身を隠すようにして足を止めた。


 驚くことにすこし先に荒れ果てた街を確認できた。

 もうカンナの街は目前である。


「あなたにいくつか確認したいことがある。簡単な質問よ」


 どこか強さを感じさせる凛としたその声色と漆黒の瞳に僕はただ頷いて返す。


 そうしてわずかな間の後、フィーアさんが口を開いた。


「――恐怖はある?」


 簡潔な問いだった。

 けれど、複雑でもある。


 暗部の活動そのものに僕は恐怖を感じていない。

 体験なんて形ではあっても、しっかりとやりきってみせるという覚悟と自信があるからだ。



 そもそも目的が目的だ。

 神様に危険がおよぶ可能性を少しでも減らせるなら、この活動にははっきりとした意味がある。



 けれど、同時に僕自身のことではない不安があるのは確かだ。


 もしも本当に野良神を狙うやつがいたとして――。


「……」


 暗部の活動の間だけとはいえ、神様の傍にいられないという不安にも似た恐怖。


 しかし――。


「ありません」


 僕ははっきりとそう答えた。


「……え?」


 少し驚いた様子のフィーアさん。


 けれど改めて思う。


 フレイム家の執事クロード。

 そして神獣、ポチ。


 僕の知る限り、フレイム邸は最も安全と考えていいはずだ。


「……」


 一瞬脳裏に浮かんだ桃色の女神。その可能性を放棄する。

 もしもアスタロトが黒幕なら今までいくらでも機会はあったはずだ。

 いかにフレイム家に関わりがあるとはいえ……。


 ……いや、でも。


「ごめんなさい。あります」


「でしょうね」


 うんうんと頷くフィーアさんを横目に、だんだんと不安が強まるのを自覚した。

 しかし、暗部での活動中に神様を連れまわすわけにもいかない。

 必要な緊張感なのだと、自分を納得させる。


「恥じることはではないわ。それが普通よ。暗部の活動は時に命のやり取りすら珍しくない。恐怖心は常にもっておくべき」


 本意は違うが納得できる言葉だった。


「けれど安心して。私がいる以上、あなたに危害は(くわ)えさせない」


 言ってフィーアさんは強い意志を宿した瞳で僕を見た。


「そして、それは今日これからのことも含まれる」


「……これから、ですか?」


 その言葉に違和感を覚える。

 だって、今日に関していえば危険はないはずだ。


「あなたは今夜のことをロイド様からなにかきいている?」


「暗部のメンバーを紹介していただけると。そしてもちろん新入りである僕の紹介を……とだけ」


「…………そう」


 ポツリとそう呟くように言って、どこか困った表情を浮かべるフィーアさん。

 僕はその感情をうまく読み取れずにいる。


 それから少しの間、なにかを考えるようにして閉じていたフィーアさんの瞼が(ひら)いた。


「……改めて実感していたの。ロイド様があなたをどう認識しているのかを。まるで間接的に、“おせっかい”だと(とが)められた気分だわ」


「……」


 なんのこっちゃである。


「なにか聞き逃していたでしょうか?」


「いいえ。けれど私が詳細を付け加える必要性は感じている」


 言って、フィーアさんは再び僕をまっすぐに見た。



「暗部のメンバー紹介……ええ。正しいわ。間違ってない。けれど更に情報を付け加えるならあなたが今日、これから会うのは暗部の構成員の中でもロイド様より序列を与えられしツワモノ――」



 その声色に緊張を感じ取る。

 まるで自分で噛みしめるかのようにしてフィーアさんは僕へと告げた。



数字持ち(ナンバーズ)とも称される幹部たちよ」




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