62話 「生徒会室にて3」
うまく頭が回らない。
動揺していることをはっきりと自覚した。
そんな僕を知ってか知らずか、ロイド先輩は依然として微かな笑みをその顔に浮かべている。
「多くを語ったが、そのすべては仮定の話だ。野良神がひっそりと旅にでた、なんて可能性もあり得るだろう」
そう信じたい。けれどなぜだろう。今はロイド先輩の語った明るい可能性が薄く感じてしまう。
……まだ決まったわけじゃない。
そう自分に言い聞かせる。
「だが、楽観もしてはいられないだろう。同時に必要以上に焦る必要もない。今はまだその段階というだけの話だ」
つまり、まだなにも確定はしていないということだ。
「それでも、疑っているんですね。ロイド先輩は」
その問いにロイド先輩は即答した。
「ああ。はっきりと違和感を覚えている。だから動く。そのための人手は多ければ多い程いい」
言ってロイド先輩は僕をまっすぐに見た。
「誰でもいいというわけではない。暗部とはそういう組織だ」
「…………」
「だからまずは可能性を探っていく。そこでどうだろう、ユノ・アスタリオ。しつこいようでなんだが、まずは体験、という形で暗部へ加入してみるというのは」
「……!」
そのロイド先輩の言葉に僕よりも早く反応したのはフィーアさんだった。
なにかを言いたげな顔をして落ち着かない様子でいる。
その反応はきっと正しいものだ。
けれど、そんなフィーアさんの様子を横目で眺めながらも、僕の決意は固まった。
「そこに少しでも、神様の障害があるのだとしたら」
僕はまっすぐロイド先輩の目を見て口にした。
「やります。僕にもできることがあるのなら」
■
ユノ・アスタリオが生徒会室を退室してすぐのことだった。
「ロイド様!? 正気ですか!?」
詰め寄るようにしてフィーアはロイドの元に駆け寄った。
焦りと不安、そして驚き。そのいずれもが入り混じった感情を乗せた声が大きく室内に響き渡る。
そんな彼女とは裏腹にロイドは涼しい顔をして返答した。
「なにについてなのかは知らないが、俺は常に正気でいる」
「……」
もはや呆れを通りこした様子でふらふらとした足取りで額を抑えるフィーアだったが、それもつかの間。強い意志を宿した瞳をしてロイドをまっすぐに見た。
「それほどまでに、彼を、ユノ・アスタリオを評価しているのですか……?」
「ああ」
「……体験なんて、そんな形での暗部加入は前代未聞です。ロイド様自身も言っていたはずでしょう。暗部とは、そんな軽い組織ではないはずです。お花屋さんじゃないんですよ?」
「……そうだな」
そうロイドは呟くように言って、どこか自嘲めいた笑みをその顔に浮かべた。
「笑ってくれて構わない。……暗部加入を断られた時、俺は、はっきりと恐怖を感じた」
「……恐怖?」
「ああ」
言ってロイドは隠すようにして自らの顔に手のひらをやった。
「初めて魂が共鳴した特異点である、ユノ・アスタリオを同胞に迎え入れることができないという恐怖。そして、不思議と俺自身、予感めいたものがあった。奴と共にあれと。俺の心……いや、それよりもずっと奥の方で俺に囁きかけるものがある――それg」
「……」
熱弁するロイドを傍らに、フィーアは思考していた。
今ここに至って、まだ不確かなものであったユノ・アスタリオの暗部加入は決定的なものになった。
もはやその事実に関しては受け入れるべき、と。
だから次に考えなくてはいけないのは、ユノ・アスタリオの組織での役割だった。
意外なことだが、フィーア自身、ユノ・アスタリオに対しての印象はそう悪いものではなかった。
いや、むしろどちらかといえば好意的といってもいい。
先の闘技大会で見せた動きは、数多の死線を潜り抜けてきたフィーアの目からしても賞賛に値するものであり、加えて本気でないにしろ暗部、それも序列を与えられた一部の猛者たちの歓迎を一蹴している。
その事実はユノ・アスタリオを評価するうえでフィーアにとって無視できるものではないことは確かだった。
しかし――
(あれが、彼のすべてだとしたら……)
ユノ・アスタリオの実力を更に一回、二回り大きく見積もっても、まだ足りない。
その事実が不安視している大部分のものだった。
【ロイド・メルツのお気に入り】
最も羨むべきものであると同時に、最も恐怖を感じざる負えない肩書を、自分よりも歳が若い少年が背負おうとしている。
端的に言ってしまえば、フィーアはユノ・アスタリオの身を案じているのだ。
事実、今までフィーア自身がその目で見たユノ・アスタリオの実力そのままであれば、相対したその時に難なく倒せる、という自負が彼女にはある。それが余計に彼女を不安にさせていた。
できるならば暗部になど関わるべきではない。それがフィーアの絶対的な確信である。
「俺は自らの予感とも呼べる感覚こそ信じている。今までも、そしてこれからも。ここまでは理解できたか?」
「はい」
返答そのままに、フィーアは続けざまに言葉を紡いだ。
「それで、彼の処遇についてはどのようにお考えですか?」
そのフィーアの問いに、ロイド・メルツは不敵な笑みで答える。
刹那、フィーアの額から一筋の汗がしたたり落ちた。
「……ロイド様?」
嫌な予感しかしない。というフィーアの考えは的を射ていた。
考えてみれば、ユノ・アスタリオにこうまで入れ込むロイド・メルツが考えそうなことなど明白だった。
「――序列を与える」
「不可能です」
「理由をきこう」
「実力が圧倒的に足りません。当然、彼らも黙っていないでしょう。いえ、文句をいうだけならまだマシです。最悪の場合、彼の命すら消し飛びかねない」
「問題ない。やつであれば切り抜ける」
「ロイド様! 彼を殺す気ですか!」
フィーアがロイドに対してここまで意見するのは初めて、と言っても過言ではなかった。
だからこそ、ロイドは再び、重ねるように口にした。
「問題は、ない」
「――――」
そのまっすぐな瞳を向けられて、フィーアはもはや諦めるしかないことをさとった。そして同時にわきあがった疑問を口にする。
「……何位を……序列何位をお与えになるおつもりですか」
「前もって言っておくが、欠番がでた。そこにすえる形を考えている。先代も了承済だ」
「……欠番? いったい誰が?」
その問いに、ロイドは再び不敵な笑みをその顔に浮かべた。
「…………」
フィーアの額に、再び一筋の汗が流れて落ちた。




