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53話 「二人、満月の下で」

 


 太陽が深く沈み、月明かりが窓から差し込んでくる。


 その優しい光を眺めながら、僕は頭の中で例の一文を反芻(はんすう)させていた。


「太陽が深く……寝静まる頃……」


 それはつまり、真夜中という事だろうか?


 言葉の言い回しに関してはよく分からないが、確かに太陽は深く沈んでいる。


 そして――。


「むにゃ……」


 何故か僕のベッドの中にいたエリスもようやく寝静まった所だった。


「…………」


 こうしている内にも夜は更けていく。


『太陽が深く寝静まる頃――約束の大地にて』


 ……時刻はきっと今だ。


 分からないのは『約束の大地』という一文。


 地図に記されていた場所を確認しただけに疑問が浮かぶ。


「……行ってみれば分かる事か」


 そう小さく呟いて。


 僕はすやすやと眠るエリスを起こさないように注意しながら、部屋の窓から外へと飛び出した。


 難なく着地を決め、そのまま走ろうと足を進めるが、数歩踏み出してすぐに止まる。


「…………」


 もう深夜だというのに辺りがとても明るい。


「……月」


 僕は夜空を見上げる。


 闇色の空には光り輝く満月が一つ。


 その白銀を彩るように、黒いキャンバスに無数の小さな星の光が、月に寄り添うように輝いていた。


「……綺麗だな」


 なんて、つい呟いてしまう。


 色々あった一日だった。


 目標だった闘技大会での優勝。


 それを達成できた喜びを噛みしめると同時に、反省点も多々見つかった。


 その最たるものが、女神アテナの涙だろう。


 神様を有名にする。笑顔になって欲しい。そんな僕のエゴが、神様に涙を流させてしまった。


「だめじゃん……僕」


 見通しの甘さと、僕自身の傲りが原因だ。反省しなくては……。


 と、少しセンチメンタルな気持ちになってきた時、ガチャリと扉の開く音を耳に捉える。


「ッ……!」


 焦った僕は、見つかる前にと走りだそうとするが――。


「――待ちなさい」


 そんなルナの声に逃走を断念。


 いや、そもそも別に悪い事をしている訳じゃないから逃げる必要は無かったのでは?


 そんな事を考えながら僕は後ろへと振り返った


「……っ」


 僕は息を飲む。


 月明りに照らされて、ルナの白銀の髪がキラキラと輝いていた。


 白いドレス調のネグリジェを纏った、白銀の妖精。


 その美しさに一瞬見惚れてしまった僕は、恥ずかしさを誤魔化そうと


「あはは」


 なんて笑ってみる。


「……はぁ」


 ルナの小さなため息。


 その顔からは呆れたと言わんばかりの表情がありありと浮かんでいた。


「……さすがに窓から出ていくなんて思わなかったわ」


 そう小さく言って僕の元へと歩みを進めるお嬢様。


 その悠然とした歩みを見て、僕は思い出す。


 そういえば、あの日、お見合いの時も扉から出てきたルナに見惚れていたなって。


「こんな夜更けにどこへ行くのかしら?」


 そう言ってルナは小首をかしげる。


 瞬間さらりとなびく白銀の髪。


 僕の瞳を覗き込むようにして向けられた紫の瞳が、月明かりに反射して怪しく光る。


「……少し、散歩に」


 別に正直に言ってもよかったのかも知れない。


 けれど、これからの事を考えれば、不安を与えるのは得策ではないだろう。


 なにせ、僕がこれから向かう先はこの国の闇を一手に担う場所なのだろうから。


「そう」


 ルナはそれだけ言うと僕を追いこして進んでいく。


 だが、少し進んだ先で、その歩みがぴたりと止まった。


 そして優雅に僕へと振り返り――


「……?」


 そんな不思議そうな顔をして僕を見つめる。


 僕も――


「……?」


 である。


 それからしばらく互いに小首をかしげていると、堪え切れないといった様子で、ルナが笑みを浮かべてこう言った。


「行くわよ」


 ……お散歩の時間である。



 ◆



 夜空に浮かぶ満月が、絶え間なく僕らを照らしていた。


 どれだけの時間歩いていただろうか。


 一時間以上歩いている気もするし、まだ十分もたっていないような気もする。


 なにせ無言だ。


 ルナはただ一言も口を開く事無く、僕と並ぶようにして歩いている。


 歩く速度はルナに合わせた。


 こうしている時間など待ち合わせのある僕には無いのかも知れないが、悪くないなと、そんな感想を胸に抱く。


 瞬間――少しだけ強い風が僕らを撫でた。


 視界の中に飛び込んできたのはルナの白銀の髪。


「……」


 そういえば、ルナとこうして二人で歩いたのはいつぶりだろうか。


 いや、そもそも僕はこれまで――



「――あなたに人は殺せないわ」



 僕が本当の意味で息を飲んだのはその時だ。


 一瞬吐きかけた息を飲みこんだ僕は、ピタリと立ち止まったルナへと背中越しに視線を送る。


「……お嬢様?」


 ルナの顔からは感情を読み取る事ができなかった。


 ただ、紫の瞳だけが、僕をまっすぐに見つめている。


「ロイド・メルツの所へ行くのでしょう?」


「……それは……」


 ……予感が無かったといえば嘘になる。


 そもそもこの時間にルナと出会ったその時に、僕はたぶんこの瞬間を頭のどこかで予想していた。


「……だめ、でしょうか?」


 僕のその問いに、ルナは自らの白銀の髪を右手ですきながら、瞳を閉じる。


「……そう。()()()()()


 そう言って僕の元へと歩み寄るルナ。


 僕はすぐに後悔する。


 恐らくまだ確信をもっていた訳では無かったのだろう。


 いや、それにしてもどうして――


「ロイド・メルツ。メルツ伯爵家の次男にして、フェリス魔法騎士学園の生徒会副会長。その実、国の暗部を担う【影の月】の実質的なリーダー……改めて気づかされるわ。大層な肩書ね」


 ――忘れていた訳じゃ無い。


 目の前の少女の名はルナ・フレイム。


 ()()()()フレイム家の長女にして、孤高の月の二つ名を持ち、聖フェリス女学園に首席で入学せしめた才女であることを。


「そして――」


 ルナの白い右手の人差し指がゆっくりと僕へと向けられる。



「あなたはアスタリオ家の三男にして生徒会入りを決めた闘技大会優勝者。そしてこの私の唯一の騎士」



 誇らしげに告げられたその言葉に、なぜだか不思議と涙腺が緩んだ。


「お嬢様……僕は」


 向けられていた人差し指が、僕の唇をむにゃりと塞ぐ。


「もう既にあなたはよくやっているわ。これ以上、何を欲するというの……?」


 そう言って僕の瞳を覗き込むルナの紫の瞳。


 僕は考えた。


 何を……欲するのか……。


 その答えを、自分自身、手繰り寄せながら。


 一歩、二歩と、僕はフラフラと後ろへと下がる。


 唇に当てられていたルナの指は自然と離れた。


 まっすぐとルナを見つめて告げる。


「知りたい事が……あるんです」


 違和感の塊である神々の事。そして――ゼウスの事。


 どれもきっとあの人の元でないと、たどり着けない。そんな予感。


「……」


 ルナはしばらくの間、何も言わずに僕をまっすぐに見つめていた。


 僕もまたその視線を真正面から受け止める。


 まだ、足りない。


 きっとルナが聞きたいのは、そんな曖昧な言葉じゃなくて――。


「そう。分かったわ」


「……え?」


「なぁにその顔は? それとも聞こえなかったのかしら? 承知したと言ったのよ。好きになさい」


 ルナはそう言って小さくため息をついた。


「時間をとらせたわね。約束があるのでしょう?」


「いや……その」


 頭の中が真っ白になる。


 そんな僕をからかうように、ルナは悪戯な笑みを浮かべながら楽しそうな声色でこう――口を開いた。



「あなたにとって……私とはどんな存在かしら?」



 唐突ともいえるその問いに、僕は――



「素敵な……僕にもったいないくらい、素敵なご主人様です」


「よろしい」


 そう言って誇らしげに笑みを浮かべたルナが、突然、懐からきらりと輝く短刀を取りだす。


「ひっ……」


 思わずそんな声をあげた僕を、再びからかうように笑みを浮かべたルナが、僕にその柄を差し出した。


「……お嬢様?」


「受け取りなさい」


 僕はひとまずその短刀の柄を右手で握る。


 瞬間、少しだけルナの表情が不安気に変わるのを僕は見た。


「これは?」


「……私の護身刀よ。あなたにあげるわ」


 どうりで見たことがあった筈だ。


 僕は一度この短刀――ナイフを使ってルナの前でゴブリンを貫いている。


 いやいや、知りたいのは、そんな事じゃなくて。


「なぜこれを僕に?」


「これから暗部に(おもむ)こうというのに、あなたは槍も持たずにどうしようというのかしら?」


「いや、一度戻れば――」


「――私には必要のないものだから」


 そう言ってどこか切なそうに微笑むルナを見て、僕は言葉の続きを飲み込んだ。


「必要ないのよ。私には」


 風がルナの白銀の髪をなびかせる。


「お分かり?」


 その言葉の意味を、理解できない僕じゃない。


「……ありがとうございます。お嬢様」


 全幅の信頼。


 それを感じて僕は再び己に誓う。


 ルナ・フレイムこそが騎士である僕の主人であると。


「必ず、戻ります」


「ええ。そうしてちょうだい」


 そう、なんでもない風に言ってルナが紫の瞳を細める。


 月明りに照らされたルナの顔が少しだけ赤いようにみえるのは僕の気のせいだろうか?


「……」


 照れて……いるのか? あのルナが?


 いや、実は僕も少し照れている。


「では、帰るわ」


 そう僕へと告げたルナ。


 早速僕の出番である。


「ではお嬢様、一旦家まで――」


「来なさいポチ」


 瞬間、吹き荒れる爆風と共に、フェンリル――ポチが現れる。


「「「…………」」」


 絶句する僕をよそに、ルナが涼しい顔で僕へと告げた。


「こういう事よ。武運を祈るわ」


 そう言ってポチを引き連れて、きた道を帰っていくお嬢様。いや、ルナ・フレイム。


「は……ははっ。ポチぃ、頼んだぞぉ」


 なんとかひねり出した僕の言葉にポチが一度振り返る。


 ……気のせいだろうか。


 その黄金の瞳には憐みの色が――。


「……くっ……!」


 なんだか負けたような気持ちになる。


 が、心機一転、深呼吸。


「ふぅ……」


 きっとあれこそが照れ隠し。


「うん」


 僕はそう思う事にした。


 それに。


「……」


 右手にはルナの護身刀。


 たしかにこれから向かう先では槍よりも便利そうである。


 その短刀を懐へとしまい込み。小さくなっていくルナの背中を一度見る。


 視界の端には夜空に浮かぶ白い満月。


「……頼んだぞポチ」


 その二つの白銀に背を向けて、僕は目的地に向け走り始めた。



 ◆



 向けられていた視線が消えた事を、ルナは少し遅れて気が付いた。


「……」


 小さく息を吐いて、立ち止まり、確かめるように後ろへと振り返る。


 勿論、そこにユノはいない。


 ロイド・メルツの元へと向かったのだ。


「……ばかね……あいつ」


 そう呟くように言って並んで歩いていたポチの頭を優しくなでる。


「あなたのお陰で助かったわ。顔から火が出そうだったもの」


 そう言って無邪気に微笑んだルナの顔を見て、ポチは黒い尻尾を数度振った。


 威厳の欠片も無い、年相応の少女の微笑み。


 そんなルナの顔を何度も見る事ができるのは、世界中でポチただ一匹である。


「それにしても本当に来てくれるとは思っていなかったわ。賢い子ね。さすが狼獣といった所かしら」


 そう言って屈み、ポチの頭をわしゃわしゃと撫でるルナ。


 だがそれも段々と弱くなっていき、ついにはポチの頭の上でピタリと止まった。


 風がルナの白銀の髪を優しくなでる。


「……あなたさえいれば、護身刀なんていらないわ」


 そう、一人、確かめるように言ったルナの言葉を、ポチは確かに耳にした。


 それはポチに向けた言葉なのか、それとも――。


 ポチにとってはどっちでも良い事だった。


 だが、改めてルナ・フレイムという少女の気高さを知り、思わず心の中でこう呟く。


(……人間とは難儀な生き物じゃな……)


 夜空に浮かぶ満点の星空の下、神獣ポチは光り輝く満月を眺めながら、むず痒そうに後ろ足でからだを掻いた。





お待たせしました。


明日、18時に二章最終話を投稿予定。


待ってます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 男って奴ぁよぉ…仕方ないか、気になるし… [一言] 男はいつも…(以下略) 女はいつも…(以下略) それでもい…(以下略) なぐさめ…(以下略) これがつい頭に…
[一言] 明日の18時が楽しみ(* ゜∀゜) 待ってます。
[一言] さて約束の大地にじゃ無事つけるのでしょうか。 つけたとしてもいろいろ難儀なことにはなりそうですがw
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