52話 「決勝――後編」
ゆえに――それはおこるべくして起こった。
「ユノさん……っ!」
悲痛に満ちた女神アテナの声が小さく響く。
赤い瞳に涙を貯めて、小さな女神が舞台へとあがる。
「……は?」
「おい、あれって……」
誰もが動揺を隠せない。
それはユノも同様だった。
「か、か、神様!?」
勢いに身を任せクルクルと吹き飛んでいたユノであったがそれどころではない。
すぐに体勢を立て直し、アテナの元へと直行する。
瞬間、女神アテナがユノの胸へと飛び込んだ。
「もういいです……! もう十分ですっ!」
ポロポロと涙を流す女神アテナ。
これまで受けたどんな攻撃よりも、アテナの潤んだ瞳から繰り出される上目遣いが、ユノのライフポイントを削っていく。
「神様、僕は――」
「……もう、いいんです」
そう静かに言ってぎゅっとユノの体を優しく抱きしめる。
その瞬間、数多の考察が浮かび上がり熱をあげていたユノの頭が冷えていく。
(……馬鹿だな。僕)
予想はできた筈だった。
思い出すのはユノに擬態したポチの前に立ち、邪神ノアの一撃を身を挺して防ごうとしたアテナの姿。
そう。ユノの契約した女神は、そんな、命知らずの、優しい女神だった。
アテナは目元をゴシゴシと手でこすると、ユノの盾になるように前へと進み出て、魔獣に精一杯の敵意を込めて視線を送る
「うぅ……っ!」
そう言って小さく唸り声をあげる女神アテナ。
この時誰も口にはしなかったが、その様は小動物の威嚇によく似ていた。
『ギィィィィィィィ』
魔獣が女神アテナに向かい咆哮をあげる。
「ちっ……!」
マロ・バーンは舌打ちを。
そしてユノ・アスタリオは――。
「――――」
瀕死だった。
魔獣の赤い瞳がアテナだけを捉える。
それに気づかないユノではない。
アテナを庇うように前へと進み、背中越しに女神へと告げる。
「……神様。ごめんなさい」
「……え?」
その謝罪の意味を理解できずに固まってる女神へとユノは再び告げる。
「僕が間違っていました。あなたを泣かせたんじゃ意味が無い」
そう言って槍をクルクルと回して見せながら、ユノは笑みを浮かべながら、その顔をアテナへと向けた。
「言ったでしょう? 僕がぜんぶやっつける」
瞬間――突風が吹き荒れる。
その風が女神アテナの白銀の髪を大きくなびかせた。
魔獣がそうさせたのではない。
ユノの身から溢れる魔力が風を生んだのだ。
魔力など使わなくてもユノは魔獣に勝つ自信があった。
けれど、それでは少しだけ時間がかかる。それもまた理解していた。
一秒でも早く、アテナに笑ってほしい。
そんな単純な動機が【魔力を使う】という選択を決定づけた。
ここに至り、試合を放棄するという選択肢はユノには無い。
目標の為、そして一早く敵を打ち倒す為。
(魅せる戦いはこれで終わりだ)
参考にしたのはロイド・メルツの魔力量。
ユノにとってはまだまだ余裕がある抑えた力。
だが――。
その力を感じ取り、ロイド・メルツは口角を吊り上げた。
予想通り、そして完璧な強者としてユノを認知する。
ロイドだけではない。その魔力量を正しく測れる者達は皆一様に目を見開いた。
「あはははははははっ」
ツヴァイは顔を赤く染めながら歓喜と狂気の入り乱れた笑い声をあげ――
「……っ」
それを見ていたセレナは、驚きと、ユノの身にこれから降りかかる不吉への不安を胸に抱く。
フィーアとゼクスは、ただじっとユノを見つめたまま動かない。
アリスは肩を震わせ青色の瞳を大きく見開き、クライムはその顔に、呆れと喜びが入り乱れた微笑をたずさえた。
反応は皆様々だ。
動揺と驚きが会場を包む中、ユノは思う。
後悔はない。力も抑えた。ここまでの戦績からどうあっても女神アテナの名は広まるだろう。それに――。
「何をいまさら。もう僕は無能のユノ・アスタリオじゃない……っ」
槍を構えるユノの視線がマロへと向けられる。
それを真正面から受け止めて、マロの瞳に闘志が宿る。
『ギィィィィィィィ』
「うおおおおおおぉぉぉ」
そんな魔獣の咆哮と共に、ユノが叫び声をあげながら風魔法を展開。同時に地を蹴り加速した。
向かい合うようにして魔獣とユノが前へと奔る。
恐るべき速さでユノへと向かってくる魔獣、そのクチバシ。
それに合わせる様にしてユノは槍先を前へと突き出したまま――
――敵の体を頭から貫いた。
そのまま魔獣の全身を貫き進む。
はた目からみれば両者がすれ違った様に見えた事だろう。
黒い欠片となって飛び散る魔獣の残骸。
それがサラサラと砂のように崩れ、黒い輝きを放ちながら霧散していく。
幻想的な、美しい光景だった。
風がユノの背中を追いかける様に吹き荒れて、その黒い髪をなびかせる。
歓声は無い。
だれもが今目の前で起きた事を理解するのに必死だった。
どさりと膝を地につけるマロ。
貫いたままの姿勢で動かないユノ。
その静寂を切り裂くように。
「勝者……ユノ・アスタリオ」
そう小さく言ったロイドの言葉が、会場全体に伝播した――瞬間。
「「「おおおおおおおおおおお!?」」」
全てを塗りつぶす喝采が響き渡る。
「ユノさんっ!」
そう言ってトテトテと走ってくる女神アテナに、笑顔を向けながら、ユノは槍を天高く掲げた。
そんなユノの胸の中に、女神アテナが飛び込んでいく。
「無事でよかった……っ! すごい……! すごいですユノさんっ!」
そう言って赤い瞳に涙を貯めながら微笑む女神アテナの顔をみて、ユノの肩から力が抜けていく。
「ありがとうございます。神様」
そう言ってユノもまた微笑んだ。
同時に、ユノの元に近づくロイド。
「選定は終わった。あとはお前次第だ……」
すれ違い様にそう言ったロイドが、ユノの手に一枚の紙きれを握らせる。
それを黙って受け取って、小さく頷くユノ。
「フッ……」
最後に薄く微笑みを浮かべたロイドがマロを背負って舞台を降りていく。
ユノは思う。
(変えられただろうか……)
聞こえてくるのは賛辞の声。
――女神アテナの名声を高める事
その目標が達成されたかどうかを、ユノは近い内に知る事になる。
だが今は――。
「……これでいい」
満足げなそのユノの独り言は、鳴りやまない歓声に混ざって溶ける。
そんな中、ユノはそういえばと、手に握りしめた一枚の紙きれへと視線を落とす。
そこには地図と文字が記されていた。
『太陽が深く寝静まる頃――約束の大地にて by【影の月】』
ユノは思った。
「どこそれ……」
これにて闘技大会は終了です!抱いた疑問は胸の中に秘めてぜひ3章に……。
「おもしろい!」「がんばれっ!」「どこそれ!?」と思っていただけましたら、↓にある☆を押して、応援していただけると作者のモチベがぐんぐんグルト( ᐢ˙꒳˙ᐢ )
二章完結に向けて!ぜひ勢いを……!!




