5話 「僕も男だ仕方ない」
アスタリオ家の三男がクラスメイト達を血祭りにあげた。
そんな噂が囁かれるようになったのは、模擬戦で十連勝を飾った翌日の事だった。
「それはもう酷い有様だったらしいぜ。先生が止めるまでボコボコにしたらしい」
「嘘だろ……いくら初めての模擬戦で勝手が分からなくても普通しないだろ……ボコボコに」
君たちボコボコにするの好きだね。
華麗に一撃だよ。一撃。
どうやら僕はこの学園では悪逆非道の問題児として認知されたらしい。
ひとたび廊下に出ようものならこの有様だ。
みんな揃って僕の方を向くと、似たような内容を囁き合っている。
まぁ、真実がどうであれ、噂というのはこうして一人歩きしていくものなのだろう。
元々、無能として有名だったのだから、今更気にしても仕方無い。
それに、囁かれる噂話は、なにも悪い事ばかりじゃない。
「アスタリオ家の三男といえば出涸らしの無能だって話なんじゃ?」
「いや、それが神様と契約してから強くなったらしい」
「嘘だろ!? それってあの無能神だろ!?」
「ああ。けど、実は今まで力を隠していて、本当はすごい神様だったんじゃないかって話だ」
「うわ……まじかよ。俺、正直見た目めっちゃ好みだったんだよな」
「俺もだよ……。もう名無しの無能神なんて言えないな」
「名前ついてるんだよな? 何て名前だっけ?」
「確か――アテナ。美少女神、アテナだ」
――お分かり?
僕の悪評が広まる一方で、神アテナの名が今、学園に浸透しつつあった。
神様の場合も僕と一緒で、元々それなりに有名だった事がプラスに働いているらしい。
……僕とはえらい違いである。
「ユノさん! 見てください! 私、浮かべるようになったんです!」
そう言って、嬉しそうにぷかぷか浮かぶ神アテナ。
どうやら少し有名になった事で、神力が向上した様だった。
「すごいです! 神様! さすがです!」
僕がそう言うと、アテナは少し得意げに、されどやっぱり恥ずかしそうな顔をして、満面の笑みを浮かべる。
こうして神様の嬉しそうな笑顔がみられるのなら、悪評の一つや二つ、笑って流せるというものだ。
――と、思っていたのだが。
「お見合い? なにそれ?」
アリスはそう言った僕を見て呆れかえっている。
「ユノ、あなたちゃんとソレイユ先生の話を聞いていなかったの?」
僕が「うん」と頷くと、アリスはため息をつきながら説明してくれた。
僕達が通うフェリス魔法騎士学園にはある有名な行事があるのだという。
「ユノ、聖フェリス女学園は知ってるでしょ?」
「もちろん知っているさ」
――聖フェリス女学園。
男として生まれたのなら、その学園を知らぬ者はいないだろう。
何故ならその学園に通う女生徒の半分を占めるのは、貴族のやんごとなき令嬢たちだ。
僕の通うフェリス魔法騎士学園が、力をつける為の学園であるように、貴族の令嬢たちは聖フェリス女学園で淑女の嗜みを学ぶのだ。
もちろんもう半分を占める女生徒達も普通じゃない。有名な商人の娘であったり、他を隔絶する才女であったりと、その手の話題が尽きる事は無い。
嫁にするならフェリ女だな、なんて謳い文句があるくらいである。
余談だが、目の前にいるアリス・ローゼも本来であれば聖フェリス女学園に通う予定だったのだが、本人たっての希望でこの魔法騎士学園に入学したのだとか。
「じゃあ、その聖フェリス女学園が私たちの通うこの学園の隣にある事は?」
「はは、もちろん知……え? 今何て言った?」
「やっぱり……ほら、見なさい」
アリスはそう言って、窓側に視線を移す。
僕はアリスに言われるまま、窓の外を見た。
視線の先には太陽の光を受けて輝く、白く美しい建物がある。
装飾が随所に散りばめられており、著名な貴族のお城だと言われても納得できる絢爛さだ。
もちろん、それを見たのは初めてじゃない。
つまらない授業を聞きながら、綺麗だなぁ、なんてよく思っていた程だ。
……まさか。
「あれが、聖フェリス女学園よ」
まさかのまさかだった。
「そうだったのか……」
僕は後悔する。それを知っていたならば、毎日穴が開く程眺めていたのに、と。
「残念ながらそれは不可能よ。見なさい。あの校舎にある窓には魔法が施されていて、外から覗く事は不可能よ」
……幼馴染って怖い。
「たしかに……何もみえないね。それで? そのフェリ女と僕らに何の関係があるのさ」
僕がそう言うと、アリスは語る。
フェリス魔法騎士学園には、代々続くある、カリキュラムがあるらしい。
「それはね、私達フェリス魔法騎士学園に通う生徒が聖フェリス女学園に通う女生徒の騎士となり、お守りするというものなの」
……え?
「待ってくれアリス、それはあれだよね? そういう設定で授業を受けるって事だよね?」
たとえば、こうだ。二人一組で順番に森へと入り、フェリ女の生徒を守りながら目的地を目指す……とか。
「どんな想像をしてるか知らないけれど。お見合いで決まった組は卒業まで解かれる事はないわ。決まったが最後、登下校も一緒に過ごすことになる。したがってこれまではクラス単位だった授業も聖フェリス女学園と合同で行われる機会が多くなっていくわ」
僕は天を仰ぐ。
……つまり……つまりそれは。
合法的に……聖フェリス女学園の女の子と……仲良くなれるチャンスなのでは?
「そ、そうなんだ。へぇ? 知らなかったなぁ。ちなみにその組み合わせってどうやって決めるにょ?」
僕は努めて冷静にそうアリスに聞いてみる。
「……だから言ったでしょ。お見合いだって。聖フェリス女学園の講堂に集まって、互いに納得のいくまでお見合いをするの。けれど、聖フェリス女学園の生徒たちは事前にこちら側の情報を入手しているわ。もちろんそれはこちらも同じ事だけど、例年、騎士側は受け身になる事が多いわね」
「ふむ……」
まぁ、それはそうだろう。フェリ女の生徒たちからしてみれば、どこの馬の骨かも分からない者を傍に置くのは不安だろうし。
加えて言えば、騎士として傍に置くのであれば、より優秀な者を狙うのは当然とも言えよう。
それに騎士役が仕える主を選別するなんて事、あってはならないと僕は思う。
「つまりあちらさんは、事前に声をかける相手を決めていると?」
「そういう事よ」
ははは。なんだ。それだけの事か。
「楽しみだねアリス」
僕はそう言って笑う。
するとアリスも笑った。可哀そうなものをみるような目で。
「ユノ、悪い噂ばかりのあなたに声をかけてくれるのは、一体どんな救世主様なのかしらね」
僕は目の前が真っ暗になった。
手洗いうがいを忘れずに!
面白い! 頑張れ! コロナに負けるな! と思っていただけましたらブグマや評価していだけると幸いです!
追記、寝る前にもう1話投稿予定です。