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51話 「決勝――前編」


※三人称です。

 

 向かい合う二人の少年。


 幼少期からの幼馴染。そしてクラスメイトである両者の視線が重なり合う。


「酷い顔だ。ビビってるのか? 降参するなら……今のうちだぜユノ。お前じゃ、俺には勝てない」


 そう息を切らしながらユノへと視線を送るマロ・バーン。


 その視線を真正面から受け止めて、ユノはその顔に笑みを浮かべた。


「いいや。僕が勝つ。マロ、君こそ辛そうだけど大丈夫なの?」


 (あお)り文句のようなその言葉は、ユノの本心でもあった。


 力を扱いきれていない。いいや。それも正しくない。もっと別のもの。まるでマロの意思とは別に、もう一人いるかのような感覚をこの時ユノは感じていた。


 マロと相対しているようで、その実、別の誰かと向かい合っているようなそんな感覚。


 それが考えすぎであるのかはユノには分からない。だが、同じくマロも、今の状況に違和感を覚えていた。


「……」


 マロの視線が(あかね)色に染まる空へと向けられる。


 そこには大きな翼を広げ空を駆ける黒い影。


 あれを召喚したのが自分だとはマロにはどうしても思えなかった。


 神マルファスと契約を交わした時にマロが手にしたスキルは五つ。


『使い魔召喚』『建造』『魔力向上』『身体能力向上』『神眼』


 そのどれもが破格なスキルである事はマロ自身もよく理解していた。


『魔力向上』『身体能力向上』の常時発動により、戦闘能力が飛躍的に向上。この二つのスキルに関しては契約した神の力に依存する。


 神マルファスは誰もが知る英雄神の一柱。つまりは同じスキルを有する者の中でもマロが手にする恩恵は計り知れない。


 そしてスキル『建造』によって土魔法を始めとした障壁の展開が容易になった。


『使い魔召喚』により神マルファスが使役する小型の使い魔を呼び出せるようになり、更には相手の初動から動きを予測するスキル『神眼』。


 言うまでも無く、以前とは比べられない程の力を手に入れた自覚がマロにはあるのだ。


 だが――。


(使い魔召喚であんなのが出てくるなんて……知らなかったぜ)


 必死に現状を肯定しようと心の中でそうつぶやくが不信感はぬぐえない。


 自分の意志とは関係なく勝手に動き回る巨大な使い魔に加え、マロが現在進行形で感じている倦怠感も予想の範囲外のものだったのだ。


 事実、空を駆ける黒い鳥型の魔獣が勝手にティナ・バレットに攻撃をはじめた時には、心の底から震えあがった程である。


 だが、こうして決勝戦が行われようとしている事実がマロの思考を麻痺させた。


 沸き上がる歓声がマロの興奮を高めていく。


 それに相手は幼馴染であるユノ・アスタリオ。


 これまでバーン家の次男として曲がりなりにも研鑽(けんさん)を続けたマロにとって、無能と呼ばれながらもヘラヘラと笑う怠惰な幼馴染はどうあっても認められない存在だった。


 ゆえに――。


「負けるかよ……」


 両の手をきつく握りしめながらマロはユノを睨みつける。


 この時マロに自覚は無かったが、その瞳の中には嫉妬の感情が確かに含まれていた。


『わたしね……ユノが…………』


 そう言って切なそうに微笑んだ初恋の少女。その遠い記憶が脳裏をよぎる。


『無能と戯れるのはもうやめろっ! 弱さは罪だ。お前はバーン家の人間であり私の息子だ。長男が病で床に伏した今、次男であるお前に失敗は許されないのだ』


 そんな父の言葉を思い出した途端、右の頬がピリリと痛んだ。


 すれ違い。


 その繰り返しが今のマロを造り上げた。


 マロは知らない。大嫌いだったユノ・アスタリオのへらへらとした笑顔の裏に、誰も傷つけまいと怯える心があった事を。


 そしてユノも知るよしもない。マロが父からのいきすぎた教育と叱咤(しった)の中、親の目を盗んで三人で遊んでいた事を。


 そんな小さな幸せは、初恋の終わりと共に積もり湧き上がった嫉妬心によって壊された。


 初恋の少女が思いを寄せたのは、努力している自分では無く、無能のくせにヘラヘラとした笑顔を絶やさないユノ・アスタリオ。



『そんな馬鹿な話があってたまるか』



 幼い心を抉ったその不条理が、父の言葉を強くした。


 歪んだ思想も、弱者への蔑みも、マロが強く生きていくための糧である。


 そしてそれは、確かにマロ・バーンを強くした。


 もうここに至って、マロに後退の道はない。自分の身を纏う違和感を無理やりぬぐい去ってでも、バーン家の為に、そして自らが歩んできた道が間違っていないと示す為【優勝】の二文字を手に入れる。


 既に賽は投げられたのだ。


 だが、それはユノとて同じ事。


 自らが契約した女神アテナの名を広める為ならば、ユノは手段を選ばない。


 課した目標の達成の為、自分ごと生まれ変わる覚悟を既に決めているのだ。


 事実、ここに至るまでにユノの評価は大きく変わった。


 無能であった筈の少年は槍を片手に対戦相手を翻弄し、誰もが目を見張る活躍をして、とうとう決勝戦までたどり着いて見せたのだ。


 沸き上がる使命感。それが熱を帯びていく歓声と共に炎の様にうなりを上げる。


 女神アテナを、更に――更に――有名に。


 そしてその願いは果たされようとしている。


 異常と言って差し支えない、巨大な魔獣を前にして、ユノが感じているのはそんな相手とこれだけ大勢の前で戦える事の喜びと、どう魅せるかの思惑のみ。


 そう。既にユノの中にも【後退】と【敗北】の二文字は存在していないのだ。


(槍さばきと、動きで敵を倒す……たったそれだけの事。そうだろ? 僕)


 まだ力の分かり切っていない魔獣を前にして思うのは、果たしてそれが可能なのか、という一点のみ。


 しかし、その思考すらも今は、不要だとユノはかぶりを振る。


 できるか、できないかの話ではなく、やりきると既に決めているのだ。


「……」


 ユノ・アスタリオの頭の中でいくつものシーンが浮かんでは消えていく。


 寂しそうに笑う白銀の少女の笑顔が脳裏から離れない。


 蔑まれて、傷ついて、それでも笑みを浮かべて見せた女神アテナの姿がいつまでたっても(かす)まない。


 ――だから、僕が、心の底から笑顔にしてみせる。


 誰にももう否定させない。いじめさせない。蔑ませない――。



 相手が一体何なのか、あの魔獣の正体は――そんな小さな疑問など、ユノの頭の中から既に霞んで消し飛んでいた。


 自らの目標を達成せしめる絶好の機会を前にして、ユノもまた興奮と、湧き上がる使命感に思考を麻痺させていく――。


 そしてそんな両者の間に現れた生徒会副会長、ロイド・メルツの視線が交互にユノとマロへと向けられた。


「準備はいいな?」


 そのロイドの言葉に、ユノとマロが同時に小さく頷いた。


 ロイドの腕がゆっくりと時間をかけて上がっていく。


 その時、歓声がピタリと止んだ。


 かわりに闘技場を包み込むのはこれから行われる決勝戦への期待と、重圧な緊張感


 だが、誰もが気づいている。その静寂はこれから巻き起こる激闘への幕間。


 嵐の前の静けさであると――。


 女神アテナは胸の前で小さな手を組み、祈りを捧げる。


『どうかユノさんが無事でありますように』と。


 ルナ・フレイムは目を細めながら笑みを浮かべて、茜色に染まる空を仰ぐ。


 自らの騎士が、翼を広げるその瞬間を少しだけ切なく思いながら。


 多くの思惑と興奮が混ざり合うこの舞台の上で。


 新たな物語が紡がれる――――



 ――「始めっ!」


 そんな声と共に。


「――ユノさんっ!」


 女神アテナのその声が、少年ユノ・アスタリオの始まりの合図であった。


「「うおおおおおおおおおぉぉぉ!」」


 両者共に雄叫びをあげながら地を強く蹴り加速する。


 両者の速さは互角――その目にも止まらぬ速度をもって瞬き一つの間に激突した。


 初撃。ユノ・アスタリオが槍を突く。


 それを寸での所で回避したマロが、自らの右拳を叩き込まんとユノへと振るう。


 だが、その拳は空を叩く。


 代わりにマロの腹部を槍から手を離したユノの右拳が炸裂した。


「が……っ」


 唾を吐き出し、小さく吹き飛ぶマロ。


 同時に下へと落下を始めていた槍を、ユノが左足で上へと蹴り上げて、宙をクルクルと回りながら落下する槍を右手で掴む。


 瞬間、ここに至るまでの全てを祝福するように――。


「「「「おおおおおおおおおお」」」」


 大地を振るわせるほどの歓声が沸き起こった。


 その歓声を全身に浴びながら、黒髪の少年は一人(わら)う。


 ()()()戦いをする。


 それがユノ・アスタリオの思惑であり、目標に沿う形の在り方だ。


 あがる歓声を耳に入れながら、それが間違いではなかった事をユノは知る。


 誤算があったとすれば、想像以上にマロの身体能力が向上していたという事実。


 だがそれは障害にはなり得ない。


 ユノは自らに(かせ)をはめている。


 槍だけで勝つ。


 撃ちだせば終わる魔力など、この場には不要だと、そう考えながら。



 よろよろと、腹を押さえながら立ち上がるマロ。


 彼は先の一撃で既に悟った。


 格闘であればユノに分がある。


 では、どうするか?


 その答えをマロは知っている。


 赤く染まる大空に浮かぶ、黒い魔獣を睨みつけながら、マロは願った。


(力を貸せ……!)


 そう念じながら、血走った目で大空を仰ぐ。


 危険である事など百も承知だった。


 なにせ自分の意志では動かせない。こうして決勝戦が行われている事が奇跡である。


 それでも目の前の敵を倒す為には、()()力がいる。


 マロの手が大空へと掲げられた。


「動け、動け……っ! 動けぇぇぇぇ!」


 マロの咆哮。



 その願いは、成就する。



 大空をゆっくりと旋回していた鳥型の魔獣が黒い翼を横に広げる。


 瞬間、闘技場にこれまで以上の突風が吹き抜けた。


 赤と黒を混ぜ合わせた大空で、赤い二つの双眸が、ユノ・アスタリオへと向けられる。


 そして――


『ギィィィィィィィィィィィ』


 魔獣の咆哮。


 その金切り声にも似た絶叫が、闘技場を包んでいた歓声を打ち消して尚、(とどろ)く。


 誰もが耳を塞ぎ、呆気にとられた。


 体の中からせり上がる恐怖。それを必死に誤魔化そうと、歓声が再び沸き上がる。


 舞台は今整った。


 ユノは体勢を低くしたまま槍を構える。


 ユノは悟っていた。これから始まるのが本当の闘いであると。


 マロもまた、何かが抜き取られたような倦怠感が広がる体に力を込めて、砂利の混じった地へと右手をつけた。


 そして真正面からユノ・アスタリオを睨みつける。



「……いくぞ……おらぁぁぁ!」



 マロのその絶叫が再び戦いの火ぶたを切った。


 大地から幾十の鋭い突起が生える様にしてユノへと迫る。


 それを身体能力を駆使して、避ける。避ける。なおも避ける。


 その華麗なユノの体さばきと、マロの猛烈な攻撃に観客の誰もが目を奪われた。


「お、おい! あれ!」


 突如として観客席からあがったその大声と同時に多くの人の目が空へと向く。


「え?」


 だが、それを確認しようと空を仰いだその時に。


 既に魔獣は空にはいなかった。


 ドォンーーという大地を震わせる衝撃と爆音。


 同時に、視界をさえぎる程の土煙が空へと舞い昇る。


 その粉塵の中、動く二つの影。


 視界をふさぐ土煙が次第に晴れていくと同時に、観戦していた者は皆一様に息を飲んだ。


「……っ!」


 荒れ狂う魔獣の執拗なまでの突き。


 一撃受ければまず間違いなく致命傷になる鋭いクチバシから放たれる猛撃を、ユノが槍で右に左にさばいていく。


 もうここに至り、誰もがユノ・アスタリオの実力を疑いはしなかった。


 それだけではない。


「……すげぇ」


 魅せられる。


 多くの者の胸の中に生まれたのは、憧れだった。


 俺も、私も――いつかは――。


 そう思わせるだけの輝きをユノは発していた。


 届きそうで――届かない。


 純粋な強さへの憧れを湧き立てる、そんな――。


「く……っ!」


 クチバシを槍で受け止めたユノの体が吹き飛ばされるようにして宙を舞う。


 ユノの身体能力をもってしても、純粋な力比べでは魔獣の方に分があった。


 だが、それすらも――ユノの思惑通り。


(いいぞ……いいぞ……!)


 強くありすぎるだけが戦いではない。


 今のユノはまだ学生で、それも新入生だ。


 だからうまく魅せ方を調節する必要があると踏んでいた。


 つまりは演技だ。


 それに気づいている者はここにはいない。


 全てを見通しているのは、はるか天上でユノを見つめ微笑む桃色の女神だけ。



 ゆえに――それはおこるべくして起こった。




長くなったので二つに分けています。

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[一言] マロ…マロなぁ 終わった後、ユノたちと仲良くできるといいなぁ
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