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49話 「思惑」

 


「――ティナさんっ!」


 神様の叫び声。


 ためらう事はない。考えるよりも先に体が動き出していた。


 急加速で霞む視界の中で、赤い髪の少女めがけて僕は――飛ぶ。


「……」


 いつもこんな時に考える。


 ――良かった。


 だって、僕ならできるんだ。


 守りたいものを、守りたいときに――。


「……っ!」


 時間がゆっくりと流れだす。それ程の加速。


 動いているのは、僕と、ティナに迫る魔獣だけ。


 その中で僕はまず、ティナの体を(すく)い上げる様に横に抱き上げて魔獣の突進を回避する。


 同時に吹き荒れる強風。


 魔獣の赤い瞳がすれ違いざまに僕らを強く睨みつけた。


 なんだその目は。


 僕もにらみ返す。


 ……悪いけど、お前に壊されるわけにはいかないんだ。


 突風が頬を叩く。


 揺れる前髪を視界の端に入れながら、空へと急上昇していく魔獣の黒い影を目で追う。


 それと同時に、沸き上がる歓声――。


 そんな中、腕の中で僕を見上げるティナの視線を感じ取る。


 ……そうだ。まずは安心させてあげなくちゃ。


「お待たせ。ティナ」


 そう笑顔でティナへと告げる。


 僕の顔をじっと眺めながら、驚いたように目を見開くティナを見てひとまずの達成感に満たされた。


 危機一髪。僕は何とか間に合ったのだ。


「……っ……ぐすっ」


 ティナの淡い赤の瞳に涙がたまっていく。


 怖かったよね。そりゃそうだ。


「……」


 ――なんだ、アレ。


 ティナへと突進した後、旋回するように大空へと昇って行った黒い魔獣。


 あれが、魔力暴走……?


 嘘だ。幼少期の僕とは明らかに違う。あれはもはや召喚獣というよりは……。


「……」


 苦しそうに地に膝をつき荒い呼吸を繰り返すマロ。


「……」


 空で黒い翼をはためかせながら旋回を続ける黒い魔獣。どうやら追撃をためらっている様子。それがマロの抵抗の成果なのかは定かでは無いが……。


 ――動くなら今だろう。


 そう思った僕はまずいったんティナを安全な場所へ運ぼうと足を動かす。


 だが、数歩歩いたところで疑問が湧き上がった。


 ……安全な場所。


 あるのか? そんな場所。


 あいつがいる限り、この闘技場全体が危険だ。


 そう思った僕は闘技場全体へと意識を向ける。


 ……いない。


 ロイド先輩の姿が見えない。


 僕がそんな事を考えていた時だった。


「――それで、お前はどうするつもりだ?」


 突然背後から聞こえてきたその声に僕は思わずびくりと体を震わせる。


「……ロイド先輩」


 探していた人物が僕の後ろに現れた。


 丁度よい。この人なら。


「ティナ。もう大丈夫だよ」


 そう言ってティナを降ろそうとした瞬間、僕の体を細い腕が強く抱きしめた。


「待って……行かないで……」


 そう言って僕を涙目で見上げるティナ。


「……っ」


 あぶない、ところだった。一瞬ぐらつきかけるほど可愛く感じてしまう。が、そんな状況でも無いだろう。


 ひとまず再度ティナを抱えたまま僕はロイド先輩へと向き直る。


「……どうなりますか?」


 ただ、それだけをロイド先輩に問う。


 その言葉には二つの意味を込めている。


 一つ、闘技大会の決勝戦はどうなるのか?


 そして二つ目は、マロのこれからの――


「――答えよう。まず闘技大会だが……このままでは恐らくは中止になる。そしてマロ・バーンの処遇については俺の口からは答えかねるな」


 ……やはり、中止か。


「だが、幸いなことに今はまだ混乱が少ない。観戦しているものも、恐怖よりも驚きの色が強いようだ」


 そう言って観客席へと視線をやるロイド先輩。


 ……たしかに。


 未だに闘技場全体を包むのは熱い歓声。その多くは現状に驚いている声が多数含まれている。


 まだ、あいつの危険性に気づいている者が少ない。魔力の大きさに気づけていないのか、それとも演出だと思っているのかは定かでは無いが。


「……っ!」


 ――僕が、それに気づいたのはこの時だ。


 まだ険しい表情をしている事に変わりは無いが、うずくまっていたマロが立ち上がり、僕をまっすぐと睨んでいる。


 好戦的な瞳。覚悟を感じさせる漢の瞳。


 ――――ならば。


「「このまま決勝戦を――」」


 僕とロイド先輩の声が重なる。


 瞬間、先輩の頬が吊り上がる。たぶん僕も同じ顔をしていると思う。


 問題の先送りだ。


 けれど、僕にとってはそれこそが最善。


 別にマロの為って訳じゃ無い。僕の目的と目標の為。


 …………それだけだ。


 ロイド先輩の黒い瞳が僕を見る。


 その視線に重ねる様にして、僕もまた、ロイド先輩へと視線をやった。


 思考が――加速する。


 さぁ、準備を始めよう。


 最高の舞台を僕が造り上げてみせる。


 問題は三つ。


 一つ目は……――。


 ――「「安全の保障」」


 再び重なる言葉。


 もう僕は驚かない。


 この人なら、ロイド・メルツであれば――


「――観客席は任せてもらおう。希望的観測で言っている訳じゃ無い。あの程度であれば……問題は無い」


 そう言って怪しげな笑みを浮かべるロイド先輩。


 瞬間、観客席をぐるりと囲むように魔法の障壁が展開されていく。


 ……無詠唱。ただ一言も声を発する事無く魔法の展開をやってのけるロイド先輩の技能に内心舌を巻きながらも僕もまた、自分が知っている中で最大限の魔法を展開させる。


「……聖域結界(ホーリーシールド)か」


 そうポツリと呟いたロイド先輩に返すように頷いて、僕は空を回る魔獣へと視線を送る。


 アレがどこまで危険なのかを僕は知らない。勝つ自信はある。けれど、問題はそこじゃない。



 だから二つ目は――。



「学園側が続行を認めるでしょうか?」


 僕のその問いに答えたのは、ロイド先輩では無かった。


「認められないわ」


 強い意志を感じさせる声。


 その声が誰のものなのかはすぐに分かった。


 赤い髪を揺らしながら、圧倒的な覇気を(まと)って僕らの元に現れたその人は、鋭い視線をロイド先輩へと向ける。


「ロイド、あなた何を考えているの?」


「……不満か?」


「そういう問題では無いわ。既に事態は私達学生が判断できるものではなくなっている。それに気づかないあなたではないでしょう?」


 正論だった。


 マロの召喚した魔獣の暴走。


 そして、既にティナの身が一度危険にさらされている。


「既に学園長を中心に緊急対策案が発令されているわ。(じき)にこの場にも先生たちが――」


「――来ないさ」


 ロイド先輩から放たれた低い声。


 その時だった――。


 影が、二つ。


 ロイド先輩の背に現れる。


「……っ」


 瞬間、セレナさんが驚いたように目を見開く。


 僕も同じだ。


 全身を黒一色に包まれた二人の者達はロイド先輩に(かしず)くようにその場で片膝をつく。


 黒いローブで顔が隠れているため表情が分からない。

 それでも僕には分かってしまった。


 ――強い。


 ただ、強いだけじゃない。二人ともその身にセレナさんに負けない程の魔力を()()持っている。


 そして、それを瞬時に知覚させない程の魔力コントロール――……。


 そんな中、止まった時間を動かすように、切り出したのはセレナさんだった。


「ロイド……何のつもり? これだけの人の前で……」


 動揺を隠しきれていない震えた声色でセレナさんはロイド先輩に問う。


「問題ない」


 そうロイド先輩が言ったのと同時だった。


 黒一色を纏っていた二人の衣服が変化する。


 フェリス魔法騎士学園の黒い制服。


 気づけばその二人はそれを身に纏っていた。


 それだけでは無い。


 ――黒い頭髪。


 その二人はどちらも黒い髪色をしていたのだ。


 この国では黒い頭髪は珍しい。恐らくは何らかの方法で染められている。


 僕はすぐに理解する。


 なるほど……この人たちが――。


 ロイド先輩の目が背中越しにその二人へと向けられる。


 それに応えるようにして、二人は同時に頷いた。


「……たった今からこの闘技大会は我ら【影の月(シャドームーン)】の管轄になった」


「……っ」


 腕の中でおとなしく丸くなっていたティナが動揺したかのように小さく声をあげる。そしてそれは姉であるセレナさんも同じなようだ。


「……それは国の指示かしら?」


「いいや。俺の判断だ」


 そう言ってロイド先輩は僕を流し見る。


 その視線の意味を、僕は計る事が出来なかった。


「ロイド様……その者が?」


 控えていた二人の内、左側にいた少女がそう口を開く。


 長い黒髪を後ろで束ねたその少女を見て、僕は息を飲んだ。


 ――妖精(エルフ)


 人よりも長い耳。そして女神に届こうかという美しさ。


 い、いや、それよりもなんでこんな所にエルフが――。


 そんな事を思っていた時だった。


 エルフの少女の切れ長な黒い瞳が僕を射貫く。


「貴様、なんだその目は?」


 そう言いながら、僕へと向けられる殺気のこもった瞳を見て、僕は瞬時に判断を下す。


「い、いえ、あまりにも美しかったので……」


「なんだと……! 貴様……私を馬鹿にしているのかっ……!」


 そう言って少女は僕を再び睨みつける。顔を真っ赤に染めながら。


「フィーア。耳が出ているぞ」


 そうロイド先輩が言った瞬間に、エルフの少女――フィーアの顔が更に紅潮していく。


「し、失礼いたしましにゃ」


「「「噛んだ」」」


「う、うるしゃい!」


 湯気が出そうな程顔を真っ赤にしたエルフの少女、フィーアの耳が小さくなっていく。


 ……すごいな。あれ。どんな魔法を使っているのだろうか。


「それで大将? 俺たちは何をすれば?」


 エルフの少女の隣にいた、ガタイのいい黒ひげのおっさんがそうロイド先輩に問う。


 歳は四十手前、といった所だろうか。


 黒く鋭い髪をオールバックに流した野性的な男。


 その獣のような瞳がロイド先輩の背中へと向けられている。


 僕は思う。


 いや、その人に制服は、ちょっと……。


 体を覆う筋肉が制服に浮かび上がり、今にもはち切れそうなご様子。


「フィーアには会場の警護を。そしてゼクス。お前の今日の任務は()()事だ」


「見る? ……なるほど」


 ゼクスと呼ばれたおっさんは、そう言って僕へと視線を向ける。


 ここらへんで、僕はロイド先輩の思惑を理解する。


 ――計られている。


 僕がどれくらいの力を持つのかを。


 それがロイド先輩にとって有用なものなのかを。


 なるほど。なるほど。実に分かりやすい試験だ。


 そしてそれは、僕にとっても都合が良い。


 暗部――【影の月】


 そこに入れば、僕の疑問も晴れるだろうか。



 この世界の秘密も、神ゼウスの――存在も。



 ロイド先輩は決勝戦を使って僕を試すつもりなのだろう。


 そして僕もまた、決勝戦で力を示す覚悟がある。


 僕の目的は神様の名を高めること。目的は違っても決勝戦を行いたいという思いはそうして重なった。


「準備は万全。あとはお前次第だ。ユノ」


 そう言ってロイド先輩の視線が僕へと向けられる。


「……ユノ?」


 ティナの不安そうな声。


 気づけば僕の胸元をきゅっと掴んだティナが不安そうな顔で僕を見上げていた。


「まさか……戦うつもりなの……? あれと……?」


「うん」


 僕がそう答えた瞬間、がばりとティナの腕が僕の首に回される。


「だめ! だめよユノ! あんなのと戦ったらユノが死んじゃう!」


 そう言って体を小さく震わせるティナ。


 心配してくれているのだとすぐに分かった。


「ありがとう。ティナ。けれど、心配いらないよ」


 そう。大丈夫だ。


「……え?」


 実はあいつに、あの魔獣に僕は恐怖を覚えている。


 けれどそれは勝てない事への恐怖なんかじゃない。


 どちらかというと、オカルト的な気味の悪さからくるものだ。


 つまりは――。


「負けないよ。僕は」


 そう言い切った瞬間、ティナの体から力が抜けていく。


「……そっか……勝てちゃうんだ……」


 そうポツリと呟いたティナ。


 泣き笑いのその顔からは、感情を読み取ることが僕はできなかった。


「それはそうと、お前はいつまでユノに抱かれたまま丸くなっているつもりだ?」


 そうロイド先輩が言った瞬間、ティナの顔が真っ赤に染まる。


 同時に、なぜかセレナさんが不満そうな顔でロイド先輩を睨みつける。


「ち、ちがうから! お、おろしてっ!」


 バタバタと猫のように暴れながら腕から飛び出すティナ。


 それだけ元気ならもう大丈夫だろう。


 さて、と――。


 マロが僕を見ているのが分かる。


 遥か上空では旋回を続ける黒い魔獣。


 今は制御下にある、という事だろうか。


 いや、そんな事は、どうでもいい。


 僕は戦いに向けて歩き出す。


「ティナ、君の槍を借りてもいいかい?」


 そう背中越しにティナへと問う。


「いいけど……どうして?」


「君の槍で勝ちたいんだ」


 自己満足。かたき討ちだ。


 僕の言葉に小さく頷くティナ。


 そして、ロイド先輩が不敵に笑う。


 僕も笑って、前を向いた。


 残る問題はあと一つ。


 問題その三。


 力の制御。


 僕は魅せなくてはいけない。


 人の限界を超えないように、強すぎないように。


 今の僕は邪神ではない。


 敵を一瞬で消し飛ばす強さでは、僕の目的は達成されないのだ。


 だから、いつも通りでいい。


「さぁ、神様、いきますよ」


 (のぞ)もう。生まれ変わるために。


 予感がある。きっと変わる。全てが――変わる。


 最高の舞台が整った。敵は僕の幼馴染マロ・バーン。そして契約したのは高名な神。それでいて召喚されたのは恐ろしい巨大な鳥型の魔獣。


 もしも、もしもそんな相手に()が勝ったなら。


「……ふふ」


 最高だな……それ。


 闘技場に置かれたままだった槍を拾い上げる。


 強すぎる魔力など、不要だ。


 僕が使うのは契約した女神アテナからもらったスキル【槍術】


 その槍さばきで、動きで敵を圧倒してみせる。



 さぁ――終幕の時だ。



「いくぞ、僕」



 そういつもの様に口ずさみながら。


 僕はちょっとだけ――本気出す。





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― 新着の感想 ―
[一言] お、おう…舐めプで行くのか…(困惑)
[一言] 面白く読ませて頂いて居ります。 今後とも無理をなさらずマイペースで投稿をお願い致します。
[良い点] 問題ない! [気になる点] ユノは自分で判断し解決できる 底が知れないのが気になる点だw [一言] 善行を、見せてくれるユノは神の使徒? 必要な時を掴み取る時空の支配者か? 学園アイドルと…
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