44話 「友達」
変化はすぐに訪れた。
神様がいる三階席に向かう最中、何人もの生徒とすれ違う。
その最中――向けられる視線の質が違う事を感じ取る。
「……」
今までは、無能である事への蔑んだ視線、バカにしたような冷たい質のそれが多かった。
けれど、今は違う。
興味……中でも驚きの色が強いように感じる。
――これが、答えだ。
間違いなく僕は正しい、いや、望んだ僕になれている。
「……これでいい」
心がすっと軽くなる。
どうやら僕は間違えずに事を進める事ができているようだった。
仄暗い中、石造りの階段を上っていくと次第に歓声が大きくなっていく。
眩しい日の光が差し込む出口を一歩踏み出し、僕は神様達がいる三階席に辿り着いた。
「……っ」
日差しが、眩しい。
それと同時に、僕の両耳が熱を帯びた歓声を直に感じ取る。
まるで英雄が現れたかのように上がるその歓声は、僕の心臓を高鳴らせるには十分な勢いだった。
お祭りだ。そしてその歓声はきっと、僕にも向けられていた筈で……。
「……」
この渦の中に、僕もいる。
そう思えば思う程、僕の心臓が早鐘を打つ。
「ユノさんっ!」
神様の声。
嬉しそうなその声を聞いた瞬間に、僕の疲れは一気に吹き飛んだ。
僕から見て左上。三階席の一番後ろで僕に向かってブンブンと手を振る女神アテナ。
神様、そんなに手を振っていたら皆に見られてしまいますよ?
事実、女神アテナを気にして多くの観客が神様へと好奇の目を向けている。
そして、もう少ししたら、きっと神様もそれに気づくだろう。
「――あっ」
気づいた。
顔を真っ赤にして萎むようにその場に屈むと、恥ずかしそうにもじもじとする。
「……はは」
僕はそんな神様の様子がとても可愛らしくて、思わず笑い声を零しながら、神様達の元へと足を進めた。
「ユノさん! おめでとうございます!」
赤い瞳をキラキラと輝かせながらそう言って神様が嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます! 神様の【槍術】スキルのお陰で、無敵ですよ!」
僕がそう言うと、途端に顔を赤くして、照れ始める僕の神様。
事実、僕の槍の技術は神様から貰ったスキルのお陰だ。
……今は、それでいい。
「そ、そんな事、無いですよ……!」
少しだけ得意気で、けれどやっぱり自信なさげに目を泳がせる僕の神様。
……いつかは、来るだろうか。
神様が、心の底から自分に自信を持てる、そんな日が。
「……いいえ、神様。僕の勝利は神様のお陰です」
神様と出会わなければ、僕はきっと――。
「――座ったらどうかしら?」
ルナの紫の瞳が僕へと向けられる。
確かに。
僕は一つ頷いて、階段状になっている椅子に腰を下ろす。
すると左隣のルナが悪戯な笑みを浮かべると、意味あり気な視線を僕へと向けた。
「素晴らしい戦いだったわ。役者ね……ユノ」
「ははっ」
ほんっと、僕のお嬢様はいつも通りだ。
でも、これでこそルナだ。下手に褒め言葉なんか貰った日には、僕はきっと正体を疑ってしまうだろう。
「それで、感覚はつかめたのかしら?」
そう、なんでも無いように言うルナに、心の底では驚きながらも、僕は無言で頷いた。
――感触は掴んだ。
どの程度力を出せば丁度良いかを、先の二戦で全て捉えた。
引かれない程強く。笑われない程の、そんな力加減。
見ている観客の中で、力のある者は既に僕の実力を疑ってはいないだろう。
無能な筈の、僕の実力をね。
中でも三年生から向けられていた視線を思い返す。
学年が異なるだけで、あそこまで顕著に反応が分かれるとは思わなかった。
「一と三、数字以上に、実力の差が激しい……」
僕ら一年生と三年生の間には、どうやら予想以上の力の差があるようだ。
そんな事を、独り言を交えつつ考えていると、歓声の色が変わる。
――嘲笑と、冷笑。
ハッキリ言って不快なそれを感じ取る。
理由はすぐに分かった。
「……ティナ」
緊張した面持ちで、ティナが赤いサイドテールを揺らしながら、舞台へと上がる。
「でたでた。一回戦マグレ勝ちのお嬢様」
「バカっ! バレット家だぞ……聞かれたらどうすんだ」
……なるほど。
聞こえてくるそんな囁き声。それも決して少なくない。
『私には友人がいません。それに元からバレット家の無能と呼ばれ続けてきた私です。今更外野の声など気にはしません』
――そう言って神様と契約をしたティナを思い出す。
違うのは、僕と違って四大貴族バレット家の令嬢であるという点のみ。
だから僕の様にあからさまな野次は飛ばない。
いや、むしろそっちの方が陰湿だと感じた。
そして……気のせいであって欲しいが、恐らくティナも、この空気を自覚している。
強張った顔。ティナには似合わない寂しそうな表情がその顔には浮かんでいた。
……君らしくないな。ティナ。
まだ君と出会って日が浅い僕だけど、君の魅力と強さを知っている。
「見ろよ……緊張で震えてるぜ」
「そりゃ、一回戦酷かったからなぁ」
…………。
僕は、力いっぱい息を吸い込む。
――迷う事はしなかった。
「ティナァァァァ! 頑張れっ!」
ヒソヒソとした囁き声が広がる中、僕はその場に立ち上がり力いっぱい叫ぶ。
視線が集まる。その中には馬鹿にしたような懐かしい色を含んだものもある。
けれど、それがどうした。
僕には、知った事ではない。彼女の頑張りは、評価されるべきものだから。
「がんばれぇぇぇ!」
ティナ、君の味方はここにいるよ。
僕だけは君の勝利を疑わない。
だから笑ってほしい。楽しんだもん勝ちだ――。
「ティナぁぁぁぁぁぁ」
僕がそう叫んだ瞬間だった。
「う、うるさぁぁぁい! きこえてるわよぉぉぉ!」
僕以上に大きいティナの絶叫。
それが闘技場全体に響き渡り、木霊していく。
気づけば会場は静まり返っていた。
そんな最中、顔を赤く染めたティナが僕の方をキッと睨みながら、肩を震わせる。
そして――。
「ありがとぉぉぉぉぉ! がんばるぅぅぅ!」
最高の笑顔。それがティナの顔に灯った。
瞬間――。
「ティナさん! がんばれぇぇ!」
小さな体を揺らしながら放たれる神様の可愛い絶叫、そしてそれに続くように。
「「がんばれぇぇぇ!」」
いくつもの歓声が上がっていく。
中には知っている声もある。というか、セレナさんの声だ。
……良かった。
練習通りにやれば、きっとティナは負けない。
それに君は笑っていた方がずっと素敵だ。
「……ふぅ」
少し、強張った体をほぐそうと、椅子へと座り、肩を回す。すると、ルナが僕を見ながら呆れた様子でため息をついた。
「……ずるいわ。あなた。本当に」
「え? あの……どういう」
するとルナは優し気な表情をして、小さく微笑む。
「……最高だわ。だからずるいのよ」
そう言って瞳を閉じるルナの白銀の髪が風でさらりと揺れる。
「……」
褒められているのか微妙な所だが……ルナがたまに見せるその優しい笑みが、僕は好きだった。
これ以上突っ込んでも話がややこしくなりそうだと感じた僕は、再びティナへと視線を戻す。
ティナは槍を低く構えながら、とても集中している様子。
槍構えの基本――左前半身構えよりもずっと低く姿勢を落としたその姿は、正に僕と瓜二の師弟の構え。
対する男も、剣先をティナに向けたまま、じっとその時を待っていた。
……恐らく強い。そう男の構えから僕が力量を予測した瞬間――
「始めっ」
審判のその掛け声と共に――幕があがった。
「……ふんっ!」
強烈な男の上段からの一振り。それをティナは正面から受け止める。
だが――。
「……く……っ!」
力の差がある。じりじりと男が前へと進む。それとは逆に、ティナは後退を余儀なくされた。
やはり、筋力に関しては男の方が一枚上手なようだ。
「ほら見ろ。押し負けてる」
そんな馬鹿にした様な声に苛立ちを覚えながらも、僕は冷静だった。
「…………」
負けてない。
ティナの苦しそうな表情の中から、熱く灯る熱のある瞳をみて、僕はそう確信する。
その瞬間、ティナは一度自ら槍を引くように下がると、そのまま素早く後退し、男との距離をとった。
そして、姿勢を低くして、槍先を男へと構えるティナ。
瞬間――。
「どりゃぁぁぁ!」
ティナが突撃を敢行する。
栗色の髪をした男が剣を横にして、ティナを迎え撃とうと構えを変えた。
けれど、この形まで来てしまえば、既にそれはティナの術中だ。
――さぁ、ティナ、見せてやれ。
「ライトニングッ!」
ティナの周囲に電撃がほとばしる。
それと時を同じくして、走るティナの速度が、ぐんとあがった。
ティナらしい一点集中型の突撃。
その速度は、事前に回避を始めていなければ初見で避けるのは難しい。
雷の一閃。
それが相手の腹へと――ぶち当たる。
一瞬と言っていいだろう。それだけの速度でティナの一撃が華麗に決まった。
闘技大会の規定で剣や槍の刃は殺傷能力を抑える魔法が施されている。けれど、あれだけの一撃だ。立っていられる筈が無い。
静まり返る会場と、上下するティナの小さな肩。ドサリと舞い上がる土煙。
そして――。
「勝者! ティナ・バレット!」
その掛け声と共に、会場が沸き上がる。
「嘘……だろ? あいつ一回戦とまるで……」
そんな囁き声を聞いて、僕も堪え切れずに、喜びに胸を震わせた。
そして、ティナが僕たちの方に視線を向けてニヤリと笑う。
僕も同じように、ニヤリと笑った。
重なる視線。
その最中、ティナが手に持っていた槍を天高く、まっすぐと掲げた。
「……ふんっ!」
ドヤ顔である。
「はははっ」
僕は思わず笑ってしまう。
すると紫色の目を少しだけ細めながら、ルナがいじわるな笑みを浮かべて僕に視線をよこしてくる。
「言っておくけれど、あなたも同じ顔をしていたわよ?」
「ははっ――」
――まじで?
「やったー! ユノさん! ティナさんが勝ちましたよっ!」
そう言って右隣りで嬉しそうにぴょんぴょんとはしゃぐ神様。
「やりましたね!」
僕も同じように笑って、喜んだ。
嬉しそうに歓声に手を振るティナ。
「おめでとう。ティナ」
二つのブロックに分かれたトーナメント戦。僕とティナは違う組み分けだ。
勝ち上がれば、僕とティナは決勝で戦う事になる。
それが僕の最も理想とする展開で、何より彼女に相応しい。
問題は……同じくティナと同じ組にいる、高名な神と契約すると言っていたマロだが……。
いや、それは今考えても仕方がないか。
「おめでとう」
……僕だって負けていられない。
ただ、今は。
沸く歓声と、熱い熱気に囲まれて。
ティナ・バレットに、心の底から、祝福を――。
おめでとう!ティナ!




