表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/155

幕間 「測られる力」

 

 フェリス魔法騎士学園――生徒会副会長、ロイド・メルツの鋭い視線が、闘技場へと向けられる。


 三年生に用意された一階席では無く、全体を見渡せる三階席。


 その中でも観覧席を囲むように建てられた石造りの柱の陰でロイドは一人、潜むようにしてそこにいた。


 ロイドの視線の先には、今年、魔法騎士学園に入学してきた新入生が二人。向かい合う様にして始まりの合図を待っている。


 その内の、一人。


 槍を低く構えた新入生――ユノ・アスタリオの動きを見逃すまいと、ロイドは視線を光らせていた。


 未だ始まらない試合の合図を待ちながらも、ロイドは一つため息をつきながら、こうおもむろに口を開く。


「……なんの用だ」


 ロイドの低い声が、何も無い筈のその場で放たれる。


 だが、状況から見て独り言としか思えないそれに、答える者が現れた。


 風がロイドの黒い髪をなびかせる。


「別に。ただ、あなたの意見も聞きたいなって思ってさっ」


 ロイドの横に並ぶようにして現れたのは、学園の生徒会長――セレナ・バレット。


 肩上まで伸びた赤い髪が、セレナの動きに合わせてさらりとなびく。


 それを視界の端に映しながら、ロイドは再び視線を闘技場へと戻すと、囁くように口を開いた。


「……俺には未来が見えるぞ」


「…………ん?」


 セレナは言葉の続きを促すようにそれだけを言うと、視線をロイドへと向ける。


「「…………」」


 その視線を煩わしく思いながらも、ロイドはセレナの要望に応えた。


「この戦い……まず、間違いなくユノ・アスタリオが勝つだろう」


「……そうかな? 1回戦の相手は入試成績総合6位のルーザス・クラフト。そう簡単にはいかないんじゃない?」


 そう顔に笑みを浮かべながら言ったセレナではあったが、実のところ心の底ではロイドと同じ結論に至っていた。


 何があっても、ユノ・アスタリオが勝つ。それがセレナの考えだった。


 だからだろうか。ロイドは一瞬薄い笑みを顔に浮かべると、呆れた声色で口を開いた。


「茶番だな。ティナが野良神……いや、女神アテナと契約した事は既に周知の事実だ。姉であるお前がその場にいながら止めなかった理由を、俺が説明してみせようか?」


 そのロイドの言葉をセレナは正しく理解していた。


 暗にロイドは、こう告げたのだ。


 本来であれば絶対に止めるべき野良神との契約を承認した理由は――紛れもなくユノ・アスタリオの存在であると。


「まぁ……そうだね。確かに茶番だ。ごめんよ」


 お手上げといった具合でそう言って息を吐くセレナを横目に、ロイドは再び言葉を紡ぐ。


「だが、実際この場で俺達と同じ予想をしている者は限りなくゼロに近い」


 ロイドはそう言って観覧席にいる生徒達へと視線を移す。


 それに釣られるようにしてセレナも同じく視線を移した。


「運良いよなぁ……ルーザスの奴」

「相手があいつだって分かってたら俺だって出たさ」

「なんであいつ、出場したんだ? 勝てる訳ないのにさ。模擬戦のあれも実際はただの噂って話だぜ」


 二人の耳に届くのは、ユノ・アスタリオが敗北するというのが前提の言葉のみ。


 つまりは、誰一人としてユノが勝つとは思っていないのだ。


「仕方ないんじゃないかな? 実際、彼、元から有名人だし」


 セレナはそう言うと、たははーっと苦笑いを浮かべる。


 それに同意するようにロイドは一度頷きながら、鋭い視線を闘技場へと向けた。


「だが、その評価も今日で覆る――」


 ――「幕開けだ」


 そうロイドが口を開くとの同時だった。


「始めっ!」


 審判役を務める男の大きな声が会場全体に木霊する。


 その瞬間、セレナはニヤリと口角を上げると、ロイドをからかう様に口を開いた。


「さてと、ユノ君はどう動くかな? やっぱり先手必勝? 未来が見えるロイド君はどうみ――」



「――まずは避ける」



「――え?」


 闘技場の中心で向かい合っていた二人が動いたのは、その次の瞬間だった。


 先手をしかけたのはユノ――では無く、ルーザス・クラフト。


 決して悪くない踏み込みでユノ・アスタリオに向かい上段から剣を振るう。


 だが――。


 その一撃を難なく躱したユノは次に振り上げられた二撃目をも危なげなく回避してみせた。


「っ!」


 セレナの全身から冷たい汗が噴き出したのはユノが一撃目を避けてみせた瞬間と同時だった。


(ロイドの言った通りになった。偶然?)


 そう心の中で呟くセレナに追い打ちをかけるように、ロイドが再び言葉を続ける。


「しばらくこれが続く筈だ」


「……」


 そのロイドの言葉は――現実になる。


 繰り広げられたのは、ルーザスが剣を振り、ユノがそれを、ただひたすらに避けるという一幕。


 それを固唾を飲んで見ていたセレナが、とうとう堪え切れずにロイドへと問う。


「……なぜ、分かったの?」


 その問いにロイドはセレナへと視線を向けずに、口だけを開いた。


「前提を固めてみた」


「……前提?」


「ユノ・アスタリオは無能では無い。それを基礎にして考えた」


 セレナが試合の観戦を放棄したのはこの時だ。意識全てをロイドへと向ける。


「元から、強かった。そして、ユノはそれをひた隠しにしたまま生きてきた」


「ちょっと待って」


 セレナが手を額に当てながら、首を横に振る。


「ユノ・アスタリオは元から強かった。その前提は百歩譲っていいとして、何故それを隠す必要があるの?」


「……理由は分からない。だが、例えば誰もが羨む程の大金を手にした時、お前ならそれを人に伝えるか?」


「それは……」


 ロイドの言いたいことをセレナは理解していた。だが――。


「無能なんて呼ばれるくらいなら私は力を示すわ」


 その言葉を聞いたロイドの口角がつり上がる。


「そうか。だが、それはセレナ・バレットの場合だろう。どうするかは人それぞれであり、元から議論の余地はない。事実、俺なら人には話さずひた隠す」


「…………」


 その言葉を聞いてセレナは押し黙る。

 何故ならそれは正論だった。


「つまりは、同じだ」


 そう呟くようにして言ったロイドの言葉を理解した時、セレナは衝撃を隠せない。


「つまり……ユノ・アスタリオの実力は……それほどだと……? 気づかれるのを恐れる程に……?」


 そう震えるように言ったセレナの言葉には答えずに、ロイドは言葉を続けた。


「だが、そんな奴にも目的ができた」


「……目的」


 セレナは考える。


 今まで実力を隠してきたユノ・アスタリオが、考えを変えた理由を。


 そして、セレナはその答えへと辿り着く。


「……野良神との……契約……」


「クク……さすがだな」


 そう言って嬉しそうに笑うロイドとは裏腹に、セレナは酷く動揺していた。


「待って、その考えが、私たちの予想が正しいとして、なぜそれでユノ君の動きを予想できたの?」


「……簡単な話だ。見ろ」


 そう言ってロイドは一度セレナへと視線を向けると、誘導するかのように観客席へと視線を流す。


「避けてばっかじゃねぇか! つまんねーなぁ!」

「防戦一方か。手も足も出ないってやつだな」


 三階席にいる一年生たちの声。


「いい動きだな」

「聞いてた話よりはな」


 二階席でユノ・アスタリオの動きを分析する二年生の様子。


 そして――。


「「「……………」」」


 熱い視線を向けたまま動かない、一階席にいる同級生たちの様子を眺めながら、セレナは状況を理解する。


「やはり、気づく者もあらわれる……。三年生にもなれば動きだけで実力を測れる者も多いわ。けれどそれが――」


「――俺達は勘違いをしている」


 ロイドの低い声がセレナへと向けられる。


「……勘違い?」


「ああ」


 ロイドの顔に楽しそうな笑みが浮かんだ。


 そのロイドの表情は、新しい遊戯をみつけた幼子の様でもあり、百年の知己に出会った壮年の男の様でもあった。


 そんなロイドが堪え切れないと言った様子で、こう口を開く。



「測られているのは――――俺達だ」



 歓声が――沸き上がる。


 数多の攻撃を避け続けたユノがルーザスの一撃を槍で受け止めたのだ。


 怒涛の歓声。


 それに比例するように、ロイドの言葉が熱を帯びていく。


「目的は女神アテナの名を高める事。そしてその為には自分の実力をある程度は見せる必要があった。だが先にも言った様に、奴は何らかの理由により力を調節する必要がある。弱すぎず、されど、強すぎず。言ってしまえばこれは、ユノ・アスタリオの興行だ」


「…………」


 最早セレナは唖然を通り越して、言葉を失った。


 測っているようで、測られていた。


 それが意味する所はつまり……。


「何者なの……彼は……」


 強すぎるから、力を隠す。


 それはセレナにとって理解の外側の考えだった。


「それで、あなたの予想では彼の真の実力はどれほどのものなの?」


 その問いにロイドは、少し考える様子をみせると、自信なさげにぽつりと呟く。


「前にも言った通り、()()でも……俺達と同等と考える必要がある」


「…………それが、あなたがユノ君を暗部に入れる理由?」


「ああ。ユノ・アスタリオの在り方は暗部にこそふさわしい。もちろん他にも理由はあるが」


「彼がそれを望むとは……」


「いいや、ユノは必ず暗部に入る」


 真に迫る声色でそう言い切るロイドを見て、セレナは思わずため息をついた。


 ここにきて、ロイドが間違うとは思えない。


 そうセレナに思わせる程には、今日のロイドは冴えていた。


「クク……多くを語ったが全ては憶測。真実は本人のみぞ知る……といった所だ。間違っている可能性は十分にある」


 そう言ってロイドはセレナへと背を向けると、右腕に巻かれた包帯を眺めながら憂い気な雰囲気を醸し出す。


「最後まで見ないの?」


「その必要はない。終幕だ」


 そう背中越しにセレナへと言って、ロイドは残像を残して姿を消した。


 一瞬の出来事。


「……」


 だが、残念ながら、セレナには見えていた。


 少し先にある柱の影からチラチラと風になびく、白い包帯が。


 そして――。


「「「「うおおおおおおお!?」」」」


 驚きに満ち溢れた歓声が沸き上がる。


 セレナにも、分かった。見なくても、分かってしまった。


 ロイドの言った通り、終幕だ。



 ――ユノ・アスタリオの勝利である。




丁度総合50話目となる幕間ですー!!


「おもしろい!」「がんばれっ!」と思っていただけましたら、↓にある☆を押して、この作品を応援していただけると作者の尻尾が揺れます!!!


何卒よろしくお願いいたします……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ユノの存在が厨二心にきっちりささってロイドくんはさぞ気持ちよかっただろうね!そんなロイドくんが可愛くてこっちも嬉しくなるよ
[良い点] 測られているのは――――俺達だ 素晴らしい!読者の思惑を軽々と越えてこんなに胸に迫る展開。感服させて頂きました。面白過ぎます。
[良い点] 面白すぎる [気になる点] 面白すぎて、更新が気になってたまらない [一言] 久々にこんな面白い小説にであったので、最後まで楽しめたらなと思います!!! がんばってください!!!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ