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42話 「槍を高く、高く」

 


「やば! お前超ラッキーじゃん! あいつだろ一回戦」

「まじでツイてるわ。俺」

「アスタリオ家の三男だとしょぼいけど、フレイム家の騎士を倒したって言えるのは良いよなぁ」


 あからさまに向けられる視線を感じながら、僕は自らの手の平を眺めていた。


 震えている。


 刻一刻と、その時は迫っていた。


 闘技場内に設けられた控室の中で、僕は椅子に腰かけながら自分の出番を待っている。


「…………ふぅ」


 一つ、深呼吸。


 それでもって、なんとか緊張を和らげようと努力してみる。


 なんてことは無い。出て勝ってを繰り返すだけだ。難しい事は、何もない。


 そう僕が心の中で自分に言い聞かせていると、控室で固まる様にして会話をしていた三人の男達が僕の元へとやってくる。


「はじめましてぇ。ユノ・アスタリオくぅん」


 僕は椅子に座ったままの状態でふざけた口調をする三人いる内、真ん中の男を見上げる。


 見てすぐに分かった。貴族だ。腰に差している剣もそうだが、貴族特有の傲慢なオーラをその男から察知する。


 ……挨拶はしておこうか。


 僕は椅子から立ち上がる。


「はじめまして。ユノ・アスタリオです」


 そう言って手を差し出すと、三人の男達は互いの顔を見合わせながら嫌らしい笑みを浮かべると、囁くように笑い声をあげた。


 もちろん、僕の手は宙を彷徨う。


 ……ほんと、勘弁してほしかった。


「いやさぁ、実は君の相手、俺なんだよねぇ」


 そう言って笑いながら自らの栗色の髪をかき上げるその男を見ながら。


「そうなんだ。よろしくね」


 そう言って僕は再び椅子に腰を下ろした。


 相手にするだけ無駄だ。この手の輩にまっすぐ向き合っても辛くなるだけだから。


「……てめぇ」


 すると一回戦の相手らしいその男が僕の胸倉を掴み上げた。


「随分余裕だなぁ? お前、俺が誰なのか知らないのか?」


 ……知らない。誰だろうか?


「えっと、少なくとも僕のクラスメイトでは無い、かな?」


 ちなみに僕は一組だ。


 友達の少ない僕だけと、さすがにクラスメイトの顔くらいは覚えている。


「無能の分際で俺を言い負かそうってか?」


 いや、その……。


 ――誰?


 そう僕が口にしようとした時。


「「「うおおお!」」」


 聞こえてくる歓声が大きくなった。


 恐らく試合が終わったのだろう。


 そしてそれは、僕の出番がやってきた事を意味する。


「ちっ、大怪我じゃ済まさねぇからな」


 そう言って僕の胸倉から手を離すと、意気揚々と闘技場へ向かう同級生。


「…………」


 その背中を眺めながら、僕は壁に立てかけていた槍を手に取った。


 ぎゅっと槍を握りしめる。


 ……始まる。


 僕の戦いが、始まる。


 本気は出せない。出したら大変な事になる。


 ほんのちょっとだけ本気を出せば、それで終わりだ。


 僕は歩く度に硬い音を響かせる廊下を進んだ。すると壁に背中を預けて腕を組むロイド先輩とすれ違う。


 瞬間――。


「行くのか……?」


「……」


 他にどこに行けと? とは思いつつも、僕は小さく頷いて、日の光が差し込む明るい出口へと踏み出した。


「来た来た来たぁぁ!」


 歓声が聞こえる。


 僕は、闘技場の中心へと向かいながら、神様達の姿を探す。


「……いた」


 三階席。フェリ女の集団の中に、綺麗な白銀の髪が隣り合っている。


 ルナは僕を見ると、不敵に笑う。


 そしてそんなルナの隣にいた神様の赤い瞳が不安そうに僕へと向けられた。


 だから僕はにっこりと笑う。


 ――行きますよ。神様。


 闘技大会、第一回戦。

 新入生のおよそ四分の一。自らの実力を信じて疑わない六十人が出場するこの大会で、僕の運命は大きく変わる。


 六十人……それを聞いた時、僕は思っていたよりも少ないな……という感想を抱いた。


 勝ちを手にする事以上に、敗北の二文字を恐れた結果だろうか?


 ……いいや。そんな事、今更どうでもいいか。


 そんな事を思っている内に、僕は戦場に辿り着く。


 突っ立ったままニヤニヤと笑う男とは反対に、僕はすぐに槍を構えた。


「来たぞっ! 無能の三男だ!」

「野良神と契約したってやつだろ?」

「けど模擬戦強かったって話だぜ」


 風に乗って――聞こえてくる。


「勇気あるよなぁ、笑われに出てくるとかっ」

「おらぁ! がんばれ後輩! 俺らの顔に泥塗るなよーっ!」


 この場に満ち満ちる、全ての雑言を――――。


「――――塗り潰す」


 構えた槍を強く握る。構えは低く、それでいて固くなりすぎず。


「あぁ? なんか言ったかよ」


 飾りにしかならない豪華な装飾が施された剣をヒラヒラとさせながら、相対したその男は口角を吊り上げながらヘラヘラと笑う。


「始めっ!」


 審判役がそう宣言してからも、男は笑みを消さなかった。


 名も知らぬ同級生よ。本当にそれでいいのかい?


「構えて」


「……はぁ? 誰に口きいてるんだ無能さんよぉ?」


 言葉すらも、通じない。

 これが今の僕――ユノ・アスタリオの全てだろう。


「大体さぁ? 普通出場するかぁ? アスタリオ家始まって以来の無能で、契約した神はあの無能神。はっきり言っちゃうと時間の無駄なんだよね。まぁ、俺の強さが浮き彫りになるって意味では……」


 男の下卑た笑みが濃くなる。その瞬間、奴は石床を蹴り加速した。


「悪くない、なっ!」


 日の光に反射して光る剣がゆっくりと僕へと近づいてくる。

 僕はその斬撃を――まず避けた。


 簡単だ。一歩後ろに下がるだけでいい。


「ちっ!」


 男の舌打ち。それと同時に振り下ろされた剣が、今度は下から振り上げられる。


 その二撃目も、首を後ろに反らす事で回避する。


 それからも幾度となく僕へと向かう斬撃を、僕はただひたすらに避け続けた。


 ただ、攻撃を避ける。それだけの事に会場は大きく揺れた。


 僕は冷めていく体の熱を自覚しながら、聞こえてくる声に耳を傾ける。


「見ろよ! 防戦一方だぜ!」

「あはは、避けてばっかだな」


 三階席の一年生たちはお祭り騒ぎだ。


「へぇ? 聞いていた話と違うな」

「思っていたよりはってだけだろ?」


 二階席の二年生たちは各々に意見を述べ合い。


 そして、一階席にいる三年生達は――。


「「「…………」」」


 ――沈黙した。


 思わず笑みが(こぼ)れた。


 よかった。どうやらこの学園も捨てたものでも無いらしい。


「てめぇ! ちょこまかと!」


 栗色の髪をがりがりとかきながら、男が額に青筋を浮かべる。


「おらぁ!」


 上段から振り下ろされたその一撃を、僕は両手で槍を構えて、受け止めた。


 ガンッという衝突音。男の剣が小刻みに揺れる。


「くそぉぉぉぉ!」


 力任せの鍔迫(つばぜ)り合い。


 その最中、僕は勝負を決めるべく、動く。


 スッと、槍を引くように力を抜いて、体を横にする。


 すると――


「うおおおお!?」


 自分の勢いを殺せぬまま、男は顔から地面へと激突した。


 会場が笑い声で満たされる。


 男は鼻血を流しながらフラフラと起き上がり、血走った目で僕を睨んだ。


「……殺すっ。風よ来たれ! 我が求めに応じ、敵を切り裂く――」


 男が長々と魔法の詠唱を始めるが、それを待ってやる義理は無い。


 僕は瞬時に男の間合いへと踏み込むと、わき腹めがけて槍を薙ぎ払った。


 確かな、手応え。


「……はっ……?」


 男はフラフラとわき腹を抑えながら後ろへと下がると、ガクリと膝をつく。


 そして、土埃を舞い上げながら、前屈みに崩れ落ちた。


 …………。


 訪れたのは、静寂だった。


 あれだけ熱気に溢れていた闘技場が打って変わって静まり返る。


 だが――。


「勝者! ユノ・アスタリオ!」


 その宣言と共に――歓声が沸き上がる。


「「「うおおおおおおおお!?」」」


 どちらかというと、驚きの色が濃いその歓声を浴びながら、僕は笑顔で飛び跳ねている神様へと視線を送る。


「ユノさん! すごいっ! すごいですっ!」


 神様にしては大声で、嬉しそうにはしゃいでいる。


 僕も同じように、笑う。


 そして、この場にいる全てに見せつける様に、手にもっていた槍を――。


 ――高く掲げた。


「嘘だろ!? まじかよっ!」

「いや……まぐれ……だろ?」

「インチキだぁ!」


 再び沸く会場内。


 歓声と、怒声、いや、まだ罵声も交じってる。


 その全てを僕は受け入れる。


 ――僕が変える、全てを変える。


 さぁ、始めよう。


「――ここからだ」




さぁ、盛り上がってまいりますっ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] キリのいいところまで読めてよかった [一言] 今後も楽しみ
[一言] さてこの大会でユノ&ティナ&アテナの評価を大きく変えることはできるのか。 ある程度まではまぐれといわれそうですが。
[気になる点] 模擬戦でクラスメイト十人抜き?みたいなことしてたりそのことで噂されてた割には評価が最初のままでよく分からぬ…ユノくんは無能で神様の加護が強いだけって認識と仮定してもどのみち弱くはないの…
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