41話 「始まりの朝に」
フェリス魔法騎士学園――伝統。
新入生による闘技大会。
優勝した者は生徒会入りを果たすだけでは無く、同じ一年生は勿論の事、上級生からも一目置かれる存在になる――らしい。
「やばい、緊張してきた」
毎度おなじみ、魔法騎士学園闘技場。
約三千人を収容可能だという円形の闘技場。それを囲む高さ四十Mもあるらしい外壁を眺めながら、僕はごくりと唾を飲み込む。
今回の大会では観客席は一般開放されておらず、見るのは同じ学園の生徒と――。
「あら? あなたでも緊張するのね」
と、そんな事を言いながらいじわるな笑みを浮かべるルナ――つまりお隣にある聖フェリス女学園の生徒だけ。
勿論、出場者の親族であれば観覧は自由なようだが、どちらかというと学園内部での催しという感じらしい。
じゃあ、あまり頑張っても意味が無いのでは? とは勿論ならない。
先にも言ったがこの大会の覇者は多くの名声と、約束された出世街道を歩むのだと言う。
【経歴】フェリス魔法騎士学園伝統――新入生闘技大会覇者。
……なるほど。確かに優勝さえできればどんな役職にもつけそうだ。頑張るのも当然と言えよう。
それに意気込んでいるのは、何も出場する僕ら魔法騎士学園の生徒だけではない。
僕は同じように闘技場へと向かう面々へと視線を移す。
すると、大柄なスキンヘッドの男にビシッと人差し指を向けながら、興奮している栗色をした巻き髪の女生徒を見つける。
「分かってるでしょうね?」
「ハイ」
「負けたらクビよ! クビ―!」
「ハァイ」
お分かりいただけただろうか。
なんとも恐ろしい光景を目にしてしまった。
つまり何が言いたいかというと、この戦いは騎士を持つフェリ女の生徒にとっても大事な大会だという事だ。
代理戦争と言い換えてもいい。自分の選んだ騎士を戦わせて、見る目と格式を競う少女達の闘い。
言い過ぎかもしれないが、実際僕ら騎士学園の生徒よりも女学園の生徒達の方が意気込んでいるくらいなのである。
まぁ、その点、僕は気楽なものだ。
僕のお嬢様はあの【孤高の月】。
この手の大会でキャッキャする程子供ではない。
ね、ルナ。
「楽しみだわ。どれだけの喝采を私は浴びてしまうのかしら」
前言撤回である。
「お嬢様……?」
僕が苦笑いをしながらそう言うと、ルナが僕の方を向いて、優しく微笑む。
「冗談よ。好きにしなさい。言ったでしょう? 私はあなたのスタンスを気に入っているの。それでも欲を言えばこのまま無能を演じていて欲しいとは思うのだけれど」
そう言ってルナは小さくため息をつくと、僕をじっと無表情で見つめ始める。
……なぁに?
「忘れないでちょうだい。あなたは、私の騎士なの。今度は私の願い事も聞いてもらうわ」
そう言って白銀の髪をなびかせながら歩いていく僕のお嬢様。
「……なに?」
本当に何を考えているか分からないお嬢様である。その点が面白いとも思うけどね。
さてと。
僕は背中に隠れたまま出てこない神様に向き直る。
「「…………」」
赤い瞳が不安そうに揺れる。
そう、僕の神様――女神アテナは僕よりもずっと緊張しているようなのだ。
初めての契約者である僕。そして二人目の契約者ティナ。
今まで遠目でしか見る事のなかったであろうこの大会に、契約している人間が出る。
僕は契約される側というのを体験した事が無いのではっきりとは言えないが……確かにそれは緊張してしまう。
「神様?」
「……ユノさん。ごめんなさい。緊張してしまって。今まで、こんな事無かったので」
そう言ってぎゅっと胸の上で手を握りながら、精一杯といった具合で笑顔を浮かべる神様。
どうやら僕の予想は正しかったようだ。
「神様。見えますか」
僕はそう言って神様の横に並ぶと、闘技場に吸い込まれていく人々へと視線を送る。
不思議そうに僕を見ていた神様も同じように前を向いた。
「皆、張り切っています。地位と名声、それから自分のしてきた努力の為に」
「……はい」
「僕も一緒です。張り切ってます。何故だか分かりますか?」
僕がそう聞くと神様は考える様に、少しだけ首を傾げる。
その答えを聞く前に、僕ははっきりと口にした。
「神様が、見ていてくれるからです」
真紅の瞳が驚いたように大きく開かれる。
何も、驚く事なんかじゃないですよ神様。
「みんな、みんな、僕の敵じゃない。僕がみんなやっつけます」
――ああ。少しだけ、恥ずかしいな。
けれど、僕は言い切った。神様に、何より自分に強く言い聞かせる。
「罵声を歓声に塗り替えます。その喝采の中、僕は槍を高く掲げるつもりです」
もう、十分神様は頑張った。十二年間もたった一人で。
契約者はおらず、無能と蔑まれた。一度たりとも、契約を望む者が現れはしなかった。それでもこんなに素敵な神様のままで、僕と出会った。出会ってくれた。
「だから見ていてください神様。契約者である僕が、全てを変えてご覧にいれましょう」
何も不安がる必要なんて無い。
「だから、これだけは前もって言っておきます」
いつも思ってる。けど、きっとこの言葉は、今、神様に届く筈だ。
「僕と契約してくれて、ありがとうございます」
「……っ」
ポトリと、真紅の瞳から涙が零れた。
そうですよね。不安、でしたよね。
神様が僕に何も言わずに鍛錬をする姿をみて、言わなければいけないと思っていた。
スキル【槍術】。
それが唯一、神様が僕らに送れる奇跡の恩恵。
自分に自信が持てないのは仕方無い話なのかもしれない。
けれど神様。忘れちゃいけない事が一つだけある。
僕は絶え間なく流れる神様の涙を指で拭う。
「自信を持ってください。神様。あなたは僕とティナの最高の女神様なんですから」
有名であるかどうかなど、僕にとっては関係の無い話だ。
僕が惹かれたのは、神様の優しくて、美しい在り方で。
見たいのは太陽よりも眩しいその笑顔なのだから。




