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40話 「赤い太陽」

 


「もっ、だめ……」


 そう言ってティナ・バレットは緑色の芝生の上に膝をつきながら、苦しそうな表情で僕を見上げた。


 赤いサイドテールが汗に濡れて輝いている。


 ……確かに。もうかれこれ三時間は組手をしている。そろそろ休んだ方が良さそうだ。


「じゃあ、少し休もう」


「やったー……」


 僕がそう言うと今度はペタリとその場で横になるティナ。

 黒色のスカートから覗く汗で(きら)めく太ももが芝生の上に投げ出された。


「……」


 女の子なのだからもう少し……いや、嘘は良くないね。うん。


 僕は額から流れる汗を拭うと、背後から向けられる視線に応えるように振り返る。


 すると、紫色の瞳と視線が重なった。


 ルナにしては珍しく楽しそうな表情で、優雅に日傘の下で椅子に座りながら涼んでいる様子。


 少し気になった僕はそんなルナの元に向かって足を進めた。


「可愛いでしょう? 彼女」


 ルナは芝生の上でゴロゴロとするティナを眺めながら、突然そんな事を口にした。


「そう……ですね」


 とりあえず同意しておく。容姿に関してはまず間違いなく美少女だ。


「お嬢様は以前からティナと面識が?」


 ティナは四大貴族バレット家の御令嬢だ。ルナが知っていても何もおかしな事は無い。それどころかこの現状に納得する為にその情報が必要だった。


 なぜなら、僕達が今いるここは、以前クロードと戦ったフレイム家の庭なのだ。

 つまりは僕の家、という事でもある。


 女神アテナと契約を交わした後、僕はティナに槍を教える事を決意した。

 それから毎日一緒に鍛錬を積んでいたのだが……。


『私の家の庭でやりなさい』


 というルナの提案に、僕も思う所があって練習の場をここに移したという訳だ。

 つまりは、孤高の月が、ティナを受け入れたと僕は認識している。


「ええ。小さい頃から知っているわ。話した事は無いけれど」


「話した事がない……とは?」


 僕がそう問うとルナは少しだけ寂しそうな顔で僕に視線を向ける。


「私が近づくと怯えたような表情をして逃げて行くのよ……」


「……なるほど」


 ルナの圧倒的なオーラに尻込みしてしまうのも分からなくない話だ。それは同じ公爵家の位を持つティナでも変わらないといった所だろう。


「ほんと……愛らしいわね……犬みたいだわ」


「犬ですか?」


「ええ。自分の尻尾を追いかけてぐるぐると回る犬のよう……彼女。可愛がってあげたいのだけれど……どうして逃げるのかしら」


 そう言って()()()な笑みを浮かべる僕のお嬢様。


 ――そういう顔をするからだと思います。


 とは言わずに。


「はははっ」


 と、とりあえず笑っておいた。


 ポチの事もそうだが、どうやらルナは犬種に目が無いらしい。


 と、僕がそんな事を思っていると。


「とても将来が楽しみなお方ですね」


 そう言いながらフレイム家執事――クロードが僕らの元へとやってくると、紅茶の入った茶器をルナの前にある卓上に置きながら優しい表情をしてティナへと視線を送る。


 どうやらクロードも僕と同じ感想を抱いたようだ。


 ティナは剣術においてあまり詳しくない僕であっても一目でその才能の有無を判断する事ができてしまった。


 だが、今はどうだろうか。


 少なくとも槍を振るティナに対してそんな事を思った事は一度も無い。


 女神アテナとの契約によって得たスキル【槍術】があるからと言ってしまえばそれまでだが……。


 少なくとも武器を槍に変更したのは正解だと僕は考えていた。


 残る問題はあと一つ、迫る闘技大会までの間でティナがどこまで経験を積めるかの一点のみ。


 いかに槍を上手く扱えるようになったとしても、対人戦においての立ち回りで劣ってしまえば勝ちを手にするのは難しい。


 だから、その為に僕がいる。


「では」


 僕はルナとクロードに目礼をして、再びティナの元へ。


 すると、僕が再開を提案する前にティナはその場へと立ち上がると、槍を拾い上げて僕を見つめて――。


「さぁ、やりましょう!」


 その活気に満ち溢れた声を聞いて僕はたまらず笑みを浮かべた。


 ……ティナ・バレット。


 頑張り屋さんで、優しい少女。


 そんな彼女と共になら、神様の名を世界に轟かせる日も、そう遠くない様な気がしていた。


 ◆


 夕日が空を赤く染め上げる。

 そんな空に混じってティナの赤い髪が風に揺れた。


「「…………」」


 本日最終戦。ティナの要望により、僕は闘技大会に近い形式で向かい合っていた。


「ゆのぉ、おねえちゃんがんばれぇ」


 背後では変わらず優雅に椅子に腰かけながら僕らを眺めるルナ。そしてその隣には心配そうな表情をしてあわあわとする神様と、瞳をキラキラと輝かせながら声援をあげる悪魔エリス。


 そのエリスの声をきっかけに、僕らは互いに槍を構えた。


 組手形式の練習では互いに槍を打ち出しながら基本に沿って動きを確認し合っていた。


 けれど、これから行うのはそれじゃない。


 明確に勝敗が決する、いわば決闘のようなものだった。


「今までありがとうユノ。私、強くなれたかしら?」


「……もちろん。強くなったよ」


 事実だ。既にティナの槍の腕前はそうとうなものになった。

 僕の予想ではクライムと同等とまではいかなくても、良い勝負ができる程には。


 槍は元々扱いやすい武器ではあった。他国では徴用兵には必ず槍を持たせるという決まりがある国もあるという。


 それでもだ。


 たった一週間でティナ・バレットは大きく成長を遂げて見せた。


 スキル【槍術】の有無はもちろん大きいが、それ以上に彼女の頑張りによる成果の賜物だろう。


 いかにスキルを手に入れても、それを使いこなすにも努力は必要なのだから。


 さてと。


 僕は構えた槍先を小さく、ぐるりと回しながら初撃のイメージを頭の中で思い描く。


 出た結論は、どうあっても僕が勝つ。


 そんな虚しい考えを振り切る様に、僕は槍先を眺めながらティナの動きを静かに待った。


「一つ……聞いてもいいかしら?」


 ティナは僕の目をまっすぐと見つめながらそう切り出した。


「もちろん」


 僕がそう答えると、ティナは少しだけ迷う素振りを見せて、こう――口を開いた。


「本気で……やってくれるの?」


「…………っ」


 僕は、焦った。


「どういう意味?」


 だからそんな言葉しか出てこない。


「見くびらないで。あなたの強さを私は理解しているつもりよ。それはスキル【槍術】を得た瞬間に確信に変わった」


「…………」


「この一週間、あなたの動きを観察したわ。どんな動きもまるでお手本の様で美しかった」


「……ありがとう」


「でもね、それだけじゃ説明がつかないの」


 ……説明?


「ロイド様から認められたあなたが、その程度の筈が無いの。あなたは知らないかも知れないけれど、あのロイド様が誰かに入れ込むなんて事、あり得ない。なんていったって彼は……」


 その言葉の続きを飲み込むようにティナは首を小さく横に振ると、再び口を開く。


「だから、本気でやってくれないと困るわ。なぜなら私はあなたを越えなければいけない。壁の高さを、知りたいの」


 僕はその真摯な言葉を聞いて、酷く動揺していた。


 ずっと考えないようにしてきた。僕が定めた第一の目標。それは闘技大会で優勝して生徒会に入る事。


 だがその目標を達成するには、同じ志を持った目の前の少女――ティナを倒すという事でもあった。


 ……いつしか、僕の考えは変わっていたんだ。


 彼女が女神アテナと契約したその時に、どうにかして彼女を優勝させたいという思いが生まれていた。


 だって、そうだろう?


 努力を重ねたティナが優勝して、生徒会に入る。


 これが最も自然で、尚且(なおかつ)つ女神アテナを有名にするという目標に沿っている。加えて言えば、僕も嬉しい。


 神ゼウス。


 スキルの名も知らないくせに、僕は強大な力を得てしまった。


 努力も、練習も、僕にとっては虚しくて、とても眩しい。


「……ティナ、僕は――」


「私の目標を知っているかしら?」


 僕がなんとかひねり出した言い訳を切り裂くように、ティナはそう言って、一度構えを解いた。


 ティナの……目標……。


「もちろんさ。闘技大会で優勝して、生徒会に入る事」


「ええ。そうね。けれど、正解じゃない」


 ティナはそう言って、泣き出しそうな笑みを浮かべて言葉を続ける。


「認めてほしかったの。私は無能なんかじゃないよって」


 …………。


「四大貴族、バレット家。そんな家に生まれながら、私は相応しくは無かった」


 ティナは語り出す。とても寂しそうな声色で。


「それに比べてお姉さまはすごかった。剣も魔法も超一流。誰もがお姉さまを褒め称えたわ。もちろん両親も。そして……私もね」


 …………。


「その時私は思ったの。負けたくないって。お姉さまに追いついて、追い越してやるって。だからその為に私は目標を定めた。皆が注目する闘技大会で、()()()()()()事を証明して、生徒会に入る。……間違わないで。優勝したい訳じゃ無い。誰よりも強くありたいの」


 ティナの強い覚悟が、その言葉には宿っていた。


 向き合いたい。向き合ってあげなければいけない。


 ――こんな良く分からない力をもった僕が?


 ………………いいや、それでも。


「ティナ。君は壁の高さが知りたいと言ったね」


「……ええ」


「例えばその壁が、遥か高く、そびえ立った時、君はどうする?」


 ティナの赤い瞳が、僕を見つめたまま、輝いた。


「そんなの決まっているじゃない」


 ティナの顔に、挑戦的な笑みが灯る――。


「一生かけてでも、登り切ってやるわよ」


 答えは――得た。


 僕はこれ以上、自分の醜さを晒したくはない。


 さぁ、始めよう。


 僕は背中越しに後ろへと視線を送る。


「……ふふ」


 ルナはそう小さく笑いながら、僕に小さく頷く。


 この場にいる人間は、ティナを除けば、僕の力を知っている者ばかり。

 そこにティナが加わるだけだ。


 難しい話じゃない。僕の力を知って邪神ノアと結びつける可能性は低いと見える。


「いくよ、ティナ」


「ええ。来なさい」


 互いに再び槍を構える。


 合図は無い。どちらかが動き出せば、勝負は始まる。


 そして、最初に動いたのは――ティナだった。


「……っ!」


 掛け声の無い、本気の踏み込み。


 僅かな時間で間合いへと飛び込むと、そのまま僕へと槍を突き出す。


 鋭い、突きだった。


 走馬燈のようにティナが不思議な構えで剣を振る姿が頭に浮かび上がってくる。


 だから、僕は――


 つま先に力を込めて、地面を蹴る。それで、僕は瞬時にティナの背後をとった。


 そのまま、僕は槍を突き出す。


 ティナの槍が宙を突いたのと同時だった。


「――え?」


 ティナが、ゆっくりと、後ろへと、僕の方へと振り返る。


 自らに向けられた、僕の槍を静かに眺めながら、ティナは小さく肩を震わせた。


 だから僕は。


「ティナ、僕と友達になってくれないかな?」


 今、言いたいと思った。


 今じゃないと、言えないと思った。ティナと、友達になりたかった。


 ティナの槍が、赤く染まった芝生の上にぽとりと落ちる。


「……お断りだわ」


「え!?」


 僕はめちゃくちゃ焦った。


 そんな僕の焦った様子を見て、ティナが可笑しそうに笑みを浮かべる。


「……馬鹿ね。もう友達なのに。今更そんな事言われても、分からないわよ」


 ティナの笑顔は、空に浮かぶ赤い太陽に負けないくらい、輝いていた。



お待たせしましたー!


次話から闘技大会です。次話本日12時に投稿予定。


面白い!頑張れ!ティナぁぁぁと思っていただけましたらブクマや評価していだけると作者の尻尾が左右に揺れます!!

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[一言] まってましたぁぁぁー大会!
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