39話 「手に入れたもの」
「どう? ユノくん強いでしょ?」
なぜかドヤ顔でそうティナへと告げるセレナさんを横目に、僕は気になっていた事を聞いてみた。
「ティナ……さん?」
「……ティナで……いいわよ」
ペタンと座りながら、潤んだ瞳で上目遣いに僕を見るティナの姿に、思わずドキリとしてしまう。
「そう。じゃあ、ティナ。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「……何?」
「神様の事なんだけど、いつからここへ?」
そう言って僕はピカピカと光を放つ神様に視線を送る。
「そう……彼女が、アテナ様なのね」
そう言ってティナは少しだけ顔を綻ばせながら、僕と同じ様に神様へと視線を向けた。
「いつからかは分からないわ。気づいたらいたの。最初は少し気が散ったけど……なんだかとても頑張っている様子だったから……」
「……そうなんだ」
たぶんだけど……神様なりに鍛錬を積んでいるのだと思う。
果たして、それで力がつくのかは分からないけれど……じんわりと胸が熱くなった。
「――頑張っている人は好きよ」
「え?」
「彼女は神様かもしれないけれど。何も変わらない。とっても素敵だわ」
「……っ!」
不覚にも、ぐっと、来てしまった。
やっぱりティナは心優しい女の子だ。ちょっと変わっているけど。
「お姉さま」
「ん? どうしたの?」
二人の赤い髪が風に揺れる。
そんな最中見つめ合う姉妹を眺めていると、まるで物語の一幕を見ているような気持になった。
「見ていてください。私、必ず生徒会に入ってみせます」
ティナのその言葉を聞いてセレナさんが優しく微笑む。
「そう。けれどその為にはユノ君を越えなければいけないよ?」
セレナさんのその言葉を聞いて、ティナはその場で立ち上がると、再び僕に向き直り、まっすぐと僕を見つめる。
決意の光を宿した、その赤い瞳を見て僕は悟った。
――ああ……たぶん、闘技大会の決勝の相手は彼女なのかもしれない、と――。
「バレット家が次女、ティナ・バレットよ」
そう言ってティナは僕に右手を差し出した。
勿論、僕はそれを受け入れる。
「アスタリオ家が三男、ユノ・アスタリオです」
がっちりと握手を交わす。すると、ティナは控え目に僕を見た。
「……練習相手を、お願いできる?」
そう言ったティナの瞳が不安気に揺れる。
きっと今まで僕に対して口にした数々を思い出しているのだろう。
けれど、そんな事気にする必要はない。
「もちろん。よろしくね、ティナ」
神様を素敵だと言った君を僕が嫌いになれる筈ないのだから――。
◆
その後、僕達三人はティナのこれからについて話し合っていた。
「槍……ですか?」
「ええ。前にも言ったけれど、あなたはきっと剣よりも槍の方がむいていると思うの。ね? ユノ君」
「……そうですね」
確かに。ティナの最後の刺突は見事なものだった。
きっと彼女は剣を振る、という動作よりも突く、という方が合っているのではないだろうか。
もちろん、先の一戦でだけで判断するのは早計だが……。
――思い出されるのは、ティナの雨乞いの儀式と言って何ら差し支えない独特の構え。
――うん。
「ティナは槍の方が向いていると思うよ!」
僕はそう言い切った。
すると、ティナが考え込むように下を向いて何やらブツブツと呟き出す。
「けれど……それではロイド様から教わった天下一最強の剣士への道が……」
何を言っているのかは定かでは無いが、どうやらあの独特の構えはロイド先輩の入れ知恵らしい。
……だとするともしかして、あのヘンテコな構えにも意味が?
なんて事を考えている内に、ティナが突然僕の方を向いて瞳を輝かせる。
「ねぇ、ユノ! あなた元々は全然強くなかった筈よね?」
「……そう、ですね」
「やはり、強くなったのはスキルを得たからなのっ?」
「そうなります」
僕の設定では、だが。
「……お姉さま、私、決めました」
ティナはそう言ってセレナさんへと向き直ると、両の手をギュッと握りしめながら――こう口にした。
「私、アテナ様と契約します!」
…………。
この場に静寂が訪れた。
聞こえてくるのは、風が草木を揺らす音と――「やぁっ!」という神様の声。
それと同時に僕はあまりの嬉しさに叫び出したい衝動に駆られていた。
女神アテナは学園ではそれなりに有名な女神になった。しかし、それでも誰一人として契約を望んだ者は現れていない現状だ。
「……そう。あなたの好きにしなさい。けれど、姉として言っておかなければいけないね」
セレナさんは僕に一度、視線を向けると最後にティナをまっすぐと見つめる。
「女神アテナは元は野良神。つまり契約しても貰える恩恵はまだ少ない筈。それを分かって言っているの?」
セレナさんがティナに告げたその言葉に、僕はただ、押し黙った。
何故ならそれは事実だから。まだ、女神アテナとの契約によって得られるスキルは【槍術】のみ。
セレナさんがそう忠告するのは仕方の無い事だった。
この世界ではより高名な神と契約を結びたいと思う者が大勢いるし、それが当たり前だった。その中でもフェリス魔法騎士学園の生徒ほぼ全てがそれを望んで入学していると言っても過言ではない。
それに、僕たちは若い。一度きりとまで言われている契約を、何も今する必要なんて無いのだ。ましてやそれが……。
僕は神様を横目で眺めながら、ただ黙って唇を噛んだ。
「問題ありません! 言った筈です! 私の目標は生徒会に入る事だと! その為にはスキルが必要だと結論を出しました。それに、契約するならアテナ様のような頑張り屋さんな神様と契約をしたい」
「…………」
――僕が覚悟を決めたのはこの時だ。
確かに、得られるスキルはまだ少ない。けれど、それは現時点での話である。
僕は神様を有名にする為ならば力を使う事をためらわない。
彼女――ティナの選択は間違いで無かった事を僕が証明して見せよう。
まずは、闘技大会。彼女が勝ち進む為に僕は全力でサポートする事を誓う。
もしも、もしもだ。アテナ様と契約をしている僕とティナが決勝まで勝ち進んだその時、女神アテナの名は学園中に轟く事になるだろう。
問題は、その時、僕は――。
「……え? ユノさん?」
そんな事を考えていた時、僕の耳が神様の小さな声を捉える。
少し先の大木に体を半分隠した神様が、恥ずかしそうに顔を赤くしながら僕を見つめていた。
「ごめんなさい神様! 邪魔しちゃいましたか?」
僕がそう言うと焦った様に首を横にブンブンと振る女神アテナ。
僕はその様子にほっこりとしながらも、大切な話があると前置いて、小さな手を引いて神様をティナの前へと連れ出した。
「あ、あの……」
恥ずかしそうに両手を胸の上で握りながら瞳を揺らす神様。
その顔は湯気が出そうな程、真っ赤だった。
「……」
ティナは、何も言わなかった。
ただ、黙って、女神アテナの元で片膝をつけると神様を見上げる。
そして――。
「アテナ様、どうか私と――契約をしてください」
「――――え?」
神様の真紅の瞳が大きく見開かれる。
それから少しして、神様は僕の方を向いて信じられないといった様子で瞳を揺らす。
僕は、一度小さく頷くと神様を見つめて微笑んだ。
瞬間――赤い瞳がぶわりと潤む。
その様子を見て、思わず僕まで泣きそうになった。
――良かったですね。神様。
この契約は女神アテナが自ら掴んだものだ。
必死に、必死に頑張りながら、隠れて行われていた神様の修行。
その成果が、形になって返ってきたのだ。
「あの……私、まだ、何もできなくて……力も弱くて、きっと、あの……」
「ティナです。ティナ・バレットといいます」
「ティナさんにご迷惑を……!」
「私には友人がいません。それに元からバレット家の無能と呼ばれ続けてきた私です。今更外野の声など気にはしません」
「でもっ!」
「――女神アテナ様。私が必ずアテナ様の名を広めてみせます! 努力は嘘をつかない事を私が証明してみせるんですっ!」
「っ……!」
その言葉に、誰より衝撃を受けたのは、たぶん、僕だ。
こみ上げてくる涙を必死に抑える。
「ユノ君。私の妹をよろしくね」
そう僕の耳元で囁くセレナさんの声は――とても優しいものだった。
「はい。必ず。後悔なんてさせません」
この日――僕は、大切な仲間を手に入れた。
◆【セレナ視点】
最愛の妹であるティナの契約の儀式を眺めながらも、私は横にいる少年――ユノ・アスタリオの事を考えていた。
いいや違う。考えさせられていた。
思い出すのは、ティナとの模擬戦の際に見せた、隙の無いあの構え。
背中を向けられていた筈の私は、まるで喉先に槍を突き付けられたような感覚を味わった。
ガラ空きの背中。戦場で会ったならばまず躊躇なく私は踏み込む。
だが――踏み込んだ瞬間から先が全く想像できない。
そんな感想を抱いた相手は今まで生きてきた中でたった1人。剣聖レイ・アスタリオ様以外にはいなかった。
想像していた以上……いや、まだきっとほんの一部しか私は見ていない。
感じたものが全て正しいとは思わない。ロイドから情報を得ていたから、少しだけ過大評価しているのかもしれない……けれど。
横で、瞳を潤ませながら優しく微笑むユノ君を眺めながら私は思った。
きっとティナの言った通りになる。
もしも、ユノ・アスタリオの実力が、私の考えている通りならば――。
――女神アテナとの契約は、正解だ。




