36話 「誓い」
「――つまり、魔法を発動させるには位階ごとに必要な魔力が大方決まっており、展開の際に必要な術式もまた異なってくる。特に君たちも一度は聞いた事もあるであろう【第十位階】の魔法は膨大な魔力はもちろんの事、命を代償にしてようやく発現できると言われているわ」
聖フェリス女学園――月組。
僕はルナのクラス担任であるというハンナ先生のありがたいお話を聞き流しながら、窓際最前列に座っている金髪ツインテールさんこと、セシリア・オルフォードの後ろ姿を眺めていた。
『――彼女は私の恩人なの』
ルナはセシリアの事を僕にそう説明していたが、彼女がルナにゴブリンを嗾けていた事に変わりは無い。退学だってあり得る程の暴挙の筈だ。
しかし、事実として彼女は未だにこの学園に通い続けている。それは恐らくルナが大ごとにしなかった事が理由なのではないだろうか。
「…………」
横目でルナを流し見る。
出会ってから今まで、ルナという人間を少しは理解していたつもりになっていたのだが、どうやら僕にはまだ早かったようだ。
「……どうしたの?」
透き通ったルナの声。
紫の瞳が僕を見つめる。
「いいえ。なんでも」
「……そう」
……まさか見ていた事がバレているとは。
僕は少しだけ恥ずかしく思いながらも、再びセシリア・オルフォードへと視線を戻した。
いや、正確に言えばセシリアの隣に座る騎士、マロ・バーン共々……だ。
……驚いたなぁ。
そういえばマロは誰の騎士になったのだろうと、少しだけ気になってはいたのだが。まさかセシリアの騎士になっているとは。
そんな事を思っていると、巻きツインテールを僅かに揺らしながらセシリアが背中越しに僕らの方へと視線をよこす。
もちろん僕は即座に目線を先生の方へと向けると、そのまま知らん顔で授業を受けた。
◆
授業が終わり、帰り支度を始める。
周りの女学生から向けられる好奇の視線にも徐々にだが慣れつつあった。
「それで? 随分と熱心に彼女の事を見つめていたようだけれど、ああいうのがタイプなのかしら?」
突如としてルナは僕に視線をよこしながらそんな事を聞いてくる。
「まさか。違いますよ」
「そう」
……どうしたのだろう?
なんだかルナらしくないなぁと、そんな事を考えていた時だった。
「あらあら? 随分頼り甲斐の無さそうな騎士を連れているのね? ルナ・フレイム」
僕達の席へとツインテールを優雅になびかせながら、話題の人物がやってくる。
歩き方一つ見ても貴族特有の自信に満ち溢れていた。
そんなセシリアの横には、バーン家が次男、マロ・バーン。
いつもとは違い、少しだけ怯えるような瞳を僕へと向ける。
……いや、違うから。
僕はこの場で弁解をしようかとも考えたが、まずはルナの出方を伺う事に。
「……………………」
うん。無視だね。さすが僕のお嬢様。
そんな事を思っていた時、ルナはセシリアの方を向くと、僅かに口角をあげ微笑んだ。
「……っ!」
完全に小ばかにしたようなそれに、セシリアの眉がつり上がる。
「やはり、ボッチにはそれ相応の騎士しか付かない、という事かしらね? それに比べてこの私は魔法に明るいバーン家のマロを騎士につけましたわ」
「……そう。行くわよ、ユノ」
ルナはそれだけ言って僕に視線をよこすと、教室を出ようと席を立つ。
だが、その様子に益々セシリアが不快そうな表情をして肩を小刻みに震わせていた。
……なんだか面倒くさい事になりそうだ。
そして、その考えは恐らく外れる事は無いだろう。
「――ふざけないでっ!」
セシリアの叫び声が教室に響く。
まだ室内に残っていた生徒たちは皆一様に驚いたように僕らに視線を集めると、面倒ごとから逃げ出すように、一人、また一人と教室を去っていく。
それから少しして、夕日が差し込む教室に残ったのは寂しそうな空席と僕達だけになった。
「ふざけてなんていないわ。もういいかしら? 帰りたいのだけれど?」
ルナが冷たい声色でそう言った瞬間、セシリアが動き出す。
僕が動いたのも同時だった。
恐らくルナの頬をはたこうと振り上げられたセシリアの右腕を掴み止める。
「セシリアさん。これくらいで。これ以上はあなたの立場を悪くする事になります」
……この人は正気だろうか? 行動が滅茶苦茶だ。
「ふふ……そっちの方がまだマシですわ……」
セシリアはそう小さく呟きながら僕の手を振りほどくと、再びルナをきつく睨みつける。
一体この二人の間に何があったというのだろうか。
「楽しくて仕方がないでしょうね……ルナ・フレイム。いつでも私を学園から追放できる手札を残しながら私をあざ笑うのは」
「ゴブリンの件の事かしら? 安心なさい。父上にも学園にも言うつもりは無いわ」
「それがムカつきますのよ。感謝しろとでも?」
「いいえ。むしろ感謝したいのは私の方よ? あなたのお陰で私は最高の騎士を見つけ出せたの。あなたは言わば――恩人よ」
そうルナが言って美しい顔に浮かべた笑みが一瞬恐ろしい色を宿したのを僕は見た。
恐らく……苛立っている。
けれど、ルナのその感情は正しいものだ。正直はた目から見ても悪いのはどう考えてもセシリアの方だと思う。
……プライドがあまりにも高すぎる。
ルナに関して言えば、それが自然と良く似合っている。
だが、セシリアはどうだろうか。
まるでルナを真似ているかのような、そんな印象を抱いてしまう。
「……最高の騎士……? それが……?」
セシリアの翠色の瞳が僕を見る。
「アスタリオ家始まって以来の無能が、最高の騎士? ふふ……笑わせてくれますわね」
……まぁ、そうなるか。話の流れ的に予想はしていた。
だが、次に聞こえてきたのは予想外の一言だった。
「うふふ……貴族らしさも無ければ見る目もないのね……可哀そうだわ。あなた」
ルナが突然火に油を注いだのである。
先ほどまでの言動とは打って変わって、そこには侮蔑の念が込められていた。
「言ってくれますわね。私の騎士があなたの無能に負けるとでも?」
と、セシリアが言うと。
「あら? 御存知ないのかしら? 既にあなたの騎士は私のユノに敗れているわよ?」
と、ルナが返す。
そこに新たな声がカットイン。
「いいや、それは違う。こいつが俺に勝てたのはスキルの有無が関係している。前に一度言った様に槍を持っていないコイツに俺が負ける事はありえない!」
と、マロが声を荒げながら鼻を鳴らした。
ここまでくればあとは単純。
「ユノ、許すわ。あなたの力を示しなさい。もちろん手加減はするのよ?」
「マロ? 分かっているでしょうね? 早くこの二人の口を塞ぎなさいっ!」
当然、こういう流れになる。
「お言葉ですがお嬢様、学園内での私闘は校則で禁じられています」
「おいおいユノぉ、もしかしてビビってるのか?」
そう言いながらニヤニヤと笑うマロにイラっとしながらも、僕は言葉を続ける。
「もう少しで闘技大会もございます。決着はそこでつければ良いかと」
僕がそう言うと、ルナは僕を見つめながら小さく頷いた。
「……それもそうね。決着はそこでつけるとしましょうか。けれどまさか闘技大会の時までスキルの有無を言い訳にする事は無いでしょうね? 無いなら無理やりにでもスキルを得れば良いだけの話でしょう?」
ルナは勝ち誇ったような表情をしながらそうセシリアたちに告げる。
「当然よ。既に私の騎士はとある高名な神との契約が内定しているの」
セシリアもまた、ルナと同じように勝ち誇ったような笑みを浮かべてそう言い返した。
……高名な神との契約、か。
もしかしたら、思っていたよりも力の加減が難しい戦いになるかもしれない。
そう僕が思っていた時だった。
「それにしても、私には理解ができませんわね」
そう鼻で笑いながら僕を見るセシリアに嫌な予感を覚える。
「まさか野良神と契約する人間がフェリス魔法騎士学園にいた事に驚きましたわ。アテナ、とか言いましたかしら? それってあの【無能神】の事でしょう? やはり無能には無能がお似合い――」
気付けば体が勝手に動いていた。
つま先に力を入れて床を蹴る。
「――え?」
驚くマロの声を背中で聞きながら、僕はセシリアの喉に指先を突き付けた。
ゆっくりと、状況を理解したセシリアの瞳が驚愕したかのように大きく開かれる。
――それと同時に僕が作った風がセシリアの髪を大きくなびかせた。
僕は耳元で囁く。
「それ以上、言ってみろ。僕はお前を――」
――許さない。
その言葉は最後まで紡がれる事は無かった。
「…………っ」
ぺたりと、セシリアがその場に尻もちをつく。
僕はそれを尻目に、ルナへと告げる。
「行きましょう。お嬢様」
僕がそう言うと、ルナは何故だか少しだけ不満そうな顔をして僕を見つめる。
「……ええ。そうね」
そうして僕らは並んで歩き出すと、教室を出ようと扉を開いた。
すると、開いた扉の先に――神様がいた。
窓から差し込む夕日が白い廊下を赤く染め上げる。
「――――っ!」
僕は動揺した。
聞かれて、しまっただろうか?
だが、そんな僕の心配を打ち消すように、神様の顔に嬉しそうな笑みが灯った。
「いっぱい、いっぱいお散歩してきました! ユノさんは知っていますか? 庭にはいっぱいお花が咲いているんですよ!」
「え? そうなんですか! じゃあ、今度は僕と一緒に行きましょう!」
「はいっ!」
…………聞こえては、いないという事だろうか?
そんな不安を胸にしまい込み、僕たちは三人でフレイム公爵家へと向かい歩き出す。
その間も僕は神様から目を離せずにいた。
「それで、お水が湧き出る不思議な場所もあるんです!」
「噴水ですかね? お嬢様?」
「ええ。そうかもしれないわね」
太陽が沈み、辺りが闇に染まるその時まで――
――神様はずっと、笑っていた。
僕はその笑顔を眺めながら改めて自らに誓う。
――必ず勝つ。誰も神様を馬鹿にできない程、圧倒的に。
「…………」
笑顔で歩く神様とルナの背中を眺めながら僕は両の手を強く、強く握りしめた。




