35話 「月の教室」
ユノ・アスタリオはガチ目の男好き。
そんな噂話が囁かれるようになったのは、マロに勘違いされた翌日の事だった
「おい、来たぞ。例のアスタリオ家の三男だ」
「今にして思えば武器が槍なのも……そういう事なのか?」
「目が合うと襲ってくるらしい。気をつけろ」
いやいや、違うよ。違うんだ。
「……はぁ」
一度廊下を歩けばこの有様だ。ため息がでるのは仕方がない。
それでも、思っていた程のダメージを僕は感じていなかった。
無能、謹慎、血祭に男好き。
ははっ。僕にとっては新たな称号が増えたようなものである。
「……」
…………いや、無理があるな。僕は一体何を目指しているのだろう。
と、そんな事を考えていた時、僕の後ろでぷかぷかと浮いていた神様が、もじもじしながら僕の顔を横から覗いてくる。
「ユ、ユノさん……あの、その」
「はい神様! どうしましたか?」
「ユノさんは……男の人が、好きなんですか?」
「――――」
僕にそう言いながら真紅の瞳を潤ませる女神アテナ。
やはり、というか。なんというか。しっかりと誤解を解いておいた方が良さそうだ。
「いいえ神様。違いますよ。僕は女の人が大好きです」
僕が自信満々にそう答えた瞬間――。
「そうですよねっ!」
と、食い気味に目を輝かせる僕の神様。
本当、今日も、可愛いな。
ひとまずはこれで大丈夫。だと思う。
さてさて、そんな話をしながら僕は学園の正面出口から外に出る。
目的地はお隣の聖フェリス女学園だ。
「…………ごくり」
純白の校門前で僕はいつものようにひとつ唾を飲み込むと、楽園へと足を踏み入れた。
◆
「……うん」
いつもながらに良い匂いだなぁなんて思いながら、フェリ女の校内に来た僕は、記憶を頼りに廊下を進む。
すると、すれ違う女生徒からしきりに向けられる不思議な視線に違和感を抱いた。
「もしかして、彼ではなくて?」
「ロイド様の……お相手」
ははは。どうやらばっちり女学園にも広がりつつあるようだ。
――マロぶっとばす。
そんな荒んだ僕の心を癒すかのように神様の声。
「ユノさん、今日はこちらの学園なのですか?」
「はい。今日はフェリ女との合同授業ですので」
そう。今日は【神獣の森】での合宿以来となるフェリ女との合同授業の日なのである。
基本的に互いのクラスを日によって行き来する事になるらしいのだが、今回は魔法騎士学園の生徒、つまり僕らがフェリ女に行って、授業を受ける事になる。
「月組……月組……」
ルナが在籍しているのは四階建ての校舎の内、二階にある月組との事だ。
偶然かどうかは分からないが、【孤高の月】らしいクラス名である。
「花組……鳥組……」
金銀の装飾が随所に散らばる扉の表札を眺めながら、廊下を歩き進むと、ようやく月組が見えてきた。
やはり花・鳥・風・月の文字の並びで教室が隣り合っているらしく、最奥の教室が月組だった。
「ではユノさん。私は授業が終わるまでお散歩をしてきます。実は……この機会に見回ってこようと思いまして……!」
「分かりました! 変な人についていっちゃだめですよ?」
「はいっ!」
そう自信満々に言ってぷかぷかと浮かびながら離れていく僕の神様。
……大丈夫だろうか? 過保護すぎるのもよくないが、道に迷っていそうで不安である。
そんな事を思いながら神様の背中を眺めていると、すれ違った女生徒達から声をかけられていた。
「あら、アテナ様! ごきげんよう」
「ごきげんようっ!」
……フェリ女では美少女神として有名だから大丈夫……か。
少なくとも魔法騎士学園にいるよりは安心である。うん。
さて、と。
目の前にあるのは月組の扉。僕がまだ一度も入った事の無いルナのいる教室である。
不安と緊張。それから興味。
眼前の扉の中から漏れる女生徒達の優雅な笑い声。
この先にはまだ見ぬ楽園が広がっている――。
「失礼します」
僕は低い声でそう言い放つと、努めてキリッとした表情を作り、扉を開けた。
瞬間――ふわりと甘い香りが僕を襲う。
それと同時に――。
「「「………………」」」
入る前はそれなりにあった女生徒達の会話がピタリと止まった。
表情を作っていて良かった。思わず弱気になりそうだ。
……いや、でも、魔法騎士学園で向けられていた視線とはなにかが違う……?
はっきりと言葉にする事はできないが、なんだか熱のこもった視線が多いように思う。
なんでだろうか?
そんな疑問を抱きつつも僕は教室内からルナを探そうと視線を巡らせる。
――いた。
というか、とても分かりやすい。
窓際最後列の席につまらなさそうな表情をして座っている【孤高の月】。
どうやら今日も二つ名に恥じぬ孤高っぷりを発揮しているようだ。
具体的に言ってしまえば、他の生徒がルナを意識してか、一定の距離を空けて他の生徒と会話に興じている。
僕のお見合いの時そのものである。
「……失礼します」
そう言って恐らく僕の席であろうルナの隣に座る。
すると、ルナの紫の瞳が僕へと向けられた。
「……大人気ね」
そうポツリと呟くルナ。
「大人気?」
「いいえ。こっちの話よ。それよりも一つ聞いておきたいのだけれどいいかしら?」
「え、あ、はい」
そう言った僕の顔をまっすぐと見つめたルナが、悪戯そうな笑みを浮かべながら首を優雅にかしげる。
瞬間――さらりと白銀の髪が揺れた。
「――男が好きなの?」
……偶然だろうか。教室内の空気が変わった様に思う。
「いや、違いますよ。誤解です」
僕がそう言うと、何故だかそこかしこからため息が零れた。
なんで?
「そう。残念ね」
何が?
「けれど、火の無い所に煙は立たぬ、とも言うでしょう? 一体何があったの?」
「いや、突然ロイド先輩がよくわかんない事を言いながら僕を押し倒し――」
ぞわり。そこまで口にした時、寒気が僕を襲った。
「受けらしいですわよっ」
「予想通りですわねっ」
……君たち?
教室中で囁かれる言葉の意味を深く理解しようと頭を悩ませていると。
「ふふ……安心なさい。別にあなたの印象が悪くなった訳では無いわ」
「……そうなんですか?」
「娯楽……といえばわかるかしら? この学園は女生徒しかいないから日々刺激を求めている者が多いの。そこにあなたとロイド・メルツの噂が流れてきた。興味を持つのは当然でしょう?」
いいえ。当然ではないです。
「いや、でも、僕ですよ?」
なんとなく。本当になんとなくだが女生徒達の視線の意味を理解する。
けれど、僕はユノ・アスタリオだ。
自分がどう思われているのかを僕は知っている。
事実、お見合いではアインを除けば誰一人として近づいては来なかった程だ。
「そうかしら? あなたは私の騎士。それに見てくれは悪くないわ。スケベだけれど」
……照れますねぇ。
「それに、ロイド・メルツといえばファンクラブができる程の男なの。そんなあなたたちが実はできているという噂が流れた。ふふ……面白いじゃない。お分かり?」
さすがロイド先輩だ。けど当然か。同性の僕でさえ驚くほどのイケメンだし。
しかし……そうか。どうやら僕が思っていた程、悪い噂にはならなかったようだ。
「……なるほど」
いや、納得はしていない。
けれど、これ以上必死に弁解したところであまり意味が無いという事だけは理解した。
神様に悪印象を与えない程度にゆっくりと誤解を解いていけばいい。
僕はそう気持ちを切り替えると、僕に視線を向けてくる女生徒達に向かって微笑んでみる。
すると、何人かは焦ったように僕から視線を逸らし、他の皆は微笑み返してくれた。
「…………ん?」
――だから、気づけた。
僕とルナに敵意を込めた瞳を向ける一人の女生徒を目に捉える。
僕は、彼女を見たことがあった。
金髪のツインテールと、翠色の瞳。
――ルナにゴブリンを嗾けた張本人だ。
「お嬢様、あの金髪ツインテールさんは?」
僕がそう問うと、ルナが冷めた笑みを浮かべながら紫の瞳をスッと細める。
「セシリア・オルフォード」
ルナはそう言って突然、僕の耳元に顔を近づける。
瞬間――ほのかに香るルナの甘い匂いに満たされた。
思わずドキリとしてしまった僕には構わずに、ルナが嬉しそうな声色でこう囁く――。
「――彼女は私の恩人よ」
お待たせしました。
ルナの悪戯な笑み。いいねっ




