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34話 「ロイド・メルツ」

 

「……英雄神アスタロトが魔軍暴走(スタンピード)の首謀者? それはあり得ません。だって、アスタロトは世界を一度救っている」


 僕は、喜びに震える体を必死に抑えながら、あえてそう切り返した。


「本当にそうかな? 俺は一度だって救われてはいない」


 ………………この人となら、分かり合えるかもしれない。


 いいや、女神アテナに相応しい世界を創るために、ロイド・メルツが必要だ――。


「この世界の在り方に疑問を覚えた事はないか? ユノ・アスタリオ」


 ロイドの黒い瞳が背中越しに向けられる。

 僕はその質問の意味をかみ砕こうと更に考察を深めた。


「……疑問」


 ――ある。あるとも。


 疑問なんてものじゃない。確信だ。


 魔王サタンから世界を救った神々の内の一柱。それがアスタロトが英雄と呼ばれる最たる理由だ。


 ……だが、本当に、そうなのだろうか? 僕には()()アスタロトが人々を守る存在だとは、とてもじゃないが思えない。


「……あります」


 僕がそう答えるとロイドは暗い笑みを浮かべながら、何故か包帯の巻き付いた腕の手のひらで右目を隠す。


「……クク。さすがだユノ・アスタリオ。お前は俺の同志に相応しい」


「同志……ですか?」


「ああ。そうだ。俺は生まれてから今まで、この世界に疑問を感じながら生きてきた」


 ……生まれてから? つまり、ロイド・メルツは僕よりも早く――。


「自分という存在がこの世界から弾かれていると感じた事は無いか?」


「……っ!」


 ある、ある、ありすぎるっ! なんせ僕は、生まれながらにして心が成熟していた。この世界の(ことわり)から逸脱している……!


「その反応……やはりか」


 ロイドはそう囁くように言うと、背後から僕を再び抜き去り、窓際に背中を預けて僕に向き直った。


 瞬間、ふわりと爽やかな風が僕を撫でる。


「俺も、ある。自分の考えが、理想が、この世界では理解されない」


 そう憂い気な顔をして囁くように言ったロイドが、泣いているように感じるのは気のせいだろうか。


 いいや。きっと気のせいでは無い。心が、泣いているんだ。


 僕には分かる。いいや、僕にしか分からない。


 野良神と契約するのは間違ってる? 英雄神だから魔軍暴走(スタンピード)など起こさない?


 違うだろ。僕はそうは思わない。


 自分の選択が、間違っているとは、とてもじゃないが思えない……!



「明けない夜はない」



 気付けば僕はそう呟いていた。


「なにっ?」


 その瞬間、ロイドが驚愕したかのような表情を浮かべながら目を見開く。


 ……僕は続ける。


「神が、世界が間違っているなら僕たちが変えればいい……もちろん、簡単な事じゃない。苦しい事、辛い事、たくさんあると思います。それでも強い意志さえ持っていれば。それを共に目指せる仲間がいるならば……! この暗い世界にも朝はくる!」


 僕はありったけの決意を瞳に宿し、ロイド・メルツをまっすぐに見つめた。


 そんな僕を見て、ロイドが再び暗い笑みを零す。


「……最高だな。ユノ・アスタリオ。百点だ」


 …………百点。


 つまり……どういうことだろう?


 僕がそんな事を考えていると、ロイド先輩は空中へと腕を伸ばす。


 すると、何も無かった筈の手に、黒い一冊の本が現れた。


 もちろん僕は驚いた。しかし、それよりも――。


 ……すごい魔力量だ。一瞬だったが、やはりかなりの使い手らしい。


「それは?」


「……黙示録だ」


「黙示録……」


「これには世界の秘密が書き記されている」


 そう言ってロイド先輩は本を開くと、僕に見せるように右腕で突き出した。


 そこに記されていたものを見て、僕は驚愕する。


 …………なんだ? この落書きのような絵は……?


「……ロイド先輩……この絵は?」


「終末を告げる……終わりの瞬間だ」


 白い紙に記されていたのは、そのページを埋め尽くす程の大きな黒い丸。


 そこに、矢印がついており、説明するかのように『闇の力』と記されている。


「……闇の力」


「……ああ。そうだ。陰謀と言い替えてもいい。そしてそれを止めるには、お前の言ったように、仲間が必要だった。だが、誰でもいいと言う訳では無い。俺と同じ『特異点』でなくては意味が無い」


「……特異点」


 駄目だ。僕にはさっぱり理解できない。


「クク……すごいな。久しぶりだぞ、この感覚は。こんな日が来るとは思ってもいなかった。お前が普通じゃない事には気づいていた。だが、まさかこれ程までとは……!」


 そう言って「ククク」と笑うロイド先輩。


 どうやら僕は受け入れてもらえたようだ。


「歓迎しようユノ・アスタリオ。今日からお前は俺の同志だ」


 そう言って差し出された右手を、僕はもちろん掴み返す。


「挨拶が遅れました。アスタリオ家が三男、ユノ・アスタリオです」


「殊勝な心掛けだな。礼には礼で返そう。メルツ家が次男、ロイド・メルツだ。生徒会の副会長をしている」


「生徒会副会長……!?」


「……やはり知らなかったのか。だが、それもいい」


 なんだ、この人は? どこまで僕のツボを押さえてくるのだろうか?


「ちなみに、この黙示録は俺とお前だけの秘密だ。()()生徒会長にも見せた事は無い」


 ……そんな大切なものを……僕に……!


「もちろんです。誰にも言いません」


 秘密の共有。それができる仲間ができた。


 そう理解した時、ふと、閃いた。


 ……この人になら……いいんじゃないだろうか?


 誰かに、ずっと言いたかった事が僕には沢山ある。


 そして、その最たるものが――。


「……ゼウス」


 僕は、そう呟いた。


 確信がある。ロイド先輩なら、何かを、知っている。


 だから―――――-。


「ロイド先輩はその名に―――」



 ――気付くのが、遅れた。



 目の前にいるロイド先輩から放たれる圧倒的な殺気。


 そして、既に、僕の体は、鋭く光る線に巻かれて自由を奪われていた。


「……どこでその名を聞いた?」


 暗く、重い、声色。


 それを聞いて、体中から汗が噴き出す。


 それに、この光る線は……糸?


 ロイド先輩は両腕を交差させたまま、何かを操るように指を細かく動かしている。


 操糸術――つまりは暗殺技の類。


 ……僕は理解した。メルツ家とはどうやら業深き一族らしい。


「もう一度だけ問う。『ゼウス』、その名をどこで知った?」


 体を縛る糸がさらにきつくなる。


 ……分かる。この人は殺すのをためらいはしない。


 けれど、そう考えるのと同時に、喜びが胸の内を支配した。


 やはり、この人は何かを知っている。そしてそれは、恐らくメルツ家だからこそ知り得る情報だ。


「どうした? 答えられないか?」


 ……答えてもいい。だけど、それは、今じゃない。


 僕は選択をする。より、高い可能性を模索して。


「え? あの、ゼウスっていう、僕の考えた最強の神がいるんですけど……」


 道化になろう。今ここで戦うのは得策ではない。


 この人の信頼を勝ち得るには、これが正解の筈だ。

 バカにされたっていい。少し頭が緩い奴だと思ってさえくれればこっちのもんだ。


 問題は、こんな戯言をロイド先輩が聞き入れてく――。


「なる程、良い設定だ」


 すんなりいった。すごいな僕。


 体を縛っていた糸が、窓から差し込む日の光に反射しながら解けていく。


「……」


 楽器を奏でるようなロイド先輩の指先。


 その技の完成度に僕は内心舌を巻いていた。

 姉上と同じ、才能に努力を重ねた先にある境地。


 ロイド・メルツは間違いなく、強者だ。


「すごい技ですね……」


「聡いお前なら、もう既に気づいただろうが、我がメルツ家は代々国の暗部を担ってきた。その事を知っているのは、一握りの者だけだ」


 ……四大貴族あたりなら知っているのかもしれない。今度ルナかアリスに遠回しに聞いてみよう。


「もしかして、ゼウスって神をロイド先輩は知っているんですか?」


「…………偶然か。面白い。お前にはいずれ教える日が来るかも知れないな。だが――」


 ロイド先輩の鋭い指先が僕の首筋に当てられる。


 やはり、素早い。もしかしたら動きの繊細さは姉上以上かもしれない。


「――今の攻撃が避けられないようであれば、生徒会入りはおろか、特異点にはなり得ない」


 ……僕が力を示すならここだろう。


 役に立つと、そう思わせなければいけない。

 それも、ロイド先輩にとって、好みの形で。


「そうですか……で、あれば、僕は合格ですかね」


「……何? それはどういう――」


 首に当てられた指先から逃れるように瞬時に姿勢を低くした僕は、そのまま右拳をロイド先輩の顎を目掛けて振り上げた。


 ――もちろん、寸止めだ。


 拳にのせた風がロイド先輩の黒髪をなびかせる。


「……今の、見えましたか?」


「クク……いいぞ、ユノ・アスタリオ。それがお前の真の実力か」


 ――瞬間。僕の振り上げたままで止まっていた右拳がロイド先輩の左腕に押されるように弾かれる。それと同時に僕を狙う逆腕を、僕は同じようにはじき返した。


 それからは、お手本のような打撃の応酬だ。


 組み手の型をなぞる様に、丁寧に、丁寧に相手の力量を計っていく。


 そして、幾度に及んだ組み手の末――。


「負けました」


 僕が繰り出した掌打が空を切り、その隙にロイド先輩が放った右拳が僕の頬の前で止まる。


 僕の負けだ。


 だが、これでいい。ここで万が一勝ったりしたら、どう転ぶか僕には分からない。


「……驚いたぞ。ユノ・アスタリオ。今の動きについてこれるのは、メルツ家の秘密組織【影の月(シャドームーン)】の中でも幹部であるナンバーズだけだ」


 …………名前。


「お褒めに預かり光栄です。しかし、驚きました。こんなに強いロイド先輩でも副会長という事は、生徒会長は更に強い、という事ですか?」


「……難しい質問だな。だが、恐らく闘技大会のような試合形式であれば俺は負けるだろう」


 ……本当に驚いた。フェリス魔法騎士学園生徒会は、僕の想像していた以上に層が厚いらしい。


「だが、殺し合いであれば――俺が勝つ」


 その言葉の意味を僕は正しく理解した。

 たぶん、ハッタリじゃない。真実なのだろう。


「ユノ・アスタリオ。お前の生徒会入りは確実だ。お前が望むのであれば、書記の座を用意しよう」


 魅力的な提案だ。生徒会入りを果たし、役職まで手に入れる事ができれば、無能ユノ・アスタリオの汚名は(そそ)がれる。それはつまり、僕の神様の有能さをアピールする大チャンスでもあるという事だ。


「ありがとうございます。しかし、まずは闘技大会に勝つことだけに集中したいと思います」


 望み過ぎない事だ。一つずつ、丁寧にいこう。


「そうか……ますます気に入ったぞ」


 そう言って微笑むロイド先輩に僕もまた微笑み返す。


 ――その時だった。


 ガタリ。


 物音が室内に響き渡る。


「ふせろっ!」


 そんな声と同時に、突然ロイド先輩が僕を床に押し倒した。


「ロ、ロイド先輩? 突然なにを!」


「組織からの妨害かもしれない、口を閉じろ」


 そう言って僕の口を手で塞ぐロイド先輩。


 組織? いや、ちょっと、息が!


 先輩の体を押すように、とりあえず抵抗を試みるが、体ががっちりと固定されており、力が入らない。


 僕の体に馬乗りになったロイド先輩が楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?


 と、そんな事を思っていた時だった。


「く、くそ、なんだ、ここ、俺はなんで……」


 困惑した声色。


 僕はすぐに理解する。


 ――マロ・バーンだ


「せんあい! まあああ!(先輩、まずいです。マロが起きました!)」


 僕はそう必死に叫ぶ。が――。


「……ん? 何を言ってるんだ? 聞こえないぞ」


 いや、あんたが口抑えてるからでしょーが!


 仕方あるまい、無理やり体を――。



 と、僕は決心をしたが、悲しいかな。時すでに遅し。


「お……お前ら、男同士でなに、やってるんだよ?」


 震えた声色。ああ。マロがどんな顔をしているのかが分かる。


 僕はゆっくりと首だけを動かしてマロを見る。


「……まじかよ」


 そう呟きながら、青い顔をして僕達を見るマロ・バーン。


 僕の思考が壊れたのはこの時だ。


 明日からの学園の事、そして組手からの今の状況が頭の中で混ざり合う。


 口を塞ぐ手を必死に払いのけた僕は、弁解しようと言葉を紡いだ。


「マロも一緒にどう!?」


 …………『組手』が抜けた。


次話「ユノ死す(深い意味で)」



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― 新着の感想 ―
[一言] 完全に会話が唯の厨二病患者で草www ちゃんとギャグで落とすところもポイント高い。 全体通して話が深いわけでもなければ真新しい感じも無いけど、ネタやギャグの散りばめ方や、設定や役どころのわ…
[一言] 盛大な勘違い。。。
[良い点] ただの厨二病ではなかったのか [一言] 次回 ユノ(社会的に)、死す! デュエ(ry
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