幕間 「生徒会」
フェリス魔法騎士学園。
その学園はこれまで名だたる騎士、魔導士、冒険者を世に送り出し、人間社会において他の教育機関を隔絶する知名度を誇っていた。
一般常識として、フェリス魔法騎士学園はエリートの集う学園である、というのが通説である。事実として、高名な神との契約率、そして世界的に活躍している人間の約半数が同学園の卒業生であるという事実がある。
したがって、入学した生徒は華々しくも名高い【フェリス魔法騎士学園】の肩書を手に入れる事になり、周囲からも一目おかれる存在になるのである。
同時に、学園を卒業した際に得られる権利は破格な事で有名だ。
有名騎士団への推薦、または入団試験での実技試験免除。
冒険者を志すものであれば、冒険者ランクC級でのスタートなど、与えられる権利はどれも魅力的なものばかり。その中でもやはり生徒たちの間で最も熱視線を向けられているのが、卒業時に行われる高名な神々によるお茶会への参加権であった。
本来であれば、一生の間に高名な神と近い距離で顔を合わせる機会など僅かである。そんな神に自分をアピールできるチャンスが必ず与えられるというのだから、どれだけ魅力的な事であるかは説明するまでもないだろう。
人生の勝ち組と呼ばれる者が存在するならば、それはフェリス魔法騎士学園の生徒たちを指すと言っても過言では無いのである。
――しかし、そんな同学園に通う生徒たちの間にも、明確な序列が存在した。
フェリス魔法騎士学園――生徒会。
学園に入学した時点で選ばれし者である生徒達、その中から更に選りすぐりの者しか所属する事ができないその生徒会は生徒たちの憧れであり、目標だった。
そんな生徒会が保有する、最上階に設けられた広々とした室内の中で、三学年あるうち最上級生である二人の男女が向かい合うようにして座っていた。
まだ朝だというのに室内には仄暗い影が落ちており、陰湿な雰囲気が漂っている。
彼らの前にある円卓の上にはゆらゆらと燃える蝋燭が一つ。それだけがこの室内で僅かばかりの光を放っていた。
そんな中、四大貴族が一つ、バレット公爵家の長女であり、学園の生徒会長でもあるセレナ・バレットが対角線上に座る生徒会副会長――ロイド・メルツにこう切り出した。
「……明かりをつけてもいいかな?」
彼女の声はこの暗い室内には見合わない明るい声色だった。
美しく、それでいて透明感のあるその声が静かに室内に木霊する。
「まず新入生たちの無事を祝おうじゃないか。神の御加護に――感謝を」
セレナの質問には一切答えずに、ロイドは水の入ったグラスを片手に持つとセレナへと向ける。
メルツ伯爵家の次男として生まれ、生徒会副会長であるロイドは、雰囲気を大事にする男であった。
「「…………」」
声色から動きまで芝居じみたそれを見て、生徒会長――セレナは静かにため息をつく。
しかし、それはいつもの事と無理やり自分を納得させると、切り替えるように口を開いた。
「確かに。魔軍暴走の中、誰一人負傷者を出さずに帰ってこれたのは幸いね。それが神の御加護であったというなら確かに感謝しなくちゃ」
セレナはそう言うと、何故か自分の席に用意されていたグラスを持ち上げると、ロイドに向ける。これが正解だとセレナは理解していた。
そんなセレナの様子に満足したかのようにロイドは暗い笑みを浮かべると、円卓の上に両肘をつき、重ねた両手に顎を乗せ、こう――囁いた。
「Dies irae(怒りの日)」
無駄に発音よく告げられたその言葉をセレナは聞き取る事ができなかった。
「なんて?」
そうセレナが問うと、はっきりと分かる不快そうな表情をして、ロイドが再び口を開く。
「知っていてあえて伏せているのか……それとも無能を演じているのかは分からないが……不快だな。俺を試しているのか?」
「……いや、その」
セレナは動揺した。ロイドが言いたかった事は、不快そうに告げられたその言葉で理解した。しかし、聞き返したのは本当に何を言っているのか、分からなかっただけなのである。
しかし、そう釈明しても仕方がない。セレナはそれを理解すると、ロイドに合わせるように言葉を紡いだ。
「さすがだね。ロイド。王国の暗部を担うメルツ家の君が、神々の戦いがあった……なんて事を知らない筈が無いか。もちろん君を試した訳じゃ無い。知ってるでしょ? この件に関しては緘口令が敷かれている」
そうセレナが合わせるように芝居がかった声色で言うと、ロイドは再び満足そうな表情をして口の端を吊り上げた。
「ふっ……さすが、我が学園の生徒会長にして四大貴族が一つバレット家の御令嬢だ。【紅蓮の剣姫】とはよく言ったものだ。暗闇まで見通すその眼。称賛に値する」
「……ありがとっ」
セレナは短くそう言うと、沸き上がってきた気持ちを堪え切れずに心の中でこう呟いた。
(……帰りたい)
そんなセレナの気持ちなどお構いなしに、再びロイドが静かに告げる。
「邪神――ノア」
ロイドの口から放たれたその言葉に、セレナは体をピクリと震わせ反応を示した。
「聞いた事のない名前だが、その魔力量は神獣フェンリルを上回り、英雄神にして愛と美を司る女神――アスタロト様に匹敵するとか」
「どうやら、そうらしいね」
ようやっと実のある話ができると踏んだセレナは、真面目な表情を作り、言葉を続ける。
「あなたは、その正体不明の神について何か知っているの?」
そう問いを投げられたロイドは、静かに瞳を閉じる。
……………………。
静寂が生徒会室を支配した。
いつまでも続きそうなその静寂を切り裂くように、瞳を閉じたままロイドがこう切り出す。
「――【ノアの箱舟】を知っているか?」
「ええ。もちろん。有名な物語だね」
【ノアの箱舟】――主人公ノアが大切な者たちを船に乗せ、神々の試練から逃れようとする物語として広く人々に認知されている。
もちろん、それは生徒会長であるセレナも知っていた。
「……俺にはそれが無関係だとは思えない。恐らくは…………いや、言っても仕方が無いか」
そう言って首を横に振るロイドの様子にセレナは動揺を隠せない。
「……うそでしょ? まさかそこまで言って教えないつもり!?」
「知らない方が……いいこともある」
そう低い声色で言って誤魔化したロイドではあるが、この時ロイド自身も関係性など理解してはいなかった。
生徒会副会長――ロイド・メルツ。彼はこういう雰囲気が、大好きな、男なのである。
しかし、腐っても生徒会副会長。
知識と武勇において、彼は飛びぬけて優秀な生徒であり、事実、魔法騎士学園ではロイドの名を知らない者を探す方が難しい程である。
そんな彼の性格を理解していたセレナは、それ以上の追及を断念し、新たな話題をロイドへと提供した。
「……今年の新入生の中で、生徒会入りをできるのはあと一人。例年通り闘技大会で決まる事になる訳だけど、あなたは既に目星をつけているの?」
セレナはロイドの性格に苦手意識を持っていたが、人を見る目に関してだけは認めていた。
セレナの興味は、そんなロイドが、一体誰が闘技大会で優勝すると踏んでいるのか。それが気になって仕方がない。
「……ふふ、もちろん目星はつけている。だが、まだ接触する程の確信は無い」
「へぇ……さすがね。教えてもらってもいいかな?」
セレナの瞳が蝋燭の光を映し怪しく輝く。
それを見てロイドはニヤリと笑い、口を開いた。
「残念だが会長……あなたの妹では無い」
「…………そう」
それを聞いてセレナは苦笑した。
セレナ・バレットには二つ下の妹がいる。自分の後をがむしゃらに追いかけてくる妹を可愛く思いながらも、残念ながら特出した才能は無いと理解していた。だが、もしもロイドの口から妹の名前が出たその時は、とても嬉しかっただろうと――そう思いながら。
「俺に問うぐらいだ。会長も大方目星はつけているのだろう?」
「……まぁ、ね」
その問答を最後に、再び生徒会室に静寂が訪れる。だが、その場にいた両者は理解していた。次に互いの口から放たれるそれが――答えであると。
――「「ユノ・アスタリオ」」
放たれた言葉が重なる。
同時に二人の顔に怪しい笑みが灯った。
「興味があるわね。何故、そう思ったの? こう言っては何だけど、彼、無能で有名なアスタリオ家の三男よ?」
その道化のような口ぶりにロイドは失笑を禁じえない。
「それを言うなら会長こそ。なぜそう思った?」
両者互いに相手の心の内を読み解こうとぶつかり合う――が、先に折れたのはセレナだった。
「……理由は三つ。私の場合は尊敬するレイ様からしきりに弟であるユノ・アスタリオのすごさを語られて洗脳されたっていうのが一つ。それから【孤高の月】が彼を騎士に選んだという点で二つ」
「もう一つは?」
「……彼の入学試験の結果は知ってる?」
その問いにロイドが小さく頷く。
「実技試験では散々だったようだけれど、筆記試験では学園始まって以来の満点よ。それはつまり、私が知る中で最も頭の良いあなたよりも上という事になる。加えて言えば彼はクラスの模擬戦で友人達を血祭りにあげたとか」
「……お褒めにあずかり光栄だ。だが、それが理由だとしたら、少々肩透かしでもある」
そうロイドはセレナへと告げると、席から立ち上がり、窓際へと移動する。
その様子をセレナは自らの赤い髪を目の端に入れながら、ただ黙って見守っていた。
「ユノ・アスタリオが俺を凌ぐ明晰な頭脳を持っている事は明白だ。だからこそ、はっきりとした疑問点が浮かび上がってくる」
静かにロイドが紡いだその言葉は、生徒会室に不思議とよく響いた。
「ユノ・アスタリオが契約したのは、あの野良神だと聞く。そこにまず引っかかりを覚えた。アスタリオ家始まって以来の無能と蔑まれてきた挙句、それを補って余りある知性を持つ人間にしては、あまりにも浅はかな行動と言えよう」
ロイドは遮光処理の施された窓に手を置くと、ゆっくりとその魔法を解除していく。
その魔力の波動により、黒く染められたロイドの髪がふわりと揺れる。
「考えられる理由は三つだ。一つは野良神と契約しても問題ない程の実力を既に兼ね備えていた、という可能性。二つ目は既に他の神と契約を交わしていた、という可能性」
暗かった室内に、静かに太陽の光が差し込んでいく。
「もう、一つは?」
その問いに、ロイドは背中越しにセレナを見つめると、笑みを浮かべた。
「無論、ただの馬鹿である可能性だ」
そう言ってロイドは、再び窓の外へと視線をやる。
すると、丁度、渦中の人物が歩いている姿を目に捉えた。
「能ある鷹は爪を隠す……か」
静かにそう呟いたロイドが鋭い眼光をユノ・アスタリオへと向ける。そして心の中でこう問いかけた。
さぁ、教えてくれ。ユノ・アスタリオ――
――お前は、本物か?
幕間です。
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今後も本作を書いていくモチベーションとなります!




