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29話 「邪神降臨―ー前編」

 

 人の目では決して感知できない程の高さにまできた僕は、森を囲むように展開を始めた王立騎士団を眺めていた。


 最高神ルシファーは僕の事を道化と呼んで、退屈そうな顔をしていたけれど、もしかしたら今の僕と同じ気持ちだったのかもしれない。


 だとしたら、不愉快だ。まさか今になってこんな気持ちになるとは思いもしなかった。


「……道化、か」


 真実を知らずに、ただ、自らの役割を淡々とこなす王立騎士団。


 魔軍暴走(スタンピード)を引き起こしたのが女神アスタロトだとは、きっと夢にも思っていないのだろう。


 道化と呼ぶべきはそんな彼らではないだろうか。


 誰が悪いだとか、何が間違っているかなんて、そんな事を説くほど僕は偉くはないけれど、なんだか操り人形を眺めているような感想がこみ上げてきて、苦しくなる。


 だからだろうか。僕は澄んだ夜空を見ようと天を仰いだ。


 僕の視界が白銀に輝く満月で埋まる。


「……やっぱり、綺麗だな」


 これこそが真実。


 美しいものは誰が見ても美しい。それが世界の摂理だろう。


 だから――僕は始めなくてはいけない。間違っている事には間違っていると、そう叫べる()()に僕がなろう。神様の為に、自分の為に。そしてフェンリルの為に。


 けれど、根本を間違ってはいけない。誰かを理由にするのではなく、自分が正しいと思ったから僕は進むんだ。


 これより先は、僕が決めて、僕が始める事なのだから。


 再び下界を望む。


「…………」


 先が読めない。


 人は自分の理解の外側。つまり自分の知りえない何かが突然目の前に現れたら、どんな事を思うのだろうか。好奇心で深く知りたいと思うのか、それとも顔を引きつらせ恐怖するのだろうか。


 僕がルシファーを見た時、沸き上がったのは好奇心だった。

 じゃあ、僕も興味を持ってもらえれば良いのだろうか。


 そんならしくない事を思いながら結論を出そうとした時、途端に馬鹿らしくなって思考をそこで断ち切った。


 何を今更。答えはすぐそこだろう。飛んで行って知ればいい。


「……よし、いくぞ。僕」


 ――さぁ、はじめよう。僕の門出だ。


 翼を数度はためかせ頭を下にする。すると僕の意思に沿うかのように体がスッと下に落ちていく。


 僕は翼を動かし加速する。


 まだだ。まだ足りない。圧倒的な速さが欲しい。


 両手に風魔法を展開し後方に打ち出す事で更なる加速を図る。


 瞬間、耳鳴りが酷くなった。あんなに遠かった地面が今ではもう、すぐそこだ。


 どんどん近づいてくる地面を見ながら僕は思った。


 ……どんな格好で着地を決めようか。


 くだらない? いやいや、とっても重要な事だと僕は思う。


 僕は人間だ。それでも今だけは、神でなくちゃいけない。


 この世に溢れるおとぎ話はいつだって、激しく、美しいものだから。


 ――よし、決めた。


 圧倒的な存在感を放っていたルシファーを思い浮かべる。


 僕はそれに(なら)って翼を大きく横に開くと、片膝を少し曲げ、正に神降臨といった姿勢のまま――。


 ――耳を劈く爆音と共に、地に降り立った。


 瞬間、僕を中心に舞い上がる土煙。その衝撃は足元の大地に大穴を穿ち、嵐のような風を作った。


 その爆風が周囲の木々をなぎ倒していくのを、霞む視界から眺めた僕は、自らに向けられるいくつもの視線の中から、圧倒的な圧を持つ視線を捉えた。


 まだ、姿は見えない。それでも分かる。


 未だに宙を舞う土煙の先に、この場で唯一といっていい強者がいる。


 確認した訳じゃない。けれど僕がその魔力の質を間違う事はありえないのだ。


 ――姉上、剣聖レイ・アスタリオがそこにいる。


 瞬間、土煙を払うように少し強い風が吹く。


 それから少しして、美しく乱れる長い黒髪を僕は見た。


 視線が重なる。僕へと向けられたその黒い瞳には、はっきりとした敵意が宿っていた。


 ……ありがとう。姉上。これで僕も遠慮なくできそうだ。


 姉上が銀色に光る剣先を僕へと向ける。


「……あなたは何者?」


 風が未だやまないこの場所で、澄んだその声はまっすぐと僕へと飛んでくる。


 同時に姉上の身から溢れる魔力が風となり、視界の端にある白銀の髪を揺らす。


「答えなさい」


 姉上は冷静だった。自らの強さがそうさせるのか、それともとっくに僕の正体に気づいているのかは定かではないが……。


「ぼ……俺は――」


 僕が口を開いた瞬間だった。


「囲めぇぇぇぇ!」


 突如として男の激が飛ぶ。それに応えるようにして、せわしなく動く騎士たちが金属音を響かせながら移動を始めた。


 僅かな時間で僕は敵意に囲まれる。


 さすがは、音に聞こえし王立騎士団。その洗練された動きに僕は思わず目を見張った。


「貴様ぁぁ! 何者だぁぁ!」


 姉上の後ろから銀色の甲冑を身に纏った男がずいっと前へと進み出た。

 先ほどの大声も恐らくこの男のものだろう。


 それに、この射貫かれるような視線と声の質。僕はコイツを知っている。姉上の傍に控えていた男だ。


「……ふふ」


 ……何者……ね。


 思わず笑みが零れた。今の僕に怖いものなど何もない。どうせやるなら、全力で僕は演じてみせる。


「……何様のつもりだ? 誰に物を言っている」


 僕は努めて低い声色を意識しながらそう男へと告げる。


 ……体が成長しているからだろうか。僕の声は自分が考えていた以上に低い響きで、口から放たれた。


「何だと!? 貴様! この状況が分からないのか!?」


 男は声を荒げてそう言うと、腰に差していた剣を抜き、その切っ先を横一直線にゆっくりと指しながら僕を鋭く睨みつけた。


「この状況? 何の事だ?」


 男の言いたいことは理解しているつもりだ。

 僕を囲む銀色の騎士たち。その状況を分かっているのかと、問うている。


 だからこそ僕は正直に告げる。


「まさかっ、こいつらの事を言っているのか?」


 僕は鼻で笑いながらそう言うと、周囲を囲む騎士たちに視線を向ける。


 そんな僕の様子に堪え切れないと言った様子で男が肩を震わせた。


「なるほど……貴様、よほど死にたいらしいな……?」


 ……へぇ……驚いた。決して少なくない魔力が男の体を包み込んでいく。


「王立騎士第一分隊、隊長、グラムス・テールだ」


 男、グラムスは低い声で僕にそう告げると、剣を真上へと突き上げる。


「名乗る必要はもうないぞ。今から死ぬ男の名前を憶えておくほど、暇では――ない!」


 男の持つ剣が僕へと向けられる。


「かかれぇぇぇ!」


 そう男が叫んだ瞬間、僕の周囲を囲んでいた騎士たちが皆一斉に走り出す。


「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 大地を揺らす騎士の行軍。


 いやいや、それは悪手だろう。


 僕はその場で右腕を横へと扇いだ。


 そう。魔力も魔法も必要ない。ただ腕を振る。それだけで十分だ。


 僕が生んだ突風がこちらへと向けて突っ込んできた騎士たちの足を止める。


 中には、その風力に耐え切れずに後ろに転ぶ者もいた。


 変わらないのは皆一様に目を見開き、驚き固まる姿だけ。


「何っ!?」


 それに分かりやすく動揺したのはグラムスと名乗った男だった。


 見かねた姉上が後ろからグラムスを押しのけるように前へと進み出る。


「グラムス。兵たちを下がらせなさい」


「レイ様!? 何を言うのですか! あのような男に誉れ高き我が王立騎士団が――」


「グラムス!」


 姉上のその大声に、グラムスはおろか周囲にいた騎士たちがびくりと肩を震わせた。


「二度も言わせないで……兵たちを犬死させたくないのなら、今すぐ下がらせなさい。それともまだ気づかないの? あれは人ではない。神と呼ばれし存在よ」


「神ですと……? っ! まさか! こいつが先程の青い流星だとでも言うのですか!? あんな小さな魔力しか持たない存在に屈しろと!? そう言うのですかっ!」


 それを聞いて動揺したのは僕だった。


 ……失敗した。普段の癖で僕は魔力を抑えていた事に気づく。


「その通りよ。それに見なさい、あの翼を。私には神にしか見えないわ」


「はっ! あんなのは亜人であれば持っている種族はいくらでも――」


 ――僕は迷うことなく、自らの体に眠る魔力を開放した。


 瞬間、全能感が僕の体に広がっていく。


 ――ああ……すごいな。これは。最高の気分だ。


 圧倒的な力の差がそこにはあった。


 僕の開放した魔力が渦となり、周囲へと広がっていく。


「な、が……が……な、なんだ……その……魔力はっ!」


 グラムスの顔が一気に青白くなる。それと同時に耳障りな鎧の震える音が重なり合うように音を奏でた。



 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。



 僕を囲む騎士たちが一斉に震えだす。それが合奏のように響き渡り木霊していく。


「ふふ……」


 僕は目の前に広がる光景に失笑を禁じえない。


 笑わせるなよ。この程度で震えあがるお前たちが、何をどうやってフェンリルを狩ろうというのだろう。


「ふふ……ふははははっ! ふはははははははっ!」


 もう僕は限界だった。吹き出すように笑い声をあげてその合奏に彩りを加える。


 ああ。こいつらは道化だ。何も知らずに、ただ忠実に偽りの物語の上でくるくると回る人形だ。


 さぁ、何かやってみせろよ。フェンリルはこんなもんじゃないぞ。僕はまだちっとも本気なんて出してやいない……!


「あ……悪魔め……」


 グラムスは恐怖に引きつった目で僕に視線をやると、その場でがっくりと項垂れるように膝をつく。


「……」


 悪魔……ね。確かに今の僕はそれに等しい存在になった。

 けれど、それをお前の口から言われるのだけは我慢ならない。


「どうした? 騎士団隊長とやら。貴様の自慢の騎士がみんな揃って震えているぞ? それともようやく気付いたか? 自らが犯した過ちを」


「……過ち……だと?」


「ああ。そうだ。まだわからないか? この俺の為した偉業に貴様らは泥を塗ろうとしている」


 もはや悪神を()()()()()のかすらもう自分では分からない。

 けれど、目的だけは忘れずにずっと僕の行動に寄り添っていた。


魔軍暴走(スタンピード)……それを引き起こしたのは――」


 ニヤリと僕は努めて凶悪な笑みを浮かべながら偽りの事実を告げる。


「――この俺だ」


 僕の言葉を聞いてグラムスが再び目を見開く。


「……ち、違う! 魔軍暴走(スタンピード)を引き起こしたのは神獣フェンリルだ! 我が主が、神々が俺にそう告げた! この森を蝕む害獣を殺せと! はっきりと!」


 あほらしい。こいつに脳みそはあるのだろうか。


「では、お前のその頭の悪いご主人共に伝えておけ。お前たち如きでは――」


 負けるものか。()()の信じた道をいく。



「――俺の行く道を塞げはしない」



ごめんなさい。長くなりすぎたので前編と後編の二つに分けます。




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― 新着の感想 ―
[一言] きっと、ユノはユノの中で悶えているに違いない(笑)
[気になる点] 「犯人は…俺だ!」 「な、なんだってー!?」 流石に今の時代、これはあんまりだと思います。
[一言] 美しいものは誰が見ても美しい なるほどここに主人公の限界があったのかと思わせるセリフですね。 「誰」というのが自分と同じ価値観や好みという前提。 この後、それがぶち壊されるのが楽しみです。…
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