27話 「僕ならできる」
僕の中に芽生えた、世界そのものへの不信感。
その考えは、間違ってなどいなかった
「……」
まっすぐ僕を見つめたまま動かない姉上と、ただ唇を噛むことしかできない僕。
その差はなんだ。
……答えを僕は知っている。
僕には力が足りない。それを否だと言い切れる力が、圧倒的に足りていない。
その力に、あえて名前をつけるなら、それは、信頼を有した《権力》だろう。
だが、それでも僕は叫ばなければいけない。
正しい現実を伝えなければ。
「姉上はそれを信じているのですか? 神獣フェンリルが魔軍暴走を引き起こしたと?」
「…………」
姉上は何も答えない。その事がとても悔しくて、僕はとうとう我慢できなくなる。
「それは違うっ! 大嘘だ! フェンリルは僕を助けてくれた! 魔軍暴走を引き起こしたのは――」
「ユノっ!」
「っ……!」
初めて聞く姉上の焦った声に僕はひるんだ。
姉上が僕の耳元に黒髪をなびかせながら顔を寄せる。
「……滅多な事を言わないで。お姉ちゃんじゃ庇いきれなくなる」
「証拠はあるんですか……? フェンリルがやったという証拠は……?」
「無いわ。けれど、それを否定する材料も無い」
なんだよそれ……。
僕はフェンリルを流し見た。
今、どんな気持ちで僕らの会話を聞いているのだろう。
女神アスタロトの悪事を止めようと動いた結果が目の前に広がっている。
そんなのあんまりな話じゃないか。
美しい黄金の瞳を僅かに揺らしながら、ただ黙って力なく座るその姿が、僕にはたまらなく悲しく見えた。
だから、僕はあきらめない。
「証拠ならあります。僕が全てを知っている!」
「……そうね。お姉ちゃんもそれを信じたい。でももうフェンリルの討伐は決定事項なの。言ったでしょう。これは勅命。そしてそれを複数の神々が支持している」
複数の神々が支持している……?
そいつらは本当に神なのか。
僕はそう思わずにはいられなかった。
「そんなデタラメな……不確かな理由でフェンリルを……?」
「……ユノ。忘れないで」
姉上の黒い髪がふわりとなびく。
「この世界で、神の言葉は絶対よ。それがこの世界を救った英雄ならば尚更の事。それを覆すのは容易な事じゃない」
……つまり、つまりだ。フェンリル討伐を支持している神の中に、アスタロトと同等の名声を持つ神がいる。
それを理解した時、嫌でも気づいてしまった。
――僕では、この腐ったシナリオを正せない。
僕の知らない大きな力が、嘘を事実に昇華している。
「貴様、まさか魔軍暴走を引き起こしたのはフェンリルでは無いとでも言いたいのか?」
いつの間にか姉上の背に控えていた銀色の騎士。
その兜の間から向けられる敵意に僕は思わず目を泳がせた。
「……そうです。違います。フェンリルじゃない」
僕がそう呟くと、重い空気がこの場を包み込む。
そして姉上の目が鋭く僕へと向けられた。
警告のつもりなのだろう。
「では、一体誰が黒幕だと?」
騎士の男の低い声。確信がある。僕の答えによってはこの騎士の男は敵になる。
それでも僕は――。
「それは……女神アス――」
「――青い流星」
僕が最後まで言葉を紡ぐ前に、姉上はそう言って僕を見つめた。
「青い……流星?」
なんだそれは。
「突如現れたその神の事を私たちはそう呼んでいるわ」
「姉上? 一体何を?」
僕は混乱した。姉上の口から突然飛び出して来た『青い流星』
どれだけ記憶を巡ってもその言葉の意味を理解できない。
「……ユノは見ていないの? あの青い流星を」
僕の様子を伺う様に、アリスが神妙な面持ちで横からそう呟く。
それに続くように、姉上が再び口を開いた。
「女神アスタロトと神獣フェンリルの戦いの最中、突如として現れた神クラスの魔力量を持つ正体不明の青い流星。私たちはその行方も追っているわ」
僕はそれを聞いてやっと理解する。姉上とアリスの言う『青い流星』
それは恐らく僕の事だろう。
だが、それを知って何になる? 何故姉上は突然この話を僕に聞かせたのだろう。
そんな事を考えていた時、マロの耳障りな声が響き渡った。
「おいおい、生きて帰ってきたと思ったら、今度は神獣フェンリルが助けてくれただぁ? 何言ってるんだお前。なんで魔軍暴走を起こした化け物がお前を助けるんだよ」
周囲にいるマロの取り巻き達は、皆揃って僕を見るとニヤニヤと小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
僕はそれを黙って聞いた。
……これが現実。僕がどれだけ叫ぼうと、状況は一向に良くはならない。
「……ふざけるな」
これが僕の限界なのか? 本当に?
僕の魔力量は神にも匹敵するらしい。それなのに僕は今こんなにも無力だ。
――『あの子を助けてあげてください』
神様の言葉が頭に浮かぶ。
このままでは僕は、その願いすらも叶えられない。
「……ふざけるな……!」
僕の目標。女神アテナを最高神にする。
それすらも今は揺らぎかけている。
だってそうだろう?
こんな腐った世界では、女神アテナは輝けない……。
瞬間、ふと頭の中が真っ白になる。
輝けないのではない……こんな世界で輝いてほしくないだけだ。
「綺麗にしなくちゃ……」
気付けば僕は呟いていた。
……ああ。そうだ。何を勘違いしていたのだろう。
腐った世界が気に入らないなら、神様に相応しい世界に僕が変えていけばいい。
綺麗で、美しい神様の為の世界を僕が創ればいいだけだ。
その為にはまず、この間違った物語をぶち壊す。
頭の中で思考が巡る。
自分でも驚くほどの頭の回転。それによっていくつもの考えが浮かび上がり、より良い選択に絞っていく。
その一『現実を受け入れる』
フェンリルの討伐も、見つからない限りは問題にはならないだろう。事実、すぐそばに対象がいるというのに、まだ誰もその真実に気づいていない。このままフェンリルを連れて帰る。これが一番無難な選択だ。
――――――本当にそうか?
確信はないが恐らく姉上は疑っている。それが姉上だけならいいが、この先ずっと誤魔化す事は難しいだろう。最悪、神様やルナの身にも危険が及ぶ。
よって却下だ。これでは根本の解決には程遠い。
その二『力を示す』
誰も無視できない程の力を僕が示す。フェンリルに危害が及ぶのならばそれを力づくで……いいやこれも論外だ。その結果、女神アテナの名は地に落ちる。姉上だって無事では済まない。
……考えろ僕。答えはすぐそばにある筈だ。
その三『魔軍暴走を引き起こした存在を書き換える』
「…………っ!
…………これだ。これしかない。
だが、その方法は?
女神アスタロトでは駄目だろう。勿論ルシファーも論外だ。僕はそれを嫌と言う程理解している。
……僕が魔軍暴走の黒幕だったというのはどうだろうか?
力を示せば真実味は帯びてくる。
いいや駄目だ。もう既にその結論は出ていた筈だ。それでは僕の計画に支障がでる。
神様や、ルナ。姉上たちを悲しませるのでは意味が無い。
考えろ。考えろ……!
僕の周りには何がある。僕が使える手段はどれだけ残っている。
正体を隠す為姿を変えた神獣フェンリル。
そして僕の目の前には姉上がいる。
他にいないか? 魔軍暴走を起こし得る力を持つ者は……!
――瞬間、僕の思考がその結論を弾き出す。
「……っ!」
いる……いるじゃないか。
まだ正体不明の、神クラスの魔力を持つ存在が。
ユノ・アスタリオでは駄目だ。
僕では正せない現実がある。
それをはっきりと理解した。
姉上やアリスの言う『青い流星』
神と認識せしめた力を持つソイツならこの腐った現実を変えられるだろうか。
いいや。違う。変えるんだ。
創られたシナリオを僕の手で塗り替える。
その為には新たな力が必要だ。
僕の存在そのものを変えられる。そんなスキルがあるならば。
後は簡単。そうだろ僕。
ちょっとだけ本気を出せばいい――。
読者様の温かいご声援のお陰で月間総合ランキング2位月間ハイファンタジー1位にランクインいたしました……!
ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます!
これからも楽しみながら書いて参りますので引き続き何卒よろしくお願いいたします。
次話、ユノが飛びます。




