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2話 「ただ笑顔が見たくて」

 


「きたきたきたぁ!」


 クラスメイト達が興奮している。


 ソレイユ先生に連れられて教室に入ってきたのは一人の小さな少女だった。


 元は美しかったであろう白銀の髪は酷く傷み、古くない痣が白い体のいたる所についている。


 人間では無い。僕はそう悟った。


 人間と呼ぶにはあまりにもその少女は美しすぎたのだ。


 その少女は真紅の赤い瞳で僕達を見渡すと、痛々しい笑みを浮かべながら小さな口で言霊を紡ぐ。


「みなさん……こんにちは。そして初めまして。私は名もなき神。――――野良神(ノラガミ)です」


 鈴の音を鳴らしたような少女の声が教室に響く。


 教室は先ほどまでの喧騒とは打って変わって静まり返った。


 だが、それも一瞬の事だ。クラスメイト達は互いに顔を合わせると、堪え切れないと言った様子で嘲笑をこぼし始める。


「この神はある意味有名だから知っている者も多いだろう。これから君たちに、神との契約についての注意点をこの神自身の口から伝えてもらう。こんな機会はめったにないぞ」


 ソレイユ先生はそう言うと赤い瞳の少女――野良神に視線を送った。


 嫌な予感がする。


 そしてその予感は――的中する。


「皆さんは、私のような存在、野良神を知っていますか……?」


「はぁい! 知ってます! 名前の無い弱い神様の事です!」


 マロのそんな声につられて、クラスメイト達が笑う。僕は笑えない。


「その通りです。私たちは名もなき神。したがって契約しても貰える恩恵はごく僅かだと言われています。なのでこれから皆さんが私のような野良神に騙されぬよう、いくつか私たちのルールを教えたいと思います」


 名も無き神は、儚げな笑顔で僕たちに告げる。


 神には絶対に逆らう事のできないルールがあるという。


 それは名を尋ねられたら、必ず答えなければいけないというものだ。


「ですので、もし、神と契約をする時は、必ず名を尋ねるようにしてください。それだけで望まぬ契約は避けられるでしょう」


「じゃあ質問がありまぁす! 神様のお名前はなんて言うんですかぁ?」


「……私は名をもっていません」


 その瞬間だった、マロを始めとしたクラスメイト達が笑い出す。

 そこにははっきりと侮蔑の念が込められていた。


「……今のが……良い例です。私のような野良神は名を名乗る事ができません。ですのでみなさん……私が言った事を忘れないようにしてください」


 そう言って少女――野良神は言葉を締めくくると寂しそうな笑みを浮かべた。


 ……何だコレは。


 僕は一体何を見せられている?


「はぁい! 質問がありまーす! たしか野良神と契約したら名前を好きにつけていいって聞いたんですけど、それは本当ですかぁ?」


 マロは依然としてニヤニヤした表情でそう問いを投げかけた。


「はい。その通りです」


 それを聞いたマロはその顔に暗い笑みを灯した。


「じゃあ、俺が契約してあげますよ」


 マロはそう言うと、少女の前に歩き出る。


 ――嘘だ。そんな事はこの場にいる誰もが知っていた。


 しかし、神の反応は違っていた。


「え? ほ、ほんとですか……?」


 真紅の瞳が輝いた。そこには希望と呼ぶには大きすぎる程の期待が込められている。


 やめろ、マロ。やめてくれ。


 僕は動くことができない。何が起こるかなんて明白なのに。

 僕は奇跡に等しい可能性を期待してしまったのだ。


「もちろん。本当ですとも。で、契約ってのはどうすれば?」


「は、はい! 片膝をついて、私の……その、手の甲に口づけをしてください」


 野良神の少女はいてもたってもいられない様子で顔を赤くし、目を潤ませている。


「片膝をつく……ねぇ」


 マロはしぶしぶと言った様子で片膝を地面につく。その姿は王の前に傅く騎士の姿によく似ていた。


「あ、あの、本当に良いんですか……? 私、名前もないし、与えられる恩恵だって殆ど何もないです……」


 野良神の少女はそう言って、期待に満ち溢れた瞳をマロへと向ける。


 マロの顔が凶悪に歪んだのはその時だ。


「いやいや、何言ってるんですか? 名前ならもうあるじゃないですか」


「……え?」


 マロはそう言うとその場に立ち上がり、笑い声とともにこう告げた。


「――《無能神》。それがあなたの名前でしょ? 有名ですよねぇ。ん? そんな素敵な名前がもうあるんだったら俺がわざわざ名前をつける必要はありませんねぇ」


 希望は打ち砕かれた。


 神の輝いていた赤い瞳が悲しく陰っていく。


「けど、いい練習になりましたよ。無能神様のおかげで()()は上手にできそうです」


 ――怒っていい。怒るべきだ。


 名が無いと言っても神の筈だろ。


「……どう、いたしまして」


 そう言って神は悲しく笑った。


 僕は拳を握りしめる。


 ふざけるな。たかが人間が、神を侮辱していいものか――。


「おい、お前らも練習しとけって。仮にも神だからきっと良い経験になるぞ」


 マロがそう言うと、何人かは笑顔でマロの元へと歩いて行く。


 ソレイユ先生は動かない。何を考えているのか読めない表情で、事の成り行きを傍観している。


 何が、最高峰の学び舎だ。こんなやつらしかいないのか。


 ……いや、よく見ると隣のアリスは勿論の事、何人かは不快そうな表情をして(うつむ)いている。


 だが、動かない。何故だ?


 何故こんなものを見せられて黙っていられる?


 僕は覚悟を決めると席を立ち、続くように足を踏み出した瞬間、アリスの腕が引き留める。


「何をするつもり?」


「アリス、君は知っていたのか?」


 僕の問いにアリスは小さく頷く。


「この学園では有名なの。12年間だれとも契約せずにいる野良神がいるって」


 12年間……僕らが生まれた時からあの神はこんな場所にいるのか。


「変な気は……起こさないで」


「なんだよ、それ」


「今度こそ私は庇いきれなくなる。私言ったよね。この学園に入って高名な神と契約さえできればユノは生まれ変われるって。あの神はそれじゃない。だから同情してはいけない。私たちがあの神にできる事は、ただ何もせずに黙っている事よ」


 ……ああ。アリス。君はどこまでも僕を分かっている。


 だから君は言ったんだ。僕は見ない方がいいだなんて。


「アリス。ありがとう。君だけは、僕がどれだけ無能でも最後まで友達でいてくれたね」


「当然でしょ! ……だから、ユノお願い……行かないで。私、あなたの事――」


 ――僕は歩き出す。


 寂し気に笑う神に群がる馬鹿共を押しのけて。


「おい、お前! 横入りすん――」


 気づいたんだろう? そうだ。それでいい。今の僕をこれ以上怒らせるな。


 初めは列になっていた。それが次第に左右へと別れて、道になっていく。


 僕は歩く。その道を。


 だが、それを黙って見ている馬鹿ではない。


「おいおい、なんだなんだ? ユノ、なに怒ってんだよぉ、そう本気になるなって。練習だよ練習。神様だって許してくれてるぜ? それともなんだ? 同じ無能同士、共感しちゃったとか?」


 マロはそう言って笑うが、続く者は現れない。


「……退()け」


「……はぁ? 今お前なんつった? 俺にぶっころ――」


 固めた拳をマロの腹部に炸裂させる。


「か……かひぃ……」


 よだれをみっともなく垂らしながらマロはその場でうずくまると泡を吹きながら昏倒した。


 そうして僕は、神の御許へとやってきた。


「え? あ、あの……」


 僕は片膝をつく。


「……え?」


 神は驚いていた。それもそうだろう。

 先ほどまでとは決定的に違う。何かを感じているはずだ。


 僕は決意の瞳を神へと向ける。


「神様、どうか僕と契約してください」


 神は初めに驚いて、次にその顔を嬉しそうに綻ばせた。


「……ほ、ほ、本当ですか? いじわるじゃなく……?」


「試してみますか?」


 僕がそう言って笑うと真紅の瞳が涙にぬれた。


 神が僕へと手を差し伸べる。


 僕はその手を優しくとると、シミ一つない白く美しい手の甲に口づけをした。


 ――今ここに、契約は成立した。


 その瞬間、神様の身を眩い光が包み込む。

 僕を中心に生まれた風が神の白く美しい髪をなびかせる。


「どうか、どうか私に、名前をください」


 名前……僕は不思議と悩まなかった。


「……アテナ。それがあなたの名前です」


「アテナ……アテナ。それがわたしの神名……」


 神――アテナが大粒の涙を真紅の瞳に貯め、その身を覆う光に負けない程の美しい笑みを浮かべる。


 ああ。僕はこの顔が見たかった。


 アテナに涙は似合わない。これからは僕が傍にいて守ってあげよう。


 その為なら僕は――。


「……あなたの名を教えてはくれませんか?」


「ユノです。ユノ・アスタリオ」



 ――ちょっとだけ本気をだしてみる。



 

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今まであったのを気づきませんでした! ポイントが5ポイントしか入れられないのを残念に思います。 「ちょっとだけすいませんでした。」と 謝っておきます_。 これからはしっかりと応援し続けて生きていき…
ユノ君~!めちゃめちゃかっこいいじゃん!!! アリス君もユノ君のことをちゃんと分かってくれてるの最高~! アテナ様~!純粋で美しい神様…! クラスメイトめ~… 神様に酷いこと言わないで~ めちゃめちゃ…
[気になる点] ・ソレイユ先生は動かない。何を考えているのか読めない表情で、事の成り行きを傍観している。 止める事も無かったし、ソレイユは結局当時の野良神を生徒に馬鹿にさせるために連れて来た訳か …
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