19話 「視線、重ねて」
川沿いに作った拠点で火の番をしていると、見知った顔が近づいてきた。
「アリス。君もここに拠点を?」
「ええ。川沿いで人が少ない所を探していたの」
どうやら考える事は一緒のようだ。
「アイン様もお久しぶりです」
僕がそう言って頭を下げると、アインもまた優雅に礼を返してくれた。
「お久しぶりです。ユノさん。ご一緒してもよろしいですか?」
「ええ。アリスとアイン様であればお嬢様も文句は言わないかと」
こうして二人が合流し、さてご飯だ! という時間になって更に一人が合流する。
「やぁ、みんな。元気にしていたかい?」
金髪のイケメン、クライムである。
「お久しぶりです、ルナ様。エルロード家が嫡子、クライム――」
「ええ。分かったわ。今手が離せないの。後にしてくれるかしら」
案の定、魚を切る事に夢中なルナには相手にされていないのだが……何故だろう。クライムは嬉しそうに笑って、目を輝かせた。
それにしてもクライムか。一人で来たという事は、クライムのお嬢様はきっとこの合宿には不参加だったのだろう。
……ちょっとだけ緊張するな。なんといってもクライムと顔を合わせるのはお見合いの時以来である。
だが、そんな僕の心中を察してか、人懐っこい笑顔を浮かべながらクライムが近づいてくる。
「はじめまして……でいいのかな? 僕はエルロード伯爵家が嫡子、クライム・エルロードです」
そう言ってクライムは僕へと手を差し出してくる。
「ご丁寧にありがとうございます。アスタリオ家が三男。ユノ・アスタリオです。どうぞよろしくお願いします」
そして僕は、その手をとった。
……なんだろう。僕は今、少し感動している。
「ユノ君、でいいのかな?」
「ユノでいいよ。僕もクライムって呼んでいい?」
「もちろんさ。それでユノ。一つ聞きたいことがあるんだ」
クライムはそう言って突然、神妙な顔つきをする。
「ん? なに?」
「ここ、結界魔法が施されているよね? この魔法は君が?」
なんだそんな事か。
「そうだけど。アリスに教えてもらったんだ」
僕がそう答えるとクライムは何かを考えるように下を向き、なにやらブツブツと呟いている。
「クライム?」
「……あ、ああ、なんでも無いよ」
そうぎこちなく笑ったクライムは、それから自らのお嬢様が不参加であることを僕らへと説明した。
それからしばらく談笑にふけっていると待ちに待った瞬間が訪れる。
そう、ルナと神様の調理が終わったのだ。
僕は胸を躍らせながら配られた木の皿へと視線をやった。
おお!
見事な焼き魚がそこにはあった。
「上手にできたでしょうか? 私、お料理するのが初めてで……」
そう言って不安そうにしている神様に僕は満面の笑みで感想を伝える。
「完璧です神様! 僕、いくらでも食べられそうです!」
僕がそう言うと空に浮かぶ夕陽に負けない程輝いた笑顔が、神様の顔に灯る。
「まぁ、これくらいは私でもできるのよ?」
そう言ってどや顔をするルナ。
「さすがです。お嬢様。……ではいただきます」
僕はそう言うと早速、焼き魚の身を崩すと口へと入れる。
…………。
うん。不味いな。
どうしてこうなったんだろう? なんで?
噛むごとに苦みと、過剰な塩分が僕の舌を襲う。
そしてそう思ったのは僕だけでは無いのだろう。
アリスとアインは一瞬顔を引きつらせると、その後何事も無かったように咀嚼し、水と一緒に飲み込んでいる。
そしてクライムはというと……。
「うん。素晴らしい味だ! 絶妙なほろ苦さと、疲れた体に嬉しい塩分が絡み合い、豊かなハーモニーを奏でている!」
ものは言いようである。
「ユノさん……どうでしょうか?」
「それで感想は?」
二人の銀髪美少女が僕を見つめる。
よし。
「素晴らしい味です! 絶妙なほろ苦さと、疲れた体に嬉しい塩分が絡み合い、豊かなハーモニーを奏でていますよ!」
「そうですか……! 良かったです!」
「そう。まぁ、当然ね」
そう言って二人が魚へと目を向けた瞬間だった。
僕はすぐさまクライムへと視線をやる。
すると案の定視線が重なった。
――「クライム、分かっているな?」
――「もちろんさ」
この時僕とクライムの心は一つになった。
「ではいただ――」
皿の上に乗っている魚全てを――喰らう。
もう一心不乱に魚を口へとかきこんだ。
「ユ……ユノさん?」
驚き困惑している神様の声が聞こえたが、今はそれどころではない。
口の中に広がる苦みと塩分のハーモニーと戦っている真っ最中である。
そうして僕とクライムは残り全ての焼き魚っぽいなにかを食べきると、口を合わせてこう言った。
「「ごちそうさまでした!」」
僕らがそう言うと、神様とルナはそろってぽかんとした表情を浮かべ、固まっている。
「ごめんなさい。神様、お嬢様、あまりのおいしさに……つ……うぅ」
僕が吐き気に襲われた瞬間、クライムがフォローに回る。
「あまりのおいしさに、つい羽目を外してしまいました。申し訳ございません」
そう言って頭を下げるクライムに続いて、僕も頭を下げる。
「本当ですか! お口にあって良かったです!」
「……そういう事なら悪い気はしないわね」
そう言って微笑む二人を見た僕は、良かったなぁと思いつつも――。
「ではすみません! お二人の分の魚を捕ってまいります!」
川へとダッシュ! はちきれんばかりの力を込めて走り出す。
そんな僕の背に続くように、クライムが青い顔をしながら追いかけてきた。
「ぼ、僕も手伝おう!」
クライム、必死である。
無論その気持ちは僕にも分かる。
こうして僕とクライムは川で何度も吐きそうになりながらも、魚の確保に奔走するのであった。
合宿ほっこり編はこれでおしまいです!
次回予告――「ユノvsクライム」




