138話 「救世主?」
「……はは、まぁまぁ――」
瞬間、二つの重圧が視線となって僕を貫いた。
「……ッスー」
僕は息を深く吸い込んだ。
瞬間巡るいくつも展開。それを想像しながら慎重に口にする言葉を組み立てていく。
『どちらも正しいと思います!』
……考え得る中で一番無難な回答だろう。
しかし――。
『え~ユノくんって意気地なしなんだねぇ。で? どっちかって言えばどっち?』
『……正直、失望したよ。君であればもっと適切な回答を導けるはずだ。それで? 強いて言えばどっちなんだ?』
……これでは駄目だ。戻ってしまう。
もちろんそれで場が丸くおさまる可能性も無くはないが……。
「「…………」」
じっと僕を見つめ続ける二つの目は僕の逃走を決して許さない。そう思わせるだけの確かな迫力があった。
……なんでそういうのは息が合っているのだろうか。
いやいや、余計なことは考えるな僕。
よーく考えてみれば、求められていることはそう複雑なことじゃない。
どちらが正解なのか、なんて難しいことを問われているわけでは無いのだ。
単純に、ツヴァイとフィーアさん。どちらの考えにより共感できるか、というシンプルな問いかけ。
ここで重要なのは、客観的にではなく、僕自身の立場として考えることだ。
そういう意味では僕の考えにより近いのはフィーアさんの方ともいえる。
暗部が邪神の配下として動く。
その不条理さはロイド先輩に直接言ったように歪なものであることは疑いようが無い。
となると、僕が口にすべき言葉は――。
『どちらかというと、フィーー』
瞬間、鋭い切っ先が僕の頬のすぐ横を通り過ぎた。そんな未来が脳裏をかすめる。
「…………」
…………まぁ?
フィーアさんは綺麗なお姉さんなわけだし。
僕の勝手な推測に過ぎないが、精神年齢もツヴァイよりは高いような気がする(願望)。
あえてツヴァイに賛同することで生まれるかもしれない混沌を避けるのは一つの正解ではないだろうか?
それを軸に理由付けをしていけばいい。
さっきは僕個人としての考えを述べた結果、流血沙汰(想像)になったわけだから今度は客観的に考えてみればいいのだ。
結果、正直、どちらも間違っていないと思う。というのが結論だ。
であればどちらでもいいわけで、より予測が難しいツヴァイをよいしょするのが正解とも言えよう。
「…………」
そ、それに僕は綺麗なお姉さんに目がないのは確かだが、ツヴァイのようなポニーテールも素晴らしいと思っているタイプなのである。……よってツヴァイが正しい。今回はそのように。
………………あ、フィーアさんも黒髪ポニーテールだ。
「――――」
元々混乱していた頭の中が真っ白になっていく。その中で小さな翼をパタパタ動かして浮かぶ女神アテナの可憐なお姿が現れた時。
「…………?」
僕はその違和感にようやく気が付いた。
突き刺さるようにして向けられていた重圧が消えている。
……いいや、今も尚、二人の顔は僕の方に向けられたままだ。
けれどさっきまでとは何かが違う。
視線、瞳……表情。
まるで何かに驚いているような。
…………うしろ?
僕が振り返ろうとした――その瞬間だった。
「お前もなかなか難儀なやつだな」
そいつは肩を組むようにして僕の首に腕を回すと、耳元で囁くようにして言う。
「話を合わせろ。悪いようにはしない」
「…………え?」
是非もなく、僕はただただ呆気にとられていた。
金色の頭髪と、どこかアスタロトを連想させるほど整った顔と赤い瞳。
その横顔は、一瞬美しい女性と見間違うほどで――。
そんな思考は、先ほどまでとは比べられない程の重圧に塗りつぶされた。
「……だぁれ? あなた」
「……貴様。何者だ」
そう口にして笑うように目を細めるツヴァイと、表情を硬くするフィーアさん。
彼女たちから放たれる重圧。
……重圧?
いいや、これはそんな生易しいものではない。
さきほどまでのにらみ合いが霞むほどの、強烈な殺気だ。
「――しかし動かない――動けない。いいぞ。それが正解だ。どうやらお前らもアタリのようだな」
しかし、それらを気にする素振りも見せないまま、男は少しだけ嬉しそうに口の端を吊り上げると、再び僕の耳元で囁いた。
「いいかユノ・アスタリオ。難しく考えることは間違いじゃない。だが、それが足を止める理由になるのであれば……」
男の赤い瞳が、僕を横からのぞき込む。
「そもそも選択するという『選択』そのものが非効率な場合もあるわけだ」
「……」
難しいことを言われている気がする。
僕がその曖昧さを理解しきる前に、男は補足するようにして言葉を続けた。
「ようは肩の力を抜けって話だ。時には流れに身を任せてみるのも一つの手だろ? それでも壁にぶち当たった時は、力で示せよ」
「……ちから?」
男は小さく頷くと、僕に向けていた視線をツヴァイとフィーアさんの方へと向けた。
「あいつらが動けないのは俺の力あってのことだ。そして、そんな俺がここに在るのも、お前の力あってのことなんだぜ? お前自身が今日、ここにいることもな」
「…………」
言いたいことは分かるが、女性二人に睨まれた場合に示す力とは一体何だろう、と考えた時、場の緊張感にはまるで合わない気楽そうな笑みを男は浮かべた。
「どっちも可愛いですとか言えばいいじゃねぇか」
「…………なるほど?」
恐ろしい程の力技だ。……論点のすり替え……というやつだろうか?
僕がそれなりに納得していると、痺れを切らしたかのようにして、ゆらり、とツヴァイがナイフを持つ手を胸の前に構えた。
「……」
この男のことを完全に信頼することは僕にはできない。
けれど事実としてポチの顔見知りであることも確かだ。
なにより敵意がないことはおぼろげながら僕も感じとることができている。
どう収集をつけようか考え始めた時、男はため息交じりに口にした。
「まぁ、そうカッカすんなよ。ロイド・メルツの協力者……とでも言えば通じるか?」
その言葉にはっきりと動揺を見せたのはフィーアさんだった。
「……貴様が? ロイド様の?」
男は肩をすくめて僕に回していた腕を解くと、敵意の無さをアピールするようにして両手を宙に気だるそうにあげた。
「ああ。嘘じゃないぜ?」
「では、何ようだ。協力者であることが事実として、今、我らの前に現れた理由にはならない。そのための集会のはずだが?」
「その通り。そのための魔女の集会だ」
「……」
「だが、もちろんこうして事前にお前らの前に現れたことには理由がある」
「……その理由を私はきいている」
男は軽薄そうに笑いながら、肩をすくめた。
「なぁに。そう難しい話じゃない。叶うなら事前に火種は摘んでおこうと考えたまでだ。円滑な話し合いこそが俺の求めるワルプルギスでな」
「……火種だと?」
その言葉をきっかけにしてフィーアさんは全身に魔力を纏わせた。
男はまるで気にしていない風に言葉を続ける。
「ああ。火種だ。中でもお前らが厄介そうだと思ったから俺がわざわざ事前に来てやった、という話さ」
「……はっきり言ってみせろ」
男はどこか楽しそうに鼻を鳴らすと、口の端を吊り上げて言った。
「そういえば、自己紹介がまだだったな――」
事前。ああ。たしかにこれは必要だ。
そうなったことを喜んでいいのかは僕には分からない。
けれど、男の名を聞いた瞬間、僕が思ったのは、男が火種と言ってみせた言葉に嘘はなかったということだ。




