137話 「星空と」
「いや~星がキレイだね~やっぱ男の子と歩くならこんな夜じゃなきゃ。ね?」
「はい」
僕の手をとったまま前を行くツヴァイに連れられるようにして、僕はカンナの夜道をおっかなびっくり歩いていた。
なぜ、僕はびびっているのか。
それは突然何をしでかすか想像できない少女に片腕を封じられているということが一つ。(不思議と悪い気はしないが)
それから――。
「「…………」」
ちらりと確認するように後ろに目をやると、綺麗なお姉さんと視線が重なる。
……フィーアさんである。
カンナに足を踏み入れた瞬間に僕の目の前に、にっこり笑顔で現れた少女ツヴァイ。そしてほぼ同時に僕の背後をとるフィーアさん。
僕からしたら夜道で突然、風のような速さで前後を挟まれた形になる。
シンプルに怖かった。
例えるなら機嫌の悪い姉上と目を合わせる時と同じくらいの恐怖感だ。
挟まれたら色が変わる遊戯があったような気がするが、それでいうと僕は僕ではいられなくなるのだろう。
そんな緊急事態から一転、僕の手をとって前を歩くツヴァイと、そんな僕らを観察すようにして後ろを歩くフィーアさん。
僕の現状を説明するとそんな感じになる。謎である。
ただ、それをメリットと呼んでいいのかは分からないが、少なくとも僕が少し苦手に思っているこの街特有の獲物を物色するような視線を周囲から感じないのは恐らく偶然ではないのだろう。
それが本能なのか、知識なのかは不明だがこの街の住人はきっと理解しているのだ。
僕の前後を挟んだ――彼女たちの強さを――。
「……」
と、よく分からない状況を頭の中で整理していると、突然前を歩いていたツヴァイの足がピタリと止まった。
当然、つられるようにして僕の足も止まる。そして恐らくはフィーアさんも。
「……」
つかのまの静寂。
生ぬるい風が僕らの間を吹き抜けていく。
「あのさぁ」
そのためいき交じりの声は静寂の中でよく響いた。
亜麻色のポニーテールをふわりとなびかせて、くるりと回る。
そして僕……いいやフィーアさんへ向き合うようにして振り返ると、まぶしい笑顔と共に――。
「ナニ?」
一言。
それだけを告げて、フィーアさんを見つめたままニコニコと笑っている。
思わず頬が緩んでしまいそうになる可憐な笑顔と、ゾッとする程光を感じさせない瞳。そして感情を覆い隠すような単調な声色。
僕はツヴァイのその問いが友好的なものでは無いことを不思議とわかっていた。
……不思議? いいや、もしかしたら経験則なのかもしれない。
女神アテナが『なんでもない』と口にした時は、気を遣わせてしまっていることがほとんどだし、アリスが『なんでもない』といった時は、なんでもない、なんてことは無かったりするのだ。女性の心の機微を察してこそ真の紳士、真の騎士であると思う。
……僕も成長したものである。
ちなみにルナが『なんでもない』と言った時は、本当にその通りだったりもする。エリスに至っては『なんでもない』なんて言わずに『なんかやれ』と言うだろう。
…………。
僕が頭の中で答えへ繋がる迷路にとらわれかけていた時、フィーアさんもまた、最初のツヴァイと同じようにため息混じりに口にした。
「……それでは質問にならないぞツヴァイ。問いを投げかけたいのであれば言葉は詳細に口にしろ」
「もっちろん。でもフィーちゃんには通じる。それが全てでしょ? 私だって相手ぐらい選ぶよ。普段はちゃーんと言うように気をつけてる。……意図を見透かせないような頭の足りない人相手には特に……ね」
「…………」←ぼく
フィーアさんは呆れたようにため息をつくと呟くように言う。
「ひとりよがりなやつめ」
「みんなそうだよ? 本当はね。知らなかった?」
ツヴァイはケタケタと笑う。
いてもたってもいられない状況の中、フィーアさんは構え直すようにしてツヴァイへ鋭い視線を向けて口を開いた。
「……私はユノ君を待っていただけだ。そこにお前も現れた。だから困っていた。どうするべきかも考えていた。無言の理由もそれだ。以上」
「私がいちゃだめなの? えーフィーちゃんユノくんにナニするつもりー?」
「茶化すな。……それで? お前はなぜここに?」
フィーアさんのその言葉を聞くやいなや、ツヴァイはニヤリと笑みを浮かべると抱きしめるようにして僕の腕を自らの胸元に引き寄せた。僕の時は止まった。
ツヴァイは耳元で囁くように言う。
「ユノくんと一緒に行きたかった。それだけ」
その破壊力たるや僕には効果抜群である。
ほのかに香る甘い匂いもあって顔が熱くなりかけた時、僕をのぞき込むツヴァイの瞳のあまりの暗さに、僕は冷静さを取り戻す。
それが分かったのだろうか。
悪戯がみつかった子供のような表情をしてツヴァイは僕の腕を離すと、小さく首をかしげてみせた。
「シンプルで分かりやすいでしょ? それで? もう一度きくけど、フィーちゃんのそれは私がいたらできないのかな?」
「……」
「私がいるとできない話を……同じ組織の幹部である私には聞かせられないような話をユノくんにしようって……そういう意味だよね?」
「否定はしない」
空気が凍り付いたと感じたのは気のせいでは無いのだろう。
はっきり言葉にするツヴァイも相当だが、一切言い訳をしないフィーアさんもまた恐ろしい。
ただ、分かっているのは、僕が「まぁまぁまぁ」とか割って入っていい状況ではないことは確かだ。僕は固唾をのむようにして願った。
神様。どうか、会話の矢印が僕に向きませんように。
ツヴァイは芝居じみた声色で悲しそうな表情をつくって口を開く。
「悲しいなぁ。私とフィーちゃんって友達だよね? なんだか仲間外れにされたみたいで……」
「時と場合にもよるだろう。友情がすべてにおいて優先されるわけでは無い」
「つまり――」
ツヴァイの声色が冷たいものに変化する。
「それは私との友情を超えるお話ってことだよね? 気になるのも当たり前……ってわけだけど」
冷たい声色。冷たい視線。
その言葉をかみ砕くようにしてフィーアさんはゆっくりと瞳を閉じると、決心したかのように鋭い目をして口にする。
「では率直に聞くがツヴァイ。おまえは今夜、どうするつもりだ?」
「……ふふ……あのさぁ――」
「――お前は今夜行われるワルプルギスでの議題である邪神への服従についてどう思っているのか、という意味だ。言葉が足りなかったようだ。すまない」
「…………あはっ☆」
「……ほしが……きれいだ」
「どうもこうもないはずだけどなぁ」
ツヴァイは不思議そうな顔をしてフィーアさんへと一歩進んだ。
「ロイド様が行けって言ったら私は行くよ?」
再び、一歩、ツヴァイは進む。
「そういう風に生きてきたわけだし。今更変わらないし、変えられない」
「……それがお前の意思か? ロイド様がお認めになった邪神であれば、従順にすべてを遂行してみせると?」
僕を前から通り越して、ツヴァイは進む。
「べっつにそこまで従順ってわけじゃないよ? 知ってるよね? ただ、それが命令ならそうあろうと努力はするかも? 強いていうならそれが意思。そうするって決めてるわけだしね……そもそも――」
ツヴァイは下からフィーアさんをのぞき込むようにして言った。
「ボスに従うのが組織の部下ってもんなんじゃないの~?」
フィーアさんはツヴァイを見下ろすようにして言う。
「そして、時には諫めるのも部下の役目だ」
瞬間、音を立てて吹く風が、その状況を壮大にして見せた。
少なくとも僕にはそう見えた。
以前、神獣の森でルナと姉上がなにやら言い合っていたが、その時の状況を彷彿とさせる光景だ。いいや、もしかしたらずっと悪い状況なのかもしれない。
そんな時、不意に二人の顔が僕を向く。
「「ユノ君はどう思う?」」
「――――――――」
鬼パスである。




