136話 「ワルプルギスの夜」
メルツ領『神無』
とある文献には、その日、その夜は満天の星空が広がっていたと記されている。
その出典は著者不明、意図不明の摩訶不思議な書物であったが、その内容のあまりの神秘性に歴史学者達は高揚を抑えきれなかったという。
神話のようでありながら、体験談のようでもある。
その現実離れした不整合さが、新たな知見を求める者達を強烈に惹きつけたのである。
しかし、解読が進むにつれて明らかになっていくその内容に、学者達は皆一様に首を傾げたという。
概略の一部はこうだ。
『かみではなきかみ』
『繝ヲ縺ョにかけてみるかちはある』
『ぽち、ぽち、ぽち』
『はっぱじゃなくてにくがよいといえないわびしさ』
『かみとするにはおさなすぎる』
『るなはかしこいにんげんじゃ』
『えりすのやつがわしのこやにかってにはいってくる』
『ひみつきちにされた』
『にくがたべたい』
『かみとは (解読不明)』
『繝ヲ縺ョはねむをまきこむことにはんたいしていたが』
『わるぷるぎす』
『こよいはほしがきれいじゃ』
『じゃしんきょう』
呼応を強く感じさせないその内容から、本書は一種の日記帳に類した書物であるとされている。共通しているのは、ページ毎にある記述の最後に動物のものらしき肉球(諸説あり)が押印されている点だろうか。
本書にあった語句から『邪神教』と称されていた団体の開祖とされる『ノア』に関連するものではないか、という説が有力視されているが、真相は明らかになっていない。かろうじて同年代であると推定されている発掘物(古文書)『黙示録――著者不明』との関連から『わるぷるぎす』という催しの夜は星が綺麗であったことが示唆されている。
考古学、そして歴史学的観点から貴重な書物であることは確かだが、未だにその大部分は謎に包まれたままなのである。
ただ、著者の好物が肉であることは確かだ。
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変革の時を迎えようとしている――とは、ロイド・メルツの言葉である。
絶対である神への反逆。
その逆賊たちが集うこの夜はたしかに特別な日であると言えるだろう。
蝋燭の明かりが人影を揺らす厳かな一室。
そこに鎮座する円卓の席が、一つ、また一つと埋まっていく――……。
「……クク」
その様を眺めながらロイド・メルツは静かに笑みをうかべた。
暗部『影の月』
その幹部である『数字持ち』の集結。
精鋭達の足音が無機質な室内に旋律を生みだすその様を、ロイド・メルツは噛みしめるようにして胸の内で独りごちる。
――時は来たれり。
仮定の証明。
空想でしかなかった結論。
それらを顕す物語が始まろうとしている。
足音が響き、背中を預けるにたる仲間が集い来る。
――全ては、今宵、この時の為に。
己を含めたこの場全てが、神への捧げものである。
供物が――満ち満ちていく。
序列3位・筋骨隆々・寡黙な男――ドライ。
序列5位・引きこもりがちな少女――フュンフ。
序列6位・『鋼鉄』の異名を誇る大剣使い――ゼクス。
序列7位・切れるナイフーージース。
序列9位・「にゅ」しか喋らない(ロイド談)少女――ノイン。
一騎当千のツワモノたちが座して待つその様は、どんな宝石よりも美しい――と、半ば陶酔に近い心地で幹部たちを見渡した後、空席を確かめるようにロイドは視線を移した。
序列8位のアハトは任務遂行中の為欠席であることをロイドは承知している。
だから残るはあと三人。
「……」
その内の一人であるユノ・アスタリオのことをロイドは想った。
影の月最強の序列一位であり、同志であり特異点。
ロイドにとってユノ・アスタリオこそが今宵催されるワルプルギスに対しての絶対の自信であり、切り札である。
実力、素質ともに100点満点の男――それがロイドのユノに対する見解であり、現時点での結論だ。
「……もうすぐだ」
意図せず口から零れ落ちたその言葉に応える者はいない。
ある意味、不敬であるのかもしれない。
それでもロイドには確信があった。
ノア様であれば、ユノ・アスタリオへの評価を間違わない。
――そしてユノの瞳には神ノアはどう映るのか。
それが気になって仕方がない。
正直言ってこれまでの対話の内容からして、ユノが神ノアに否定的であるのは疑いようがない。事実、ユノから受けた忠言をロイドは常に頭の片隅に置いている。
もちろんフィーアの言葉もだ。
ワルプルギスでの流れによっては、彼らの言葉が正しかった……ということもありえるであろうことをロイドは承知している。
それは『力』に対して真っ当な決断をくだすツヴァイにも当てはまるのかもしれない。
彼らはノア様という『絶対』をどう見るのか。
「……」
偶然の一致か。ある意味そうした不確定要素と呼べる者達が、この場に未だ現れていない。
その事実に――ロイドは更に胸を高鳴らせた。
こうでなくてはいけない。
それすらも演出の一部である。
クライマックスにはまだ遠い。
いいや、幕すら開いてはいないのだ。それを楽しみに思うこの感情を、ロイドは味わっている最中なのである。
一方、そのころ。
ユノは道半ばでツヴァイに絡まれデレデレしていた。




