125話 「交差するモノ」
「…………アリス?」
足を止めたままなかなか入室しない幼馴染の肩に手をおく。
すると、ビクリと小さく肩を震わせながら、おそるおそると言った風に、アリスは振り返るように僕へと顔を向けた。
「……ユノ」
「――――」
青い瞳を潤ませながら上目遣いで僕を見るアリス。
そのあまりの可憐さに思わず正直な感想が口から飛び出しそうになるが、僕は必死にそれをのみこんだ。
確かに、可愛い。しかし、その原因が問題だ。
だってアリスは今、怯えているのだから。
「……」
僕は無言で、原因を探ろうとアリスの顔の横から室内をのぞき込んだ。
……なるほど。
僕は理解する。
薄暗い生徒会室。その中から僕らへと向けられるいくつもの視線。
興味……それから敵意、だろうか。そんな感情がひしひしと伝わってくる。
もちろん、それだけではない。
生徒会室に満ちる魔力。
それはこの生徒会という組織には実力者しかいないということを改めて認識せざるおえないほど強いものだった。それは重圧という捉え方もできるだろう。
つまり、思わず立ちすくんでしまう程の緊張感に、アリスは臆してしまっているのだ。
「……」
後ろを振り向くとクライムも青い顔をしてうつむくように下を向いたまま固まっている。
僕の視線に気づいたのか、クライムは無理やり笑みを浮かべようとしたのか、ひきつった表情をして口を開いた。
「……はは……まいったね……これは」
震えた声色で口にして、再び視線を足元へとおとすクライム。
その顔には恐怖の他にも悔しさがにじみ出ているように僕には見えた。
「…………」
…………のまれている。
上級生……それも一握りの者しか入会することを許されない生徒会。当然、そこに属する誰もが実力者揃いなんてことは、二人も分かっていたはずだ。
けれど、やはり分かっていた、だけではダメなのだろう。
実際、こうして生徒会室に広がる緊張感にあてられてしまっている。
自分で体験してみてはじめて本当の意味で理解することもあるということだ。
でも、それを責めるつもりは毛頭ない。僕も似たような体験をしているからだ。
フィーアさんとツヴァイに連れられて行った暗部での一件。
あのとき僕はこれから何がおこなわれるのか分からないという不安と緊張でいっぱいだった。
ただ、今の僕の気持ちを正直に言葉にすることが許されるなら。
「……」
僕は一呼吸おいて、口にした。
「……怖がる必要なんてないと思う」
そう口にした瞬間、アリスとクライムは同じように目を見開いて僕を見た。
どうやらその言葉は僕の予想以上に二人にとって意外なものだったらしい。
僕は構わず言葉をつづける。
「だって、僕たちは正当に選ばれた。ここに胸をはって入る資格があるんだ」
この学園に首席で入学を果たしたアリス。
そのアリスに負けず劣らず優秀なクライム。
そして闘技大会で優勝した僕。
僕たちは、実力でこの生徒会に入会を果たしてみせた。
いいや、僕以上に、この二人には正しい資格があるはずだ。
「ユノは……こわくないの?」
アリスは瞳を揺らしながら、小さな声でそう口にした。
僕は首を横にふる。
「……まさか」
まったく緊張していないと言えば嘘になる。
前提として僕は多くの人の前に立つのが不得意だから。
……いいや、不得意と言うよりは経験が浅いと言うべきか。
なにせ騎士家の無能な三男として生きてきた。
人に注目される、という経験は決して多い方ではないだろう。
「……でも、君は……僕の目には平気なようにみえる」
クライムは伏し目がちに、そう言って悔しそうに両手を握っていた。
僕は笑って言った。
心からの本音を。
「だって……一人じゃないから」
ハッとした顔をしたのはアリスもクライムも同時だった。
僕は強調するように再び言う。
「一人じゃないんだ」
これはなにごとにおいてもそうだろう。
特に、気がすすまない……なんて思う事柄であればなおのこと。
不気味な街。治安の悪そうな場所。不機嫌そうな姉上の前。
どのシーンにおいても隣に誰かがいるというのは心強いものだ。
「…………そうだね。たしかに……君の言う通りだ」
クライムはそう言って、強い意志を感じさせる瞳を僕らへと向けた。
「……はは……強いんだね……二人とも」
覚悟を決めたクライムとは違って、アリスはそう言って自嘲するような笑みを顔に浮かべた。
「……アリス?」
こんな幼馴染の顔を見るのはいつぶりだろうか。
諦めたような表情と、乾いた笑顔。
いいや、そもそもこんなに怯えているアリスの姿を僕は見たことがあっただろうか?
瞬間、フラッシュバックしたのは、綺麗な緑色……木漏れ日の記憶。
……………………そういえば昔、一度だけあった。
きっかけはなんだっただろう? 冒険者ごっこだっただろうか?
森に行くのが嫌だった僕をひっぱるようにしてアリスが僕の手を引いていた。そんな記憶だ。
案の定森の中で狼獣に囲まれてしまったあの時も、アリスは今と似たような怯えた表情をしていたっけ。
小さな頃の記憶だ。鮮明には思い出せなかったけれど。
……なんだか懐かしくて。
「はは」
思わず笑ってしまった僕を見て、アリスは少しだけむっとした表情をして僕を見た。
べつに、思い出したからってわけじゃない。
僕はアリスの手をとった。
「っ!? ユノ!?」
突然のことに目をグルグルさせているアリスの手を引いて僕は室内へと足を進める。
最後に、振り返るように視線だけを二人に向けて僕は笑う。
「さぁ、いこう。僕たちの晴れ舞台だ」