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123話 「私らしく」

 






 教室の騒がしさが心地よかった。


 窓の外を見てみると、少し煩わしいって思っちゃうくらいの青空が広がっていて、思わずわたしは小さくため息をつく。


「……」


 視界の中にあるフェリス女学園の白い校舎。

 ここから見えるはずのないルナ様の姿を探しながらも、わたしの頭の中を埋め尽くしていたのは、今日これからのことだった。


「……かえりたい」


 そんなわたしの独り言は、()()()、教室の喧騒に溶けて消えていった。


 今日もわたしは仮面をかぶる。

 当然、それは物体としてのものではなく、たとえ話のようなものだ。


 誰しもに当てはまるわけでは無いのかもしれないけど、少なくともわたしには絶対必要なもので、実際、いまもわたしはそれに頼っていた。


 悲しいけど、悲しくないような顔。

 不安だけど、不安じゃないかのような表情。


「……」


 わたしの言う仮面とは、そんなものだ。


 決して得意なわけじゃない。

 けれど、息を吸うように、自然と身に付いたわたしのそれは、たまに自分でもどうしようもなく思えるくらい簡単に、わたしの本音を覆い隠してくれる。


 でも、たぶん今はそれでいいのだ。


 心配をかけたくない、という私の本音は正しいものだと思ったから。



 そもそも、他人に心配されるくらい沈んだ表情でいることに、いったいどんなメリットがあるというのだろうか。


 …………ユノが少し構ってくれるってメリットはあるかも?



「……ふふ」



 思わず笑ってしまった。

 だってそうだ。だめだめすぎる。


 ……アリス・ローゼはそんなにか弱い女の子ではない筈だから。


 少なくとも、ルナ様ならありえない。


「……」


 私はもやもやを振り払うように、両手をぎゅっと握った。


 隣の席は空いている。

 ユノはまだ来ていない。


 今日私がすべきなのは、まずユノに謝るということ。それから、()()()()()()()()で在り続けることだ。


 暗部……ロイドさんのおかげで結果的にアテナ様とティナさんは助かったのだとしても、私の失敗は消えない。


 護衛任務の失敗。


 本来であれば、もっと責められても仕方がないはずなのに、わたしは今日にいたるまで一度だって叱責をうけなかった。それどころか……。


「……ッ」


 なんでだろうって、考えた。


 私が公爵家の娘だから?

 それとも、最初から期待なんてしていなかったからだろうか?


「……」


 暗くなっていく感情と共に、うつむきかけた時。私の目は吸い込まれるようにして教室の入口に向いた。


「……あ」


 声が出た。

 眠たそうな顔で、ユノはいつも通り教室に入ってくる。


 それを少しだけ懐かしく感じたのは、私が短くない間、学園を休んでいたからだろうか。


 目が合った。


 瞬間、私を見るユノの顔が少しだけ曇ったのが分かった。

 ユノが何を思ったのかを想像するのは簡単だ。


 ユノが私の方に……いいや違う。自分の席に向かって歩いてくる。


 ……謝らなきゃ。ごめんなさいって。


 だいじょうぶ。

 だいじょうぶ。


 頭の中で、何度も唱える。


 ちゃんと謝って、それから()()()()()に戻ればいい。

 簡単じゃないけど、できないことじゃない。


「……」



 ……あれ? いつものわたしってなんだっけ。


「――――」


 私はもういちど頭の中で唱えた。


 だいじょうぶ。

 だいじょうぶ。


 ユノが私を見て、にっこり笑う。


「おはよう。アリス」


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 …………。


 ――「おはよ。ユノ」



 私も()()()()()()、わらった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「いくわよ」


 そう言って前を行くアリスに続くように、僕は歩き始めた。

 綺麗な金色のポニーテールが目の前でぴょこぴょこ揺れている。


 そんなアリスの凛々しい後ろ姿を眺めながら、僕は思った。


 あの日とはえらい違いである。


 暗部入隊の折、真っ暗な建物の中をツヴァイとフィーアさんに挟まれて歩いた記憶が頭の中で再生される。


 なんで思い出したのかといえば、たぶん状況が似ているからだ。

 顔合わせ。懇親会。呼び方はなんだっていいけど、目的は同じだ。挨拶だ。自己紹介だ。


 あの時は、ツヴァイの不気味さや、フィーアさんの言葉もあって不安があったけど今はどうだろう。


 前を歩くのは頼れる幼馴染。

 そして後ろには。


「……」


 ちらりと背後を見る。

 すると僕の視線に気づいたクライムは自然に優しくほほ笑んだ。


 ……いつ見ても悔しいくらいイケメンである。

 しかし、仲間としては非常に心強い存在だ。


 仲間……そう。仲間だ。


 同じ学園の新入生であり、そして同じく生徒会に入会する仲間。


 そう! 今回の顔合わせ会で挨拶するのは僕だけではないのである。


 それだけでまず安心感が違うというのに、僕をサンドイッチのように挟んでいるのは、友人であるアリスとクライムである。この状況でなにを恐れるというのだろうか。


 そんな僕の心情を表すかのように、窓の外からは僕らの行く廊下を照らすように太陽の光が燦燦(さんさん)と降りそそいでいた。


「……ユノ」


 もう少しで目的の生徒会室、という時にアリスは歩きながら視線だけを僕へと向けて言った。



「挑発に乗っちゃだめよ」


 僕は頷く。


「わかってる」


 アリスの言いたいことは理解しているつもりだ。


 詳細は不明だが、去年の顔合わせ会では新入生に対して当時三年生だった生徒会員が()()()()をした、というのが生徒会室消失事件の原因らしい。


 売り言葉に買い言葉では、僕たちも同じ道をたどる可能性だってある、というわけだ。


 問題はそのイジワルが僕に向けられるだけではすまなかった場合だろう。

 事前に示し合わせてあるとはいえ、アリスやクライムの悪口を黙って聞いているのは気分が悪いし、それにもし神様を悪く言われでもしたら……。


「……」


 僕は小さく首をふった。

 それでも今回ばかりはこらえる必要がある。


 なにせ僕だけの問題ではない。

 同じ新生徒会員であるアリスとクライムにも迷惑をかけてしまうし、なにより新入生の代表として相応しくない。


 うん。我慢だぼく。


 ひとり頷きながら歩いていると、前を歩いていたアリスの足が止まる。


 到着である。


「……」


 アリスは確認するように無言で僕らへと振り返った。


「……」


 僕は頷く。


「……いこう」


 クライムは緊張した声色でそう言った。


 アリスは再び前を向くとドアノブへと手をかけて……そしてゆっくりと扉を開いていく。



「…………ッ」



 瞬間、そんな息を飲む音と共に、アリスの肩が小さく震えた。







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