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幕間 「生徒会の品格」

 



 扉を開けてすぐ、少年――生徒会二年生のレオ・ウィリアムはあからさまに不機嫌そうな表情をして、暗い室内を見渡した。


 まだ陽が落ちていない時間だというのにこの暗さだ。

 毎度どこから持ってきているのか疑問に思わずにはいられない程大きな黒い円卓。その卓上には白い蝋燭が立てられており、赤い炎がゆらゆらと揺れている。


「…………」


 レオはかけている眼鏡のずれを左手で直すと、無言で自らの席へと足を進めた。


「…………待たせたか?」


 着席して間もなく、レオはそう言って隣に座っている同じ学年で生徒会員の少女に横目で視線を送る。


「……」


 少女、ルイズ・リートはその問いに呆れたようにため息をつくと、これ見よがしに空席へと顎先を向けた。


「まだそろってないし、いいんじゃない?」


「……」


 レオはルイズが顎で指した空席を無言で眺めたあと。


「それならいい」


 一言。それだけを言うと、静かにその時を待つ。


 ――レオ・ウィリアム。


 栗色の前髪を真ん中で分けた髪型をした彼は、ウィリアム伯爵家の長男にして、去年のフェリス魔法騎士学園入試主席合格者である。

 文武両道を絵に描いたような優等生で、その整った容姿も相まって次期生徒会長との呼び声も高い人物ではあるが、この生徒会においての立ち位置は平凡といえるものだった。


【学園の二年生】という(くく)りにおいては突出した能力を有する彼だが、この生徒会内においてはその限りではない。


 上には上がいることを、彼は十分に知っているのだ。

 

 幼少期より伯爵家の嫡男として厳しい教育を受け、自らを比類なき優等生だと自覚していた彼にとって、その現実は驚きに値するものであると同時に、自らを更に高めるモチベーションのような役割も果たしていた。


 しかし、同じく生徒会に属するある一人の男に対してだけは、屈折した複雑な感情を抱き続けている。


 その男こそが、空席の(あるじ)にして現生徒会副会長。レオと同じく伯爵家の家に生まれたロイド・メルツである。


「…………」


 レオは未だ空いたままのその席に視線を向けると、眼鏡を持ちあげるようにレンズの両端に手をかけた。


 能力は認めているのだ。

 非凡な才覚がロイド・メルツにあることを、レオは()()()()()()()知っている。


 しかし――生徒会に相応しいかと問われれば、答えは【(いな)】であるとレオは考えていた。


 フェリス魔法騎士学園はこの国でもっとも名高い最高学府である。その生徒会ともなればそれこそ比類なき肩書を得ると同時に、国の未来を背負って立つ者としての義務――責任が生まれるとレオは考える。


 だからこそ当然、生徒会に所属する者には高い能力が求められているのだ。しかし、それだけでは不十分。必要なのは能力だけではなく、品格も対象になる、というのがレオの自論だ。


 品格とはつまり、家柄や血統、そして人柄のことを指している。


 それをふまえて考えた時、やはりレオにとってロイド・メルツは()()だった。


 メルツ伯爵家。

 神々を記録する者達として貴族社会では広く名が知れ渡っているが、レオは……いいや、ウィリアム家の者は知っている。


 メルツ家の真実と、その血塗られた歴史を。


 騎士家から功績を重ね、伯爵家へと陞爵(しょうしゃく)したウィリアム家にとって、暗殺をはじめ裏家業に身をやつすメルツ家は認めることのできない存在なのである。


 その対立の歴史は深く、現代もこうしてレオの中で息づいていた。


「……」


 しかし――である。

 そんなお題目は別としてレオがもっとも許せないのが、ロイド・メルツの人柄だった。


 例えば、この生徒会室だ。


(暗くする必要あるか?)


 この室内の異様な暗さは、ロイド・メルツの意向であることをレオは知っている。

 会うたびに何度も問いかけそうになるロイドに対するそんな疑問が積み重なっているのが現状だ。


 しかし、それでも口にしないのは、目を合わせることすらままならない美しさをもつ現生徒会長セレナ・バレットが辛うじて認めていることと、ロイド・メルツが自分よりも能力的に優秀であると認めているからだった。実力主義、とは少し違うが、悔しいことに既に格付けは済んでいるのだ。


 しかし、今日だけは違う。

 レオにとって、許せない現実についての話し合いがこれから行われようとしているからだ。


(必要なのは、能力と品格。……ユノ・アスタリオ。お前はそのどちらも有していない)


 レオは一人、決意を固めると再び眼鏡のズレを直すようにレンズの両端に手をかけた。


 その時だ。


()()()()()?」


 ロイドは言って、空だった席を埋めるように椅子に座ると、周囲を見渡した。

 瞬間、レオの隣に座っていたルイズが噴き出すようにして笑う。


 レオは横目でルイズを睨むと、頭の中で言葉を練りあげていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 生徒会室での話し合いが終盤に差しかかった時だ。


「では――」


 ロイドは薄く笑みを浮かべながら、その話題を切り出した。


「最後に、近々とりおこなう新生徒会での()()()について、何か意見のある者はいるか?」


 緊張が生徒会室に広がっていく。その静けさを切り裂くようにして、レオはロイドにまっすぐ視線を向けたまま右手を挙手して言い放つ。


「今年も()()()を同時に執りおこなう、という方向でよいのではないでしょうか?」


「……」


 再びの静寂だ。

 誰かが喉を鳴らす音が鮮明に聞き取れる程の静けさに、生徒会室は包まれた。


「……なるほど。歓迎会か。俺たちの代には無かったものでな。頭から抜け落ちていた」


「ボクたちの時は、ありましたよ」


 交差する視線は一つ。

 互いに向き合う形になったレオとロイドが、顔に笑みを浮かべたのはほとんど同時だった。


「一応、理由をきこうか」


 その問いにレオはひとつ頷いたあと、その場に立ち上がり口を開いた。



「はっきりと言いましょう。僕は、今年の新生徒会役員の選出に対し不満を抱いています」


 その言葉に、ロイドは不敵な笑みを浮かべると、目を細めた。


「……それは個人的な意見か? それとも二年生徒会の総意か?」


「そうとってもらって構いません。僕とルイズ、そしてイノリアの三人で話し合って決めたことです」


 自分の名前が呼ばれた瞬間に小さく肩を震わせた少女――イノリア・リートとは対照的に、イノリアの実の姉であるルイズは不敵な面構えで腕を組むと、口の端を吊り上げた。


 レオは言葉を続ける。


「ロイド副会長。あなたの()()()()()であるユノ・アスタリオの選出には、特に反対の意を表明します」


()()()()口にした覚えは無いがな」


「否定はしないのですね」


 その言葉にロイドは肩をすくめた。


「反対、とは言うが、ユノ・アスタリオの生徒会入りは決定事項だ。お前が不満を抱いたところでその決定が覆ることはない」


「ええ。知っています」


 レオはそう言うと、眼鏡をクイっと持ち上げて言葉を続ける。


「だからこその、歓迎会です。自ら辞退することに制限はないはずだ」


「ちょっと――」


 生徒会長であるセレナが、何かを言おうと口を開きかけた時、それを制するようにしてロイドが手のひらをセレナへと向けた。


 ロイドは不敵に笑って言う。


「いいだろう。好きにするといい。……それでいいな? セレナ会長」


「……」


 セレナが呆れたようにため息をこぼす様子を、可憐だと思いながらも、レオもまたロイドと同じように不敵な笑みを顔に浮かべた。


 すべてはレオの計画通り。


 歓迎会とは名ばかりで、その実態は生徒会への入会試験に等しいものなのである。

 その内容はシンプルなものだ。


 ロイドはレオに視線を移すと、こう問いかける。


「お前たちの時と同じように、殺気をぶつけるのか?」


 その言葉に、レオは馬鹿にするように小さく鼻を鳴らした。


「あいにくと僕たちは殺気などという、あいまいなモノに頼るつもりはありません」


「ほぉ?」


「彼らが……ユノ・アスタリオが入室したと同時に、この室内を僕たち三人の魔力で満たします。そうですね……自分で否定しましたが、もしかしたらその中には殺気、なんてものも混じっているのかもしれません」


 忘れもしない去年の新生徒会懇親会。

 レオ、ルイズ、イノリアの三人は当時生徒会役員だった最上級生から、入室と同時に危機感を覚える程の敵意を向けられ、交戦に発展した過去がある。


 それを武力でもって鎮圧したのが、当時二年生であったロイド・メルツとセレナ・バレットだったわけだが。


「……ふっ」


 浮かんできた嫌な記憶を振り払うように、レオは小さく頭を横にふって不敵に笑う。



 レオには自信があるのだ。

 今の自分たちの魔力量であれば、新入生如き瞬く間に戦意を喪失させることができる、と。




 その自信は確かに実力に裏付けされたものであったが、ロイド・メルツが楽し気な笑みを最後に顔に浮かべていたことが、レオは気がかりだった。




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