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122話 「日常への帰還」

 



 他の話題があまりにもインパクトが強すぎたせい……というのは言いわけだ。

 ただ、実際、ロイド先輩からの呼び出しで生徒会室に行ったあの日に限って言えば、正直僕の中で普通の学園生活でのスケジュールというのはあってないようなものだった。


 神様が。そしてティナが(さら)われた。

 幼馴染であるアリスが怪我を負った。

 そして、ロイド先輩を中心? に新たな動きを見せた暗部、と知らぬうちに通じていた神獣(フェンリル)ポチ。


 ……これだけのことが立て続けにおこってしまうと日常生活での自分、というのはどうしても希薄になっていく。


 しかし、それらが()()()()の落ち着きを迎えた今は違う(現実逃避)。


「……」


 最高峰の学び舎として名高いフェリス魔法騎士学園。その名誉ある生徒会。

 僕は闘技大会の優勝者という立場でその生徒会に入会することが決まっている。


 当然、責任は重い。

 学園生であれば誰しもが憧れる生徒会に所属するということもあるが、それ以前に実質的に新入生の代表という立場になるわけだ。恥ずかしい失敗は許されないだろう。


「……」


 僕は机の上に両肘をあげると、組んだ手の上に顎をのせた。ロイド先輩の真似ともいう。


「…………ふっ」


 女神アテナの宣伝。その目的は達成した。


 無能と名高いアスタリオ家の三男ユノ・アスタリオ闘技大会を制す。その強さの秘訣は――女神との契約だった!?


 みたいな学内新聞が掲載されたとかしないとか。


 その甲斐あってか、最近の神様は以前よりも少しだけ高く浮かんでいるような気もしないでもないし、いつみても背中の小さな翼は破壊的なまでにかわ……美しい。


 それも、これまでの行動の結果なのだ。だからこそ、である。


 新入生の代表と言う責任もある。僕自身の行動、その責任を全うするというのもある。

 しかし、なによりも僕は自ら掴んだその機会……生徒会での活動を今後も有効活用していくべきなのだ。



「ちょっとユノ! 話きいてる?」



 立ち姿のまま左手を腰にやり、右手の人差し指をビシッと僕へと向けてアリスは少しだけ眉をひそめた。


「……もちろん」


 アリスは青い瞳を細めると、じとーっとした目を僕へと向けて。


「こういうのは最初が肝心なの。気を抜かないで」


「……はい」


 アリスは「まったく」とか小声で言って、再び教室の黒板に綺麗な字で文字を記していった。


「……?」


 ふと視線を感じて右を向くと、隣に座っていたクライムが白い歯を見せながら僕に優しくほほ笑みかける。


『まったく……君はしょうがないな』


 なんて声が、不思議と僕の頭の中で再生された。

 ……今日もクライムはクライムである。その笑顔は悔しいくらいにイケメンだった。


 と、いった感じの現状だ。

 なにをしているかというと、僕とアリスの教室にクライムが来る形で、ある話し合いをすすめている最中である。


 具体的に言うと、新生徒会発足という名目で生徒会役員同士での顔合わせ会なるものがあるらしく、その対策会議をしようとアリスが言い始めて今に至るというわけだ。


 ちなみに顔合わせ会についてはロイド先輩からも話は聞いていたわけだが。


「……」


 いったいなにを対策するんだ……という疑問はさておき。僕が意外に思ったのは普段と変わらぬ様子のアリスについてだ。


 どうやら僕が考えていたよりも元気なようで、こうして今も率先して話し合いをすすめてくれている。


 もちろんそれは喜ばしいことだと思う。素直に嬉しいとも思った。

 けれど……なんというか。違和感のようなものも(ぬぐ)えずにいる。


 あの夜、包帯が巻かれた痛々しいアリスの姿を目にしていたからだろうか。

 それとも、今日はじめて教室で顔を合わせた時に一瞬だけ僕にみせた悲しそうな表情。あの顔が脳裏に焼き付いて離れないからだろうか。


 ……たぶん、どっちもだ。


 けれどそうだとして、僕はあの事件のことを再び蒸し返す気にはどうしてもなれなかった。


 僕の幼馴染。アリス・ローゼは責任感の強い女の子だ。

 護衛役という立場上、あの誘拐事件のことについて今も考えこんでいることだろう。


 そんな幼馴染に対して、僕ができることはそう多くない。


『君のせいじゃない』と声をかけることは簡単だ。けれど僕はそうしなかった。

 だって、強がりだったとしてもアリスはこうして気丈に振る舞っている。


 ならばその意をくむのも、ひとつの答えではないだろうか。


 もちろん、全ては僕の想像でしかない。

 けれど、アリス。

 君が今、頑張って普段通りの君を演じているのだとしたら、僕も同じく普段通りの僕でいるべきだと思ったんだ。

 

 それが僕のだした結論だった。


「……と、いうわけだけど…………」


 言って、アリスが青空のような綺麗な瞳で僕を見る。


 僕はにっこりと微笑んだ。


「……ユノ。今、私の言ったこと復唱してみて」


「……」


 僕はにっこりと微笑んだ。


 アリスもにっこりと微笑んだ。


「次はないわよ」


 クライムは苦笑した。


 反省しつつ、僕は思っていたことを口にする。


「アリス。生徒会役員として恥ずかしくないように、というのは分かるけど、わざわざ対策するほどのことなのかな」


 正直、僕は今回の顔合わせ会についてあまり心配していなかった。


 闘技大会で優勝したからといって、今まで僕の積み上げてきた悪評が払拭できる……なんて甘い考えを僕は持っていない。


 したがって僕の入会について多少の反対意見があることは予想済みだ。


 そしてこれが最も大きな理由になるけれど、この手のイベントを僕は既に経験済みである。それも恐らく今回の顔合わせとは比較にならない程のものを、だ。

 

 多少の罵詈雑言に恐れおののく僕ではない。どんとこい、といった構えなのである。


 そんな僕の余裕とは裏腹に、アリスは硬い表情をして口を開いた。



「……ユノ。去年の顔合わせ会では、生徒会室が吹き飛んだの」


「――――」


 なにがあった顔合わせ会。


 僕はそれでも余裕そうに口にしてみせた。


「へ、へぇ? ちなみにだけど、なにがあったの?」


「……」


 アリスは下を向くようにして顔をふせた。


 右を向く。


「……」



 クライムは硬い表情をして眉間を押さえた。





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