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121話 「青空の下で」

 


「……はぁ」


 フレイム公爵邸。つまりルナの家。

 その庭にあった白いテーブルの前にあった椅子に座ってすぐ、僕の口からあふれでたのはため息だった。


 緑色の整えられた芝生と木々。晴天の青空。

 視界に広がる美しい景色であっても、今の僕の不安を消すことはできないようだ。


「おそいおそい!」


「エリスさん~! まってくださぁい!」


 庭で爆走する小悪魔を追って、小さな翼をパタパタさせながら僕の視界を横切るようにして走っていく神様。ちょっと浮いてる。かわいい。


 しかし、そんな尊い御姿であっても、僕のモヤモヤを完全に消し去るにはいたらなかった。


 つまり、あれだ。

 今回の件については僕自身…………納得? が必要というわけだ。



「……いや、納得というか」



 そう独りごちて、僕は背後の木陰で涼むようにして寝転がるポチへと視線を送る。


 日の光をあびて艶めく黒い体毛が、風がふくたびふわりと揺れていた。


「……」


 撫でたい……なんて気にさせられる品のあるその姿は公爵家の庭に見事にマッチしていた。しかし、正体を知っているからこそ軽はずみな行動にもでられない。


 サイズはたしかに大型犬。しかし、その正体はおとぎ話にもうたわれる神獣(フェンリル)なのである。


 ……神獣がいる庭。

 今更な話ではあるけれど、僕の周りって少しずつとんでもない感じになってきてるんだなって思った。


 いかに公爵家といっても、庭に神獣って番犬の域を軽く飛び越えていると思う。


 そんなことを思いながらも僕の頭の中の大部分を占めていたのは、生徒会室でのロイド先輩との会話についてだった。


 いくつか思い返すとしよう。


「……」


 まず嬉しかったこと。

 それはやっぱり、野良神であると発覚したネムが引き続き暗部での保護観察対象になったことだろう。


 ロイド先輩が言うには完全終結とするにはまだ不明な点が多い、というのが主な理由らしい。それからそもそもネムの拠点がカンナの街であることも都合が良かったみたいだ。


 ちなみに【ネム】というのは仮称らしい。

 クロエとランスがそう呼んでいたから、というのが大きな理由だ。

 そのうち神様にも会わせてあげたいと思う。もちろん僕もまた会いたい。


 それから予想通り、生徒会活動についても説明があったのだが……。


「……」


 僕は小さく首を横に振った。


 これも一種の逃げなのだろう。

 僕の悪い癖でもある。


 今、なにより考えなければいけないのは。


「……」


 今度は体ごと振り返るようにして、じーっとポチを見つめる。

 すると案の定、頭の中で声が響いた。


『……なんじゃ』


 ペタンと倒れていたポチの両耳がピクリと動く。

 僕はその言葉に応えるように、頭の中で言葉を(つむ)いでいった。


 言いたいこと……というか、聞きたいことは沢山ある。

 いつから動いていたのか、とか色々だ。けれど、それを一つ一つ事細かに聞いていくのもなんだか少し違う気がした。


【わしにまかせよ】


 その言葉は、たしかに僕の為を思って口にしてくれたと思うから。

 だから、僕はこう聞いてみた。


『…………どうするべきだと思う?』


『……』


 沈黙。

 代わりに、ポチは閉じていた目を開けるとその黄金の瞳を僕へと向けて。


『……お主の好きにするがよい』


 なんて言って、ふわーと大きなあくびをしながら大きな尻尾を左右に振った。


 ……やっぱ聞こう。


『あのさ、ポチさん。正直……いま困ってるんだ。なんでだと思う?』


『……知らん』


『知らないうちにさ、あれ……なんだっけ』


 なんか、ロイド先輩からその集まりの名前を聞いていたような気がする。


『……魔女の集い(ワルプルギス)のことか?』


『そうそれ』


 僕、魔女じゃねーし。


『知らないうちにさ、開催されることになってるみたいで』


『……そうじゃな』


『いや、百歩譲って集まるまではいいんだけど、その内容がさ、いわゆる……なんていうか新たな組織をつくる……みたいな話でさ』


『……』


『それで、驚くことにその中心がノアっていう話みたいなんだ』


『……』


 ポチはおもむろに立ち上がって歩き出すと、僕の横に並ぶようにして座った。

 その黄金の瞳は、青空に向けられている。


『たしかに少々誤算があったとはいえ、お主がやろうとしていたことと大きくは(たが)わんはずじゃ』


『……僕のしようとしていたこと?』


『それなりにつかえる人間を私兵にすることじゃ』


 してないよ。


『その数が増えるだけじゃ……たしかにちと異色じゃがな。じゃが、もちろんそこはわしの方で事前に精査した。問題は無い筈じゃ…………今のところは、じゃがな』


 言って、ポチは僕に視線を流すと、再び尻尾を左右に振った。


 僕はもう頭の中で喋るのをやめた。


「あのさポチ。もしかしてその増えたのって……」



 ――「ここ、いいかしら?」


「ッ」



 声の方向を向くと、少しだけ驚いた表情をしたルナが僕をまっすぐ見つめていた。


 突然のことに一瞬我を忘れていた。

 ……今、ルナはなんて言った?


『空いている隣の椅子に座ってよいか、という確認じゃ』


 ……ないすポチ。


「もちろんです、オジョウサマ」


 僕はその場に立ち上がり、どうぞ、と空いた椅子へ両の手のひらを向ける。

 間もなくして着席したルナの隣に座るようにして、僕は再び腰を下ろした。


「驚いたわ」


 そう言ってルナは、はじめに僕を見ると、その視線をポチへと流した。


「あんな顔、はじめてみた」


「……顔ですか?」


「ええ」


 言って、何もあがっていない白い卓上に片肘をあげると、優雅に頬杖をつくルナ。

 その視線は変わらずまっすぐポチへと向けられている。


「……」


 ……頬杖をついているだけで絵になるのだから、やっぱルナってすごいなって思いました。


「この子、気難しいでしょ?」


「そうですかね?」


『そうなの?』


『知らん』


「そうよ。……まぁ、そこが気に入っているのだけど」


 微笑むルナ。


「ナルホド」


 とりあえず頷く僕。


「さっきのこの子の表情を……私は一度もみたことがないもの。なにか話しかけていたみたいだけれど、なにを言っていたの?」


「……」


「……ユノ?」


「……いい天気だな、と」


「……?」


 小首を傾げるルナ。

 僕ははっきりと口にした。


「いい天気だねって、言いました!」


「…………っ」


 最初、可笑しそうにルナは笑うと、次に少しだけ硬い表情をして口を開いた。


「ポチ。良い天気ね?」


「「…………」」


 風が僕らの間を吹き抜けていく。

 少したって、ルナは瞳を閉じて微笑んだ。


「やっぱり私では駄目ね」


「……そんなにいつもと違いましたか?」


「ええ。……言葉で説明するのは難しいのだけれど、信頼のようなものを感じたわ」


 そのルナの言葉は、今の僕にとって……なんというか。心に響くものがあった。

 そう思いながら、ルナの方を向くと、綺麗な紫の瞳が僕をまっすぐ見つめていた。


「……話は変わるけれど、最近アリスとは会ったかしら?」


 言葉の通り、ルナは話題を大きく変えた。


「……アリス、ですか?」


「ええ」


 神様とティナが誘拐された日。

 その護衛にあたっていたアリスも被害を受けている。


 さて、この場合どこまでルナに話すことが許されるのだろうか。


 ……難しいことを考えずに、そのままを伝えればいいか。


「いいえ。会っていません。学園を休んでいるようです」


 まだ事件の収束から日もたっていない。

 アリスの公爵令嬢としての身分と事件のことを考えれば、学園を休むこと自体はなんら不思議なことではないはずだ。


 もちろん心配だけど、ロイド先輩から怪我は軽いものであることと、既に意識は回復している旨を聞いている。



「……そう」



 一言。

 ルナは、青空を見るように視線を流した。








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