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120話 「刻まれた印」

 





「――――」


 言葉がでなかった。

 だって、しょうがない。言葉の意味を理解しようとするたびに納得よりもなによりも頭の中が疑問で溢れかえってしまうのだ。


 ……疑問?

 いいや、これはそんな生易しいものじゃない。


 ロイド先輩の言葉を理解しようとするたびに、頭の中が真っ白になる。その繰り返しだ。

 バグ、エラー。言葉はなんだっていい。いいや、そんな思考すらどうだっていい。


 重要なのは一つだけ。

 たぶん、僕は今、めちゃくちゃ動揺している。



「あ……え」



 ほら。

 別に驚いたり、質問するだけで問題ない場面のはずだ。



「……ははっ?」



 にもかかわらず、僕ができたのは恐らく引きつっているであろう顔で放つ愛想笑いだけだった。



「……ははは」


 笑うしかない僕。


「……フッ」


 ロイド先輩も笑った。



「「…………」」



 そうして沈黙の場は創られた。



「「……………………」」



 僕は下を向いて手を額にあてる。

 なるべく表情は見られたくない。



「もう一度……言ってもらっていいですか?」



「無論だ。俺も、もう一度口にしたいと思っていたところだ。言葉とは重ねるたびより濃密な実感となって体に……心に刻まれていく」


 催促する必要はなかった。


「何度でも言おう。我ら……【影の月】はこれよりノア様の配下として………………いや? 忠実なる(しもべ)として――」


「まってください」


 頭で考えるよりも先に言葉が口から滑りでた。

 けれど、それで正しい。後に続く言葉なんて今はいくらでもある。


 実際、聞きたいことは山ほどあった。

 けれど、一番の疑問は――。


「……()()、ですか」


 この一言で事足りる。

 重ねて僕は言葉にした。


「なんで、暗部がノアの配下に?」


 いくらなんでもめちゃくちゃだ。

 だいたい暗部は形としてはこの国に属する組織のはずだ。つまり、英雄神側の組織と言っても過言ではないはずなのに。


 英雄神を消滅させたのがノアだと言ったその口で、この人はいったい……。


「至極真っ当な疑問だな。だが……当然その答えは持ち合わせている。……いや、正しくは……俺はその答えを既に口にしている」


「……?」


 ロイド先輩は右目を隠していたその手で自らの髪をかきあげて、口の端を吊り上げた。


「――()()()()だユノ。俺たちはただ、決断を前倒ししたに過ぎない」


「…………変革? 決断?」


「そうだ。遅かれ早かれ俺は……いや」


 ロイド先輩は思いなおすようにして小さく首を振った。


「俺たちは選ぶ必要があった。どの道を歩むのかを。そして……何を得るのかを。いずれ来たる分水嶺……その時になって()く愚を俺は犯さない」


「……」


「分かるか?」


 わかりません。


 とは言え、その言葉の節々には確かな信念と、説得力を感じさせるだけのなにかがあった。


「……」


 選択……そして決断。

 暗にこの世界を総べる英雄神たちと邪神であるノア。その()()()()の選択ということを指して言っているのだとしたら一応は理解できる。


 けれど、違うんだ。

 僕が知りたいのは、もっとももっと単純なことで。

 言ってしまえば、そう思うに至った理由が知りたいのだ。


 だってそうじゃないか。


 理解しがたいことをこの人は言っている。

 世界を敵に回した邪神。その配下になろうって言ってるんだから。



「神獣の森」


 一言。

 ロイド先輩はそう言って話を切り出した。


「フェンリルが起因とされた魔軍暴走(スタンピード)。それを収めようと降臨した女神アスタロト。……実に綺麗な物語だった。実際、それだけであれば違和感は少なかったのかもしれない。しかし――その筋書きは自らを首謀者だと語る、ある一柱の神によって崩壊に至る」


「……」


「初めて出会った時、俺が言ったことを覚えているか? ユノ・アスタリオ。俺は当初よりあの魔軍暴走の原因は神獣ではなく女神アスタロトであったと睨んでいた。綺麗すぎる……都合が良すぎる……そんな違和感と、今まで森の主として君臨していた神獣による突然の暴走。新たな神の出現。そして、不審な動きをみせた最高神ルシファーの姿。理由はいくつかあったが、いずれにせよ憶測の域をでないのもまた事実。だが――」


 そこで言葉を止めて、ロイド先輩は不気味な笑みをその顔に灯した。


「――()()()()


 悪い顔だ。

 しかし、その表情には純粋な無邪気さも混じっているように僕には見えた。

 まるで探し物が見つかったような……そんな興奮が伝わってくる。


「……繋がった……?」


 今日、ロイド先輩の口から何度か聞いたその言葉。

 そして今、僕自身が確かめるように口にした言葉でもある。


 僕の様子を見てロイド先輩は瞳を閉じると、静かに語りはじめた。


「分からないのも無理はない。あの日、あの夜、あの場にいなければ確信を得ることはできない。俺は見た。ノア様の華麗なお姿を。しかし、俺が目にしたのはそれだけではなかったということだ」


「……」


 僕は理解した。

 いいや、最初から簡単な話だったんだ。


「クク……想像がつくか? ユノ・アスタリオ。ノア様は確かに孤高の存在ではあるが、孤独では無かった」



 難解な物言いばかりに気を取られていた、とか。ユノ・アスタリオとしての視点に重点を置いていた、とか。……正直動揺してたとか。


 言い訳はいくらでもできる。

 けれど、そんなことを今更振り返っても意味は無い。


 だって、たしかにあの夜、あの場所にはロイド先輩の仮説を後押しする材料はあったのだから。


「神獣の森の主であり、神殺しの獣……神獣は、ノア様に仕え控えるようにしてそこにいた。それだけで俺の仮説は……より正しい方向へと導かれる。つまりだ……やはり俺たちは見誤っていたということになる。神とは? 救済とは? 正義とは? そのすべてを」


「……」


 ロイド先輩はまじめな表情をして鋭い視線を僕へと向けて小さな声で告げた。



「……この世界は……贋作(フェイク)だ」


「……贋作」


「少なくとも、その可能性を俺は提唱する。マルファスの存在がその仮説をより濃くした。英雄の名は相応しくない」


「……」


「ユノ……俺の言う変革とはつまり俺たちの中の常識を書き換えることを指している。そしてそれを行動に移すまでがセットだ。混沌(カオス)の中で白は黒に……そして黒は白へと変貌を遂げる」


「……それがノアの配下として動くことだと……?」


 その問いにロイド先輩は薄く笑った。


「少なくとも今……俺たちがより正しい道を歩むための選択。その一つであると考えている。………………多少私的な理由も混じっているがナ」


 最後が早口すぎてよく聞こえなかったが、確かに僕の知りたかった理由については一応の納得を得ることはできた。


 驚くことにロイド先輩の結論……その憶測は僕の考えと大きくは異なっていない。


 けれど……正直問題が多すぎると思う。

 というか、この流れは僕が困ることが多そうだ。


 そもそもである。


「……例えそうだとしても……他の暗部構成員は納得するでしょうか?」


「既に話はつけている」


 既についていた。


「この話をするのは幹部の中ではお前が最後だユノ。そして、ここまで詳細に話したのはお前が最初になる。終わりでもあり、始まりでもある……特異点のお前に相応しい。そしてそれを俺自らが伝えることでこの場、この時は聖なる契約のry――」


「…………」


 そうだとして、まだ一番重要な問題が残っていると思う。


 ノアは邪神とはいえ神だ。そういうことにしている。

 つまり会いたくて会える存在ではないということだ。


 そんなポンポンと変身しては僕の身がもたないということもあるが、実際必要に応じて姿を変えているのが現状だ。


 つまり、何が言いたいのかというと……どんな理由があろうとも、配下云々の話はロイド先輩の願望に過ぎない。


 実際僕は初耳だったわけだし。


 ……チェックだ。

 僕は心の中で腕を組みながら、脱力するように小さく息を吐き出した。


「……」


 僕は今、微笑んでいるだろうか。

 少なくとも……穏やかな表情なんだろうなって思う。


 だって……正直……嬉しくないと言えば嘘になる。

 僕に似た考えを持っている人がいたこと。

 嫌われものの邪神に好意をもってくれていること。


 ノアとしての僕。それは孤独な戦いのつもりだったけど……少しだけ、一人じゃないって思えたから。


 けれど、やっぱり何度考えたって結論は変わらない。


 無理。


 ……僕が人をまとめられるわけないし。配下とかしもべって……。

 想像するだけで身体がかゆくなってくる。僕には無理だ。


「……」


 さて、いったんここらで話をまとめて野良神……ネムのことでも尋ねるとしよう。


 僕は顎に手をやった。


「……ロイド先輩の考えは分かりました。けど、実際は難しいですよね」


「……と言うと?」


 僕は肩をすくめる。


「だって、一応は神……ですよね? そんな都合よく会えるとは思えません。それに万が一会えたとしてノアがその提案を受け入れるとは、とても……」


「それについても話はつけてある」


「え?」


「招待状もある」


「招待状?」


 ロイド先輩は懐からロールに巻かれた書状をとりだすと、それをさっと開いて僕に見えるようにかざした。


「……俺は既に、神獣と通じている」


「――――」



 僕の目は可愛らしい肉球の印に吸い込まれていった。





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