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114話 「解」

 




 ジースの黄金の瞳。

 その爛々とした輝きは闇夜に一筋の線を描いて黒い大地へと消えていった。


 刹那――衝突音が大地を揺らす。


「…………ッ」


 ジースは背中の痛みに顔をしかめながら、仰向けのまま視線を足元の先へと向けた。

 砂煙の舞う視界の中で、ジースが目にしたのは黒い人影。その背中。


「……クソが」


 舌打ち交じりにそう呟きながらも、ジースは何が起こったのかを(おぼろ)げに理解した。


 カミラより放たれた無数の赤い光――神秘・異能による血の切っ先。


 自らの終わりを予感させ迫り来ていた赤い光は、ただの一度もジースに直撃することなくその姿を消している。


 つまり、何者かの介入があったのだ。

 結果としてジースを救った、という形で。



「テメェ……なんのつもりだ?」


 怨嗟の声が、ジースの口から放たれる。


 プライドの問題だ。


 死の覚悟など、とうの昔に決めているジースにとって、その結末は救済ではなく侮辱でしかない。


「……なんだ? 思ったより元気そうだな」


 砂煙の中で赤い瞳が陽炎のように揺れている。

 ベルフェゴールは背中越しに視線だけをジースへと向けると、薄笑うかのように口の端を吊り上げた。


「言いたいことは分かるぜ? だが、お前と問答する気は更々無いんだ。ついでに――時間もな」


「あ?」


 ジースが訝し気に眉をひそめたと同時、幾度と重なるようにして爆発音がとどろいた。


「――ッ」


 瞬発的に反応し飛び下がるようにして体制を整え、前を睨みつけるジース。

 その視線の先では無数の赤い光が砂煙を裂くようにして天よりベルフェゴールへと向かう。


 光の雨だ。


 目にも止まらぬそれをベルフェゴールはステップを踏むようにして軽々と回避し続ける。


「お前もだぜカミラ。分かるさ。満足してないんだろ? だが、それでも俺は同じ言葉をお前に言うぜ」


「……」


「目的は果たした。これ以上は意味がない」


 諭すように告げられたベルフェゴールのその声は穏やかなものであったが、しかし同時に有無を言わせぬ力強い響きを帯びていた。


 返答は無い。

 代わりにベルフェゴールへと降り注いでいた光の雨がピタリと止む。

 しかし――それが吉兆ではないことをベルフェゴールは知っていた。


「………………」


 一度、静かに瞬きをして、ベルフェゴールは見上げるようにしてその赤い瞳をカミラへと向けて再び告げる。


「ここまでだ」


 向かい合う二つの赤い瞳。

 両者の間に吹く風が強まると同時に、カミラは鋭い眼光をしてその口許に鋭い牙をのぞかせた。


「……ずいぶんと、勝手なものだな。ベルフェゴール」


 美しい声色だった。

 しかし、この場にいる者であれば誰しもそれが不吉な冷たさを帯びていることを知っている。


 カミラの身からあふれ出るどす黒いオーラとも呼ぶべき魔力の波動。それに比例するようにして輝きを増していく深紅の瞳。


「己は好き勝手に暴れた挙句、我には止まれと? お前はそう、言っているのか?」


 ベルフェゴールは淡々と答えた。


「ああ。そうだ」


「ッ…………!」


 鋭い犬歯が覗く口を大きく開けて、カミラは宙に浮かんだまま顔を真っ赤にして怒りの表情を浮かべてがなりたてる。


「お前が最初に好き勝手したのだぞベルフェゴール! 目的など邪神がマルファスを消しとばした時に達しておるわ!」


 正論だった。

 邪神ノア。その力を見定めることがカミラの、いいやカミラとベルフェゴールの目的だったはずなのだ。


「だから?」


「なっ!?」


 予想だにしていなかったベルフェゴールのその言葉に、カミラは動揺の表情を浮かばせてぽかんと口を開けたまま静止する。


「最初に言ったはずだぜ。お前の気持ちも分かるってな。そのうえで、だ」


「……」


 沈黙するカミラ。

 たたみかけるようにしてベルフェゴールは言う。


「それともなにか? あいつを叩きのめせればそれで満足か? 負けないと知っているのに? 吸血鬼のお姫様ってのは随分と狭量なんだな」


「勝ち負けの問題ではない! 誇りの問題だ! それに……我とて取るに足らぬと断じたのであれば捨て置いたわ」


「じゃあ、()()()()だな」


「……なに?」


 訝し気に眉をひそめたカミラの顔を見て、ベルフェゴールは自信ありげに笑みを浮かべて言う。


「カミラ、俺たちの目標はなんだ?」 


 その問いにカミラはよりいっそう苛立ちを募らせた。


「……馬鹿にしておるのか? 言ったはずだ。ノアの実力を見定める――」


「――違う。その先にある目標はなんだと聞いている。ゴールって言い換えてもいい」


「……」


 カミラは目を細めると、口をつぐんだ。


「分からないか? じゃあ言ってやる」


「……」


「勝利だ」


「……」


「違うか? もちろんその過程の『お楽しみ』も俺たちにとって決して小さくない事柄だ。実際俺はそっちの方が楽しみだしな。だが、それはあくまで『副産物』であるべきだ。……賢いお前なら分かるだろ?」


「………………つまり」


 そう前置いて、カミラは不機嫌そうに視線をベルフェゴールの背後、ジースへと向ける。


()()も、そうだと?」


 ベルフェゴールは肩をすくめて笑う。


「確信は無いがな。だが考えてもみろよカミラ」


 言って、ベルフェゴールはこの場にいる者たちを見渡すようにして瞳を動かした。


「今必要なのはある程度の質を有する数だ。前に言っただろ? 俺たちには()が足りない。それも圧倒的にな。嬉しいことにあいつらのお仲間も中々やるって話だぜ?」


「……………………ふんっ」


 カミラの中にひとまずの納得が生まれたのと同時、カミラは腕を組んで悪態をつく。


「役に立つとは思えんがな」


「いいさ。今はそれで。それに――俺の予想が正しければ……」



 最後まで言葉にはせず、ベルフェゴールは含みのある笑みを浮かべると、切り替えるようにして視線を神獣へと向ける。




「……聞こえてるんだろ? 話の通りだ。あとはお前が用意しろ。俺たちに……相応しい()をな」







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― 新着の感想 ―
ワクワクする展開だ~! こういうの好きです!✨ これからも楽しみ~♪
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