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12話 「ちょっとだけ本気だす」

 

 ――動き出したのは同時だった。


 再び残像を残し掻き消えるクロード。


 だが、()()はもう僕には通用しない。


 僕は確信を持って己の背後へと体を回し槍を突き出す。


「……!」


 僕が繰り出した突きはクロードの剣に阻まれる。だが少なくとも動揺を誘う事には成功していた。


 クロードの動きが一瞬止まる。その刹那の間、僕らはきっと同じ顔をしていた。


「ふふ……」


 クロードが嬉しそうな笑みを浮かべる。


 だが、次の瞬間飛んできたのはその笑顔とは似てもつかない凶悪な一撃だった。


 僕は両手で槍を握ると、その上段からの一刀を受け止める。


 その衝撃を表すかのように、猛烈な風が僕の前髪を揺らした。


「……ふふ……御冗談を。どこの誰ですか? あなたを無能などと呼んだのは」


「……さぁ? 僕にもさっぱりです。それよりも誰ですか? あなたを最弱などと言ったのは」


「ふふふ……」


「ははは……」


 男達が武器を交えながら互いの瞳を見つめ微笑み合うという異常事態にいち早く反応したのは――男だった。


「ク、クロード! なにを遊んでいる! 早く奴を叩きのめせ!」


 ルナの親父は真っ赤な顔をしてそう叫ぶと、僕を忌々し気に睨みつけ、怒りに肩を震わせている。


 それとは対照的にルナは楽しそうににっこりと微笑んだ。


「もうちょっとゆっくり動きなさいな。何も見えないわよ? おばかなのかしら?」


 ……それはほめ言葉なのだろうか?


 まったく親子して勝手な奴らである。


「ふふ……どうやらお互いこれから苦労しそうですな」


「ええ。まったくです」


 僕らはそう言葉を交わすと互いに後方へと下がり距離を取る。


 さて、仕切り直しだ。


 正直に言おう。僕はちょっと焦っている。


「……まだ、いけるか?」


 自分の底力を僕は知らない。

 暴れ出しそうな力を制御はできても、使い方を知らないのだ。


 模擬戦に、ゴブリンとの戦闘。

 今までは少しだけ。そう、ほんの少しだけ力を入れるだけで事足りた。


 だが、どうやらこの執事(バトラー)を圧倒するにはそれだけでは足りないようだ。


 ちょっと本気なんだけどな僕……。


 そんな僕の焦りなど知らずに、クロードが動く。


 目にも止まらぬ疾走で一瞬の内に距離を詰められた。


「はっ……!」


 ならばと僕は瞬時に横薙ぎに槍を振るう。


 タイミングは完璧だ。


 槍の特徴――リーチの長さを最大限利用したそれは、迫りくるクロードへと直撃――する筈だった。


 腹部に衝撃を感じると同時に体が宙を舞う。


 無論、僕の体が、だ。


 その隙を逃す相手ではない。


 クロードは振りぬいた右足を地につけるなり、更に逆足で回し蹴りを放つ。


 その洗練された見事な連撃に僕は為す術も無く直撃を許した。


 そのまま後方へと吹き飛ぶ僕。


 そんな最中、僕は思った。


 ――この人になら、もうちょっと本気をだしていいのかもしれない。


 僕は自然と笑みが零れだすのを自覚した。


 そのまま僕は背中から地面へと落下する。


 その瞬間だった――。


「……ふはは……ふははははっ! まったくお遊びが過ぎるぞクロード。だがよくやった! これでその男が無能である事が証明された訳だ!」


 ルナの親父はそう高笑うと、自らの娘へと得意げな顔を向けている。


「……父上、まだ勝負はついておりませんわ」


 ルナはそう言うと、まっすぐな瞳を僕へと向けた。


「ユノ? あなたのスタンスは嫌いじゃないわ。それどころか好ましく思っている程よ」


 ルナはそう切り出すと、僕の方へと優雅に歩いてくる。


「けれど、忘れてはいないかしら? あなたは私の騎士なのよ? それはつまり私が負けて良いと言うまでは、敗北は許されないの。お分かり?」


 とんだ暴論である。だが、不思議と不快では無い。


「それを理解したのなら、いつまでもそんな所で寝ていないで――――とっとと起きなさい」


 ルナの顔が僕を空から覗き込む。僕はその美しい白銀の髪に、神アテナを重ね見た。


 ――視線が重なる。ルナの瞳に落胆の色は無い。それどころか僕の勝利を確信しているような揺るぎない瞳で僕をまっすぐ見つめている。


 そのルナの顔が、表情が、楽し気に、柔らかく変化していく。


 そしてこう言って、僕に魔法をかけたのだ――。


「――ユノやっちゃえ」


 そう言って可愛らしい悪戯な笑みを浮かべる僕のお嬢様。


 ……ん、ま、ちょ。


 駄目だ。それは反則である。


 僕は羞恥心を誤魔化すように飛び起きる。


 だが、その時には既に、いつもと変わらない澄ました顔のルナが僕を少し呆れた顔で見つめていた。


「……チェンジで」


「は? なんの事かしら?」


「…………」


 僕は黙って足元にある槍を拾い上げると、再びクロードへと向き直る。


「ば、ばかな! クロード貴様! 手加減を――」


「少し……お静かに願います」


 クロードの雰囲気が一変する。


「……ユノ・アスタリオ……なるほど……道理でお嬢様が興味をお持ちになる訳だ」


 クロードはそう言うと、今までの比ではない覇気をその身に(まと)う。


「……本気で行きます。我が主様が勝利を望んでおりますれば」


 クロードは再び剣を構え、歳を感じさせない鋭い眼光で僕を射抜いた。


「奇遇ですね。どうやら僕のお嬢様も勝利を望んでおられるようですので」


「ふふ……では、最後に忠告を一つ。私から目を離さぬ事です」


 そう言ってクロードは姿勢を低くした。


 だから、始まる前に僕は告げる。


「では僕からも忠告を一つ――――避けてください」


 僕はそう言って右手に持った槍を振りかぶる。


 さぁーー試してみようじゃないか。


 己の内に眠る力の一端を槍へと乗せ、僕は力の限り投擲した。


「……一体何を――――っ!?」


 クロードが回避を始めたのは僕が槍をぶん投げたのと同時だった。


 僕の手を離れた槍は、まっすぐ力強く飛んでいく。


 いや……飛んでくと言うか、これは……。


 一面緑色だった地面が土埃をあげて抉れてゆく。


 その速さたるや、クロードの動きが鈍間に見える程だ。


 だが、それでもクロードはやってのける。鋭く迫った槍を紙一重で見事に躱して見せたのだ。


 耳をつんざくような轟音と共に、僕の槍が青空の彼方へと消えていく。


 その様を、僕ら四人は各々思い思いに眺めていた。


 ……あ……雲の形が変わった。


「.......参りました」


 クロードはそう言うと、静かに僕へと頭を下げた。


 静寂がこの場を支配する。だがその時間も長くは続かなかった。


「ば、ば、ば、バカなぁ……! 私のクロードが……負けた……だと……?」


 ルナの親父が膝から崩れ落ちる。


 僕はそれを見て、胸がすく思いだった。


 これで少しは神様も浮かばれるというものだ。


 それと同時に少し意外にも思う。最弱だなんだと言っていた割に、どうやらクロードの事を憎からず思っているらしい。


「……誇っていいわよユノ」


 ルナはそう言って僕の隣に並ぶと、頭を下げたままのクロードを流し見る。


「あなたは、父上が唯一自分の傍に置いた騎士を打ち負かしたの」


 僕はそれを聞いて、『最弱』の意味を知る。


 それと同時に親子だな……なんて思ったりもした。


「クロードは執事になる前、王立騎士団の団長を務めていた男なの。向かう所敵なしで、先代の《剣聖》、つまりあなたの御父君とも互角に渡り合ったと聞くわ」


 ……《剣聖》時代の父上と互角.......? よくも最弱などと言えたものだ。


「お嬢様はそれを知っていて何故私に隠していたのですか?」


 僕がそう聞くと、ルナは嗜虐的な笑みを浮かべながら問いへと答える。


「あら? それではつまらないでしょう? あなたの実力が確認できる絶好のチャンスですもの。負ける言い訳など作らせないわ」


 ルナは勝ち誇ったような声色でそう言うと、視線を流す。


「父上、これでご納得していただけましたわね?」


 ルナがそう言うと、アルゴス・フレイムは力の無い声でボソリと呟く。


「…………好きにしろ」


 ルナはそれを聞くと満面の笑みを浮かべ、僕へと向き直り――


「と、いう事よ。あなたは今日から正式に私の騎士になったの。嬉しいでしょう?」


 などと言ってのける。


「とっても嬉しいです!」


 もちろん僕はそう答えた。


 今後も家以外では顔を合わせる機会が多くなるのだから当然と言えよう。


「あなたにとって私とはどんな存在かしら?」


「裏表の無い素敵なご主人様です!」


「よろしい。ではあなたの部屋に案内するわ。ついていらっしゃい」


 ルナはそう言って、屋敷の入り口へと足を進める。


 …………ん?


「お嬢様、今なんと?」


「だから、あなたの部屋へ案内するわ。ついていらっしゃい?」


 いーやいやいや。


「ちょっと待ってください。なんでお嬢様のお屋敷に僕の部屋があるのですか!?」


 僕がそう聞くとルナは満面の笑みを浮かべながらこう答えた。



「今日からあなたもここに住むのよ? 当然でしょう?」




【読書の皆様へ】

4月10日。おかげさまでジャンル別、総合共に日間ランキングで1位を獲得いたしました.......!


自分でも信じられない気持ちでいっぱいです。これもひとえに読書様の温かい応援あってこその結果でございます!


これに満足すること無く、これからも楽しく書いていきますので、今後とも何卒、宜しくお願い致します!


次話以降はまたテンポ良く物語を進めます!


アテナ神様が可愛く拗ねているので、再びの登場です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。ヾ(*´∀`*)ノ [一言] 書籍版、楽しみです!
[一言] 漫画だと公爵家が侯爵家になっていました 誤植は直して欲しいです 電撃大王よ クレームを入れた方がいいと思います
2021/02/06 18:35 退会済み
管理
[良い点] 面白いです。サイコーです。それはもう血湧き肉躍る物語。いや、ギャグが踊る物語!このギャグが凄い、本屋大賞も取れそうなほどのストーリーなのに心躍らせる、昂らせてくれる。これ以上何がいるという…
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