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110話 「集結・Ⅲ」

 



 宙を舞う男のものであったはずの右腕。

 その飛び散る赤い鮮血を僕の目がとらえたと同時だった。


 白い閃光。

 爆発音。


「……っ」


 あまりの衝撃に思わず目を閉じてすぐ、強烈な風が僕を襲った。


 視界の中で吹き荒れる砂煙。

 その中で、二つの人影がぶつかりあっている。


 目にも止まらぬ速度で繰り広げられる攻防。

 右腕を失ったにもかかわらず、残った左腕で連撃を繰り出す謎の男。


 対するはその攻撃を紙一重のところで回避し続けるロイド・メルツ。



「……」




 現状は……――――互角。



 いや、初撃以降攻め手が無いという点においては、ロイド先輩が押されているとみるべきだろう。

 しかし、驚くべきは、その程度の認識に留まるほどに『戦いになっている』という点だ。


「……」


 これは僕の予想…………いいや、この際はっきり確信をもって言ったっていい。


 この戦い……はなからロイド先輩に勝ち目は、ない。


「……ロイド先輩」


 ロイド・メルツは只者じゃない。

 そんなことは既に十分知っているし、今、目の前で繰り広げられている戦いを見て改めて認識させられている。


 人の持ちうる戦闘技能。その極地。その高みにあの人は立っている。


 しかし、今回ばかりは相手が悪すぎるのだ。


 なにせ今拳を交えているのはアスタロトに匹敵する人外の強者。

 人の身でどうこうできる領域を超えている。


 そして、恐らくだがロイド先輩もそのことには気づいているはずなのだ。

 彼我の差が分からない人じゃない。



 ――だからこそ、結局僕はその疑問にぶちあたる。



『どーゆー状況?』である。



 違和感しかないのだ。

 どうあがいても勝てないはずの相手。

 普通は逃げる。立ち向かうという選択肢はまず除外する。


 それでも戦わなければいけないというならば、それこそ、歯を食いしばって、必死になって戦うはずだ。


 その必死さを、ロイド先輩からはまるで感じられない。


 それどころか……どこか余裕すら滲んで見える。


 事実……いいや、これはもしかして僕の勘違いなのかもしれないけれど、なぜだか不思議と、しきりにロイド先輩と()()()()……ような。



 ……ほら。



「……」



 僕は小さく首をふった。


 ……そんなはずない。

 あの死闘の最中、僕を気にする余裕なんてないはずだ。


 それに、違和感を覚えたのはロイド先輩の方だけじゃない。

 あの金髪の男にしたってそうだ。


 ……遊んでいる? 戦いを楽しんでいるのか?


「興味深い展開じゃな……」


「え?」


 神獣ポチは僕の隣に並ぶようにしてお座りすると、神妙そうに目を細めた。


「……あの人間……そうか。まいた種が実ったとみることもできる、が……しかし……」


「……」


 ブツブツと呟きながら何やら考え込むポチ。

 その視線の先には、男と距離を取り黒いローブをはためかせて立つロイド先輩の後ろ姿が。


 ――不意にその影が動く。

 ロイド先輩は背中越しに僕へと顔を向けると。


 ――フッ。


 不敵に笑った。



「――――」




 ……やはり、分からない。


 僕は今、混乱の極みにいた。


 ……考えなければ。


 僕がするべきなのは、やはり状況の把握だ。


 突如として現れた強大な力を持つ金髪赤眼の男。

 そして、僕をかばうようにして現れたロイド・メルツ。



 僕は腕を組んだ。


 ……。


「……」


 …………。


 いや、最初に思った通り謎の男が現れたところまでは分からなくもないのだ。

 だが、ロイド・メルツの登場……こればかりは……。


 例えば今の僕が『邪神ノア』ではなく『ユノ・アスタリオ』であるならば、一応の筋は通る。


 危機にかけつけてくれた英雄としてだって見ることもできただろう。

 しかし、今の僕はノアの姿をしているわけで。




「…………まさか」




 …………バレた?

 もしかして、僕の正体が?


 ……いやいやいや。


 僕は首を振った。


 ありえない。

 さすがのロイド先輩でも難しいはずだ。

 なんてったって変身である。


 身長も、髪色も、声もなにもかもが違う。

 翼だって生えてるし。


 今の僕を見てユノ・アスタリオと断定するのはさすがのロイド先輩であっても不可能なはず。


 ……しかし、そうだと仮定すればロイド先輩のあの余裕にも説明がついてしまうのだ。


 ……僕の助けがあると確信している?

 だからこその、あの余裕。


「……」


 そうなのだとしたら、悠長に構えている暇はない。

 ロイド先輩の生死がかかっているのだ。


 …………違ったらどうしよう。

 邪神が人間を助けるとか大丈夫なんだろうか。


 いや、最初に喧嘩を売られたのは僕なわけだから理由はいくらでも取り繕えるか。


 ……よし。


 ひとまずの方針が決まり僕が動きはじめようとした時。


「待つのじゃ。あやつらはひとまず大丈夫じゃろう。それよりも――」


 言ってポチは鼻先を背後……その頭上に向けて黄金の瞳を鋭く細めた。


「――()()()()()


「え?」


 誘導されるようにして僕も後ろへと振り返り、まっくらな夜空を見上げる。


「……」


 僕の視界。その先には、殺気を身に纏い向かい合うようにして空中に浮かぶ二つの人影があった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 暗闇。


 夜空は厚い雲に覆われていた。

 したがって銀色に輝く月も、星も、そこにはない。


 ――代わりに、血のような赤い光。

 それと燦燦と輝く黄金の輝きが対となり、その暗闇を彩っていた。



「……なに用だ? 下郎」



 カミラ・ルージュは、その血のように赤い瞳を細めると優雅に小首を傾げてみせた。

 縦に巻かれた黒いツインテールがふわりと揺れる。



 ――例えるならば芸術。



 たかが所作一つ。

 しかし絵画にして切り抜けば未来永劫語り継がれるであろう人外の美しさを帯びている。


 小さく開かれた口から放たれた言葉。

 簡潔な問い。


 しかし、その冷たい声色に込められていたのは殺気そのものだった。


 常人であれば耳にいれただけで卒倒不可避のその言霊を聞いてもなお、男、ジースはその顔に浮かべた獣じみた獰猛な笑みを消すことはなかった。


 ――否。


 ジースは顔に浮かべていた笑みを更に深くすると、可笑しそうに鼻を鳴らした。


「なんだてめぇ。いっちょまえに人の言葉話せんのかよ」


 カミラはその言葉には一切取り合わずに、大悪魔と相対しているロイド・メルツへと視線を向けて再び問いかけた。



「行かなくてよいのか? 親しいのだろ? 死ぬぞ……あやつ」



 つまらなそうな声色と共に放たれた言葉。


 それはジースを気遣っての言葉ではない。

 カミラにとってはただ事実を口にしたまでのこと。


 強いて加えるならば、面倒ごとを避ける思惑もある。


 目の前の存在が()()な者であることには気づいている。

 しかし、それだけだ。


 カミラは己を理解している。自らの立ち位置を知っている。

 目の前の存在よりも己が高みにいることを把握しているのだ。


 カミラに嗜虐趣味はない。

 つまり自らすすんでことを構える気は一切ないのである。


「……おいおい」


 しかし、呆れたようなため息と共に、その言葉はカミラへと放たれた。


「……冗談きついぜ。ただでさえこっちは()()()引かされてんだ。まどろっこしいのは無しにしてくれよ」


「……」


 その言葉に宿る明確な侮蔑の意思にカミラは気づいている、

 安い挑発の類であることも理解している。


 しかし、分からないことがあった。

 いいや、確認しなければいけないことが見つかったのだ。



「……はずれ?」



 一言。

 鈴の音を鳴らしたような声と同時、カミラの顔に影が差す。


 ジースは口の端を更に吊り上げて囁くように言った。


「……ああ。ハズレだ。てめぇわかってんだろ?」


 ジースの黄金の瞳。

 その輝きが増していく。

 言葉を重ねるごとジースは興奮を高めていった。



「どっちかしか選べねぇって話だ。『つええやつ』と『よええやつ』いや、選ぶっつーかよぉ、ロイド・メルツが捨てた方……それがつまり俺のもんになるってわけだ。で、それが――」



「…………」



 ジースはその顔に凶悪な笑みを灯して、白い犬歯を口許にのぞかせた。



「てめぇだろうが。よえーほう……ハズレだっつってんだよ」






「………………ふふ」






 はじめにカミラが浮かべたのは笑みだった。


 可憐な笑みだ。

 縦に巻かれた黒いツインテール。

 その前髪の隙間から覗く赤い瞳が、輝きを増していく。



「……なるほど、な。我はハズレであったか」



 漆黒のドレスを身に纏う少女然とした小さな体。

 それを覆うようにして禍々しい黒い影がほとばしる。

 黒い影――否、それは影というよりも生物に近い不吉を想像させる在り方を形作っていた。


 それに呼応するようにして、ジースの身からあふれ出した魔力が突風となって吹き荒れる。



「それでいい。頼むから萎えさせんな……せめて俺の退屈を殺してくれよ――吸血鬼(ヴァンパイア)




 カミラは口許に白く尖った犬歯を覗かせて薄く笑った。





「……よかろう。望み通り殺してやるぞ。()()()


 







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― 新着の感想 ―
おぉ~!熱い展開になってきた~! ノア様のやるべきことはまだ分かんないから楽しみだ~! それにカミラ様の戦闘も気になる……! カミラ様めちゃめちゃ美しい!
カミラの強さがついに分かる?
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