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101話 「物語の名」

 



 白銀の月がフェリス魔法騎士学園の壮観な校舎を照らしている。

 その屋上に位置する屋根の上には、闇夜に紛れるようにして二つの人影が。


 神獣にまたがり、学園から飛び去っていく少年の姿。

 その小さな背中を、爛々と輝く深紅の瞳がじっと見つめていた。


「……フッ」


 ベルフェゴールは最初、鼻で笑って静かに瞳を閉じた。


 静かな夜。

 神獣に乗って戦場へと向かう少年の背中。

 月夜の物語。


 諸々(もろもろ)悪くないな、などとぼんやりと考えながら、誰に言うでもなくベルフェゴールは呟くように口にした。


「…………神話、か。……にしても、お優しい神獣サマだな」


 ひとたび風が吹けば消え入りそうなほどのその声に応えるようにして、カミラ・ルージュは明後日の方向を向きながら鼻を鳴らした。


「ふんっ、どこが。甘いだけであろう」


 不機嫌そうに言い放ち、眉をひそめるカミラとは対照的に、ベルフェゴールの表情は愉快そのものだった。


 それがますます気に食わないとでも言いたげに、カミラは頬をぷくりと膨らませると、口許に鋭い犬歯をのぞかせて。


「だいたい、意味がわからぬ! あれでは神獣の手柄ではないかっ! せっかく突き止めた情報だったのに……!」


 きゅるる、と唸り声をあげながらがなりたてるカミラを一瞥した後、ベルフェゴールは再び愉快そうに口角をつり上げた。


「なんだよカミラ。不満か?」


「不満とかではないっ! 意味が分からぬと言っておるのだ! ノアに(くみ)すると言うのなら犬ころなぞ通さんでも――」


「まぁ、まてよ」


 ベルフェゴールはぷりぷりとご立腹な様子のカミラを手のひらで制すと、続けて口にした。


「俺らが? 直接教えてやるって? まず自己紹介から始めるハメになるぜ。めんどくさいうえに、あちらさんもそれどころじゃ無いと思うがな。それに、今の時点で俺たちが完全にノア陣営側に立つってのも芸が無い」


 そのベルフェゴールの言葉を聞いて、カミラは呆れたようにため息をつくと、不貞腐れるように頬を膨らませてぼそりと言う。



「……じゃあ、なんでわざわざ教えたの? ……結果的に助けてんじゃん」


「ははっ」


「笑うとこじゃないんだけど……」



 ケタケタと笑うベルフェゴール。

 カミラはジト目で、ベルフェゴールに視線を送った。


 ベルフェゴールは目を細めてその視線を受け止める。


「じゃあ今からでも追いかけて言ってみるか? 実はカラス野郎の居場所を突き止めたのは僕たちですってな」


 カミラはスッと視線をベルフェゴールから逸らした。



「いや……それは」


「だろ? ダサすぎだ。それに――」



 愉快そうだったベルフェゴールの笑みが、冷たいものに変化する。



「俺たちが教えてやらなくても、どのみちユノ・アスタリオはカラス野郎の居場所をつきとめてたさ」


「……はぁ?」



 カミラは「ますます意味が分からない」とブツブツ呟きながら眉をひそめる。



「そう仕組んだ奴がいるのさ。自作自演……()()()の考えそうなことだ。本気で気に入ってるんだろうな」


「…………」


 そう独り言のように口にするベルフェゴールの横顔に哀愁のような色が見え隠れしていることにカミラは気づきつつも。


(意味わからん)


 というのがカミラの本音だった。


「だったらだ。どうせなら俺たちが一役買ったってことにしといた方が後々()()()()だろ? アイツが不機嫌そうにしている姿が目に浮かんで愉快だしな。まぁ、それもこれも……ノアが俺たちの見込み通りなら、の話だが」


 カミラは視線だけをベルフェゴールへと送ると疑問を口にした。


「……どの程度でお前の見込み通りということになるのだ? ……正直、今のところは期待外れだ。子供にしか見えん。……それに」


 カミラは赤い目を細めると、今はもう見えないその背中を追うようにして闇夜の遠くへと視線を送った。


「…………あやつ、本当に()()()()()()()()?」


「何に、だ? カミラ」


「…………」


 ベルフェゴールの優し気な声色と温かな視線にさらされて、カミラはますます不機嫌そうに眉をひそめると鼻を鳴らした。



「……自分がしようとしていることの意味を、本当に理解しておるのか、という意味だ」


「ふっ」


 鼻で笑うベルフェゴールを横目で睨みつけて、頬を引きつらせるカミラ。

 その様子がいっそう可笑しいと言わんばかりに、ベルフェゴールはケタケタと笑い声をあげた。


「ははっ、なんだお前。神獣に甘いとか言ってたくせに随分お優しいことじゃねーか」


「……っ! きさまっ」


 顔を真っ赤にして口許に鋭い犬歯をのぞかせたカミラを制するように、ベルフェゴールは再びカミラへと手のひらを向けた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………っ」


 時間の経過とともにカミラの巻かれた黒いツインテールがプルプルと震え始める。

 いつまでたっても何も言わないベルフェゴールにカミラの苛立ちが頂点にさしかかった頃。


 不意に、ベルフェゴールが静寂を裂くようにして口を開いた。



「実際、どうなんだろうな」


「はぁ? なにが!?」


「いや、なに、お前の言う通りだよ。ユノ・アスタリオは理解してると思うか? これから自分がなにをしようとしているのかを」


「…………」


「何を成そうとしているのかを」


 言って不敵に笑うベルフェゴールの横顔をカミラは一瞥した後、静かに瞳を閉じて口を開いた。


「……知らん。あやつ、まるで散歩にでも行くように出ていきおったからな」


「フッ。神獣が動揺するのも無理ないか。お前も驚いてたしな」


 そのベルフェゴールの言葉に、カミラは剣呑な表情を浮かべると静かに口を開いた。


「……驚いたのでは無い。………………恐ろしかっただけだ」


「…………」


 ベルフェゴールはカミラの横顔を見て柔らかくほほ笑むと、正面の暗闇へ視線を移した。


「どのみち、もう引き返せない。()()()で奴と殺りあうよりはユノ・アスタリオもずっとやりやすいだろうさ。………………ああ。なるほど」


「……?」


 不思議そうに首をかしげるカミラ。

 ベルフェゴールは何かを悟ったのか、呆れたようにため息をついた。


「なんだ。出し抜いたと思ったら、結局今回はアイツの手のひらなの上なわけか。……まぁ、そこらへんは利害の一致とも言えるが」


 言って肩をすくめるベルフェゴール。

 カミラは何一つ理解できないまま。


「……で、あろうな」


 と言って、深く頷いた。


「……さて、とはいえ俺たちの方針は変わらない」


 言ってカミラへと視線を送るベルフェゴール。

 カミラはその視線を神妙な面持ちで受け止めた。


「世界に喧嘩を売れる器かを見定める。……()()だぞ。カミラ」


「……」


 風がベルフェゴールの金色の髪をなびかせる。

 夜空を見上げるその顔には、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。


「今夜は月が一層綺麗に見えやがる。神話の始まりにはもってこいだ。特に――」


 深紅の瞳が、闇夜の中で爛々と輝きを増していく。


 その瞳が、カミラを向いた。



 ベルフェゴールは囁く。





 ――「神殺し、なんて物語にはな」








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