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100話 「別れ道」

 



 セレナさんと入れ替わる形で、僕は学園の医務室に足を踏み入れた。


「…………」


 既に日は落ちているはずなのに、そんな気はしないくらい室内は明るくて。

 窓から差し込んだ月明りが、その白い顔を薄く照らしだしていた。


「…………アリス」


 瞳を閉じて、横になったままのアリスの姿。

 呼吸に合わせて弱々しく上下する胸。

 制服の裾からのぞく白い包帯。

 そして、綺麗だった顔の随所にある切り傷と、打撲痕。


 僕の眼に映るのは、どれもこれも確かな現実で。



「……ッ!」


 壁を殴りつけそうになる衝動を必死にこらえた。

 その代わりに、両手を強く握りしめる。


 これは僕が受け止めなければいけない現実だ。

 油断と、驕り。


 そしてなにより、目の前で敵を仕留めきれなかった僕の罪。


 その結果がこれだ。

 神様とティナは連れ去られ、アリスは意識を失ったままでいる。


「…………」


 今、僕がしなければいけないこと。それはわかってる。

 一刻も早く、神様たちを助け出さなくちゃいけない。


「……………っ!」


 けれど、じゃあ、どうやって?

 暗部でさえ、まだ敵の行方を掴んでいないのに僕がやみくもに動いても――




「酷い(つら)じゃな」


「…………」




 背後から聞こえたその声に、僕はただただ押し黙る。


 知っている声。

 ……ルナ・フレイムの声。


 それでも僕は、それが本当は誰の言葉なのか、すぐに理解していた。


「……」


 視線だけを背後へと向ける。


 月あかりに照らされて輝く白銀の長髪と白い肌。

 暗がりの中で怪しく光るその紫の瞳が、ゾッとするほど綺麗だと思った。


 いいや。そんなことよりも。

 僕の中で疑問が生まれていた。


「……どうやって、ここに?」


 僕がそう口にすると、ルナ……いや、神獣ポチは僕をじっと見つめたあと、わざとらしくため息をついた。


「それは、どういう意味じゃ?」



 呆れたような声色でそう言うと、ポチは空いていたベッドに寝転ぶようにしてころん、と横になる。


 スカートからのぞく彼女の無防備な白い足を月明りが照らしていた。


「…………」

「…………」


 落ち着け。僕。

 目の前にいるのはルナじゃない。ポチだ。


「…………」


 アリスの様子を念のため確認したあと、僕は冷静に、再び疑問を口にした。

 今度はもっと、分かりやすく。


「……この学園の警備を突破するのは簡単じゃない」


 実際、僕もここに来るまでに多くの暗部構成員の姿を目にしている。

 再びの襲撃に備えて、警戒は万全のはずなのだ。


「ポチ、君はどうやって――」


「見たまんまじゃ。ルナ・フレイムが自らの騎士に会いに学園に来た。それだけじゃ」


「…………」


 僕が口を閉じたのと同時、ポチはその紫の瞳をスッと細める。


「容易じゃよ。わしにとっては、な。……お主もとっくに気づいているはずじゃ。人間の言う盤石な警備など、()()()にとっては意味をなさぬことくらい。そうじゃろう? ユノ・アスタリオ」


 ポチは僕に向けていた瞳を宙へとやると、まるで独り言を呟くようにして口にした。


「……人間の物差し、か。難儀なものじゃな」


「…………」


 紫色の瞳が再び僕を向く。

 その瞳が、あまりにも優しい色を宿していて。


「……神にも届き得る力をもってなお、おぬしの心は()()ままなのじゃな」


「――――」


 そんなことを言って、ポチはルナの姿のまま僕に背中を向けるようにして寝返りをうった。


 沈黙するその後ろ姿を眺めながら、僕はポチの言葉について考える。


 幼い……? ()()


 生まれてすぐに物事を考えられる頭があった。

 つまり、生まれたその瞬間からボクは成熟していたのだ。


 それが()()じゃないってことくらい、僕はもう知っている。


 そんな僕の考えを見透かすようにして、ポチは背中を向けたまま僕へと告げた。


「12年。たったそれだけじゃ。わしらにとっては赤子に等しい」


 ……突然なにを。


「でも、僕は……」


「ユノ。お主はわしにとっては12の子供じゃ。そこで寝とるのとなにも変わらん。今回のことだっておぬし一人じゃどうしようもないことじゃ」


「僕はっ!」


「ユノ」


 僕の名前を呼ぶその声は、涙がでそうなくらい優しい声色だった。



()なら、()()に生きていけるのじゃぞ」


「…………」


「すべて暗部とやらに任せるでも良いじゃろう。そういう選択もおぬしにはある。たとえそれで何かを失っても……誰もおぬしを責めることはできんはずじゃ」


 ……そう、だろうか?

 いや、たぶんポチだって分かってる。


 それは僕は()()()()()だったならのお話だ。




「……それでも、止まらぬと言うのなら」



 ポチはルナの姿のままおもむろにベッドの上へと立つと、背中越しに僕の目をじっと見つめる。

 月明りが彼女の白銀の髪を、美しく照らしていた。


 その髪が――風を受けるようにしてなびく。


 空間に、風が生まれていた。



「ここから先は、人外。神の領域じゃぞ」




 ルナの紫色の瞳。

 それが次第に黄金へと変化していく。


 分かっていたはずなのに。


 そのあまりの神々しさに、僕は思わず息を飲んだ。


「わしが教えてやろう。おぬしが追っているのはただの化け物ではない」


「……」


「英雄神の一柱、名をマルファス。正真正銘、現生の神じゃ」


「…………なんで?」


 当然、衝撃は受けていた。

 けれどなぜだろう。


 不思議と驚いていない僕がいる。

 アスタロトの例があったからだろうか。


 冷静な自分と、混乱している自分。


 相反する二つの自分が、胸の中でせめぎあって。その中で生まれた疑問は、結局最初と変わらない。


 敵が神だとか、化け物だとか、そんなことは本当にどうだってよくて。


「なんで、英雄神が……女神アテナを?」



 僕と戦ったあいつがそうなのだとして、


 なんで同じ神が、野良神を? 神様を攫う必要があるんだ?

 それに僕はマルファスという名を知っている。


 脳裏に浮かんでくるマロの姿。


 いや、そのまえに。ポチに問いたださなきゃいけないことがある。


「なんでそれを今まで僕に黙ってたんだ?」


 僕がそう言うと、ポチはぎこちなく僕から視線を逸らした。

 ポンッと白銀の髪の上に、黒い狼耳が現れる。


 明らかに動揺しているのが分かった。


「……わしも、()()掴んどらんかった」


 そう囁くように言って、ポチはふてくされるように腕をくんでベッドの上に腰をおろした。


 僕はというと、少しだけ混乱していた。

 あまりにも大きな情報だ。


 野良神を攫っていたのが、英雄神の一柱だった。そんなことが広まれば、国中に激震がはしる。


 それに暗部でさえ掴めていない正体をどうやって――。



「その情報を、わしのとこに持ってきた奴がおったのじゃ」



 不快そうに鼻を鳴らしながら、ポチはふてくされるように言って瞳を閉じた。



「……ほかには?」


 とっさに僕は、口にしていた。


 そう。敵の正体が分かった。それはとても大きなことだけど。

 それよりも必要な……欲しいものが僕にはある。


「…………」


 ポチも大方予想していたのだろう。


 最初、小さくため息をついたあと、まじめな表情をして僕を見つめると口を開いた。



「当然、居所も掴んでおる」



 その言葉をきいた瞬間、スッと自分の中でなにかが凍ったように冷たくなるのがわかった。



()()()()()()からのリークじゃからな。信じるかどうかはユノ。おぬし次第じゃ」




 黄金の瞳がまっすぐ僕を向いている。



 その瞳を見つめながら、僕はただ、拳を強く握りしめた。


 答えなど、とうに決まっている。

 ほかにすがりようがないのだから。


 それに、敵が誰であろうとも、僕のやることは変わらない。


 

「いこう。ポチ」


 そう口にして、窓際まで足を進めた。


「急がなきゃね」


 まだ僕の中には女神アテナの力が宿ってる。

 つまり、まだ間に合うってことだ。


 窓を開け放つ。

 瞬間入ってきた風が、僕の髪を強く揺らした。


 「……?」


 静寂にふと、振り返る。

 ポチは僕を見たまま固まるようにして、目を見開いていた。

 

 なんでだろう? 


「ポチ?」


 ポチの黄金の瞳が、揺れている。

 緊張してるのかな?


 僕は努めて笑顔で言った。



「さぁ、いこう」


 

 









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