95話 「気づき」
――私は知っている。
自分の程度を、知っている。
私という存在が生まれてより今日まで、己が最も強い……などと自惚れた日は一日たりとてありはしない。
上には上がいるのだ、と。
嘆き、腹をたててもなお、受け入れることができている。
――だが。
『……なんだ、コレは』
撃ちだした魔力――その、ことごとくが切り払われていく。
種を問わず生物にとっては間違いなく脅威であるはずの威力をもった致命の光。
それが手のひらを離れてすぐに、割れた硝子のように飛散していくその光景を、私の眼は捉え続けている。
…………。
私は、最強ではない。そんなことは知っている。
だが同時に、理解しているのだ。
この世界において私は間違いなく強者だと。
並び立つものなど、同じ種以外にはありえない。
――ありえない、はずだ。
『……』
最初の一撃。
私が腕を失ったそれは、油断が原因と言えた。
驕りではなく、油断だ。
可能性の問題なのだから。
一体誰が想像できるというのだろう。
私の想定以上の速度。反応が遅れる程の一撃。
そんな芸当ができる人間を私は知らない。
ありえないことなど想定の外のものだ。
故に油断と断言できる。
私はすぐに己の中の概念を書き換えた。
そういうこともあるのだ、と。
では――アレは?
確かに、私の眼は時間を経るごとにやつの姿を鮮明に捉えるようになった。
やつの速さに私が慣れてきた結果だろう。
つまり油断しなければ、どうとでもなるということだ。
『だが……』
ならばなぜ奴はいまだに傷一つ負うことなく走り続けているのか。
考えるほどに、油断を捨てさった後に受けた胸の傷が――ひどく痛んだ。
『……』
怒りで我を失いそうになる。
制限はあるとはいえ、手は抜いていないつもりだ。
殺意をもって放つ直撃必死の光線。
それを避け、切り払い、なおも走り続ける人間が今、確かに私の眼の前にいる。
……いったいどれほどの研鑽を積めばあの域までたどり着けるのか。
私に危機感を抱かせる人間など…………。
『…………………………人間?』
疑問が、生まれる。
その思考に囚われた瞬間に――私は左腕も失った。
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つまり――だ。
異常じゃなければいいってことなのだ。
僕の思う異常ってのは、アスタロトみたいなやつのことを指す。
人智を超えた存在。
消えたと錯覚する程の異常な速度。地形を変える異常な攻撃とその力。
あれに近づけば、近づくほど、きっと僕は化け物になってしまう。
だから、今。僕が……ユノ・アスタリオが目指すべきは。
「…………」
脳裏に浮かぶ強者――その動きを思い出しながら模倣を試みる。
クロードなら。
ツヴァイなら。
ジースなら。
ロイド先輩なら――。
「この程度は、きっとやってみせる」
異常な速度で迫ってくる光を、躱して、斬って、走り続ける。
あとは――タイミング。
そう考えていた時、規則的に飛んできていた光の連続に、ふと空白が生まれたことに気づく。
「……ッ!」
人間をやめるつもりのない僕にとって、それは待ちに待った隙だった。
地面を強く蹴り上げて、夜空へと飛び上がる。
加速していく視界。
夜空に輝く星々と銀色の月。
その美しいはずの景色に、許容できない異物が混じってる。
「…………」
僕は奴の元まで到達してすぐに、湧き上がる不快感そのままに短刀を上から振り下ろした。
「……ッ!」
水の塊を切り裂いたような、鈍い感触。
僕の斬撃は再び黒い影の一部を切断した。
血のように散らばる無数の黒い欠片。
それらを視界の端に捉えながら、続けざまに斬りかかろうとした瞬間に、強烈な違和感が僕を襲った。
「……なんの……つもりだ」
浮遊感が全身に広がっていく。
追撃を中止し、落下していく僕の体。
地面に背中を向けるような体制のまま、僕は思わずそう口にしていた。
黒い影は、静止していた。
反撃はおろか、回避の意思も感じられない。
別にそんなの無視して追撃すればいい――そんなことは分かってるのに、その異常な違和感が僕の体を固まらせていた。
不快な声が、僕の鼓膜をたたく。
『……オマエは』
黒い影。そこにある目のような二つの赤い光が、観察するかのように僕の顔をじっと見つめている気がして。
『……アア。ソウカ』
空から落ちていく僕。視界の中で小さくなっていく黒い影。
風の音に混じって、その声は僕の耳に届いた。
『そういうことカ』