表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/155

93話 「己己」

 




【sideランス】





『それは僕の役目だ』


 穏やかな音を宿して耳に届いたユノの声。

 それでもボクの指先は求めるように彼の背中を追った。


 ――止めるべきだ。


 使命感にも似たそんな思いは、次の瞬間に消え失せた。


『すぐ終わるから』


 そう言ってニッコリと微笑むユノを見て。


「――――」


 ボクはまるで、時間が止まったかのような錯覚をした。

 全身が粟立つ感覚と……それから、心臓の鼓動。


 耳の奥から絶えず聞こえてくるその音を聴きながら。


 ボクは、ただ、ただ()()した。


 おかしな話だった。

 だってボクはこの場に来た時からずっと恐怖していたはずだ。


 黒く揺らめく炎のような影。アレにボクは敵わない、それが分かっていたから。


 あの感覚は知っている。濃密に香る死の予感。


 誰だって、怖い……怖いはずだ。


 それなのに――ユノの笑みは、そんな恐怖をたやすく超えてきた。


 ……知らなかったんだ。


 人間というのは、むせ返るような殺気と、膝が震えてしまうほどの魔力が広がるその中で、あそこまで穏やかな笑みを浮かべることができるのだろうか。


 未知の『違和感』それから…………筋違いな『期待』


 それらがボクの恐怖の質を変化させた。


 頭の中がごちゃごちゃになっていくのが分かる。


 ――だから、錯覚だと思ったんだ。


 手を伸ばすのを躊躇うほど、()()()()()()


「……ユ、ノ?」


 その背中を、ボクは一瞬で見失ったのだ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



【sideマルファス】




 油断は無かった……とは言いがたい、が。


「……おもしろい」


 ()()()


 そうぼんやりと思い浮かべた次の瞬間に、私の右腕は吹き飛んでいた。


 業腹なことに痛みも多少ある。だが、これは罰として受け入れよう。

 敵などいないと、目測を誤った私への罰。


 当然、致命の一撃には程遠い。私にとってはかすり傷のようなものだ。

 時が経てば、すべてが無かったことになる。その程度の傷だった。


 消失した腕の先を眺めながら、私は何度も思う。


「……」


 大した傷ではない。


 油断が生んだ傷なのだ。


 動揺など――


 ………………。



「…………貴様……」



 冷静になる必要がある。

 なにも辺り一面を焼け野原に変えたいわけでは無いのだ。


 契約もある。可能ならばあまり大事(おおごと)にはしたくないというのに。



「なんだ……その顔は……?」



 背後に立ち追撃もないまま、背中越しに私を見る小僧の顔。その表情が、私を()き立てる。



 私の右腕を切り飛ばしたのだ。

 神である、私の腕を。



 知らぬとはいえ称賛ものだ。偉業と言える。伝説にもなり得よう。


 それなのに。その男の顔には、『無』があった。


 ただじっと、私を見つめる黒い瞳。その表情。


 そこに喜びはない。

 動揺も、悲しみも。

 怒りも、恐れすらも。


 まるで、それが――



「当たり前だとでも……言いたいのか?」



 返答は、無い。


「……」



 …………いかんな。

 どうも頭の回転が速すぎるというのも考えものだ。


 手に取るように、答えが分かってしまう。



 被害妄想? いいや違うな。

 二度は間違わん。声にならずとも、良く分かる。



「…………()()()()が」


 …………ルシファー様。お許しください。



「……すぐにくたばってくれるなよ」



 私は、自分(本能)を、抑えられない。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【sideクロエ】



 思わず耳を塞ぎたくなる大きな音と。


「…………」


 思わず目を閉じてしまう程の眩しさ。


 その繰り返しの中で、わたしは自分の目を疑っていた。



「……あ……え?」



 唇が震えているのが分かる。

 けれど、そんなの当たり前だ。


 黒い影。


 わたしはアイツの脅威を……強さを知っている。


 自分が今、こうして足で立って……生きているのが奇跡だということも、もちろん理解している。


 だから、こそ。



「……ユノ……?」



 目の前の現実を受け入れられない。


 飛び交う光の雨の中、その男の子は駆けていた。

 それこそ、()()()()のがやっとな程のスピードで。


「……」


 勘違いじゃなければ、ユノはあの化け物と対等にわたりあっているように私には見えた。


「……ッ」


 黒い影と向き合った時の恐怖。思い返すたびに、体が震えた。

 そうだ。あれはわたしたちじゃ、どうにもできない化け物のはずで。


 …………じゃあ、それと対等に戦っているユノは?


 今すぐ誰かに答えを教えてほしくて、わたしの目はさまよった。



 その先で。目を見開いて固まっているランスの横顔をみつけて。


「…………そっか」


 わたしはようやくこれが夢ではないことを知った。



「クロエねぇ、おれ、なにがおこってるかわからないんだけど……」



 わたしの顔を横から見上げるようにして、ヨハンが不安そうな表情で言う。


 安心してほしい。


「……大丈夫。わたしもだから」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



【sideフィーア】




 到着してすぐに、私は視界に映った光景から状況を推測した。


 子供たちを守るようにして立っているクロエ。

 固まったように動かないランス。


 そして――。



「……」



 ユノ君に対して驚きはない。

 それよりも、彼と対等に渡り合っている黒い影の正体を私は考え始めていた。


 …………いいや、嘘ね。驚いている。



 彼が、ユノ君が強いなんてこと、私はとっくに知っていた。


 ……正しくは、知っていると思っていた、のでしょうね。


「まさか、これほどとは」


 彼の実力を知る度に、私は自分の不甲斐なさと、ロイド様への底知れぬ恐怖を感じてしまう。

 さすがは特異点? ということなのかもしれない。


「……」


 私は状況の詳細を知るために、静かに足を進める。


 そうして近づいてきたランスの背中に問いかけようと、私が口を開いた瞬間だった。



「……フィーアさま」


 小さな声だったけれど、彼はたしかに私の名前を呼んだ。



「……ボクは……止めるべきだったのでしょうか?」


「……」


 じっと前を向いたまま動かないランスの背中。


 私はなにも答えない。

 その問いの答えを、きっと質問した本人も知っているから。



「……フィーアさま」



 ランスはぎこちなく視線を私へとよこした。



「彼は……ユノ・アスタリオは……何者ですか?」


「……」


「暗部のルールは知ってます。秘匿すべきことも。聞いちゃいけないこともあるって」


 ランスの瞳が、私をじっと見つめている。

 驚き、不安。それから期待。


 ……表情には気をつけなさいってあれほど言ったのに。

 けれどそれを責める気にはなれなかった。


「……」


 私は小さくため息をついてから、少し間をおいて、ランスに告げた。



「彼の名はユノ・アスタリオ」


 もったいぶるように前置いて。



「そして…………数字持ち(ナンバーズ)



 ランスが目を見開いたのが分かった。



「序列は――」



 ――私はその数字を口にした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ