幕間 「マルファスⅡ」
これは……怒り、だろうか。
自己本位の考えが許される存在が神なのだとすれば、私の覚えたこの感情は正当なものであるに違いない。
誰に向けて言い放つわけではないが、そうだな。
この感情が新鮮であるうちに、私はこの苛立ちを吐き出す必要がある。その権利があるはずだ。
だが、皮肉なことにその原因を作った張本人に意見する度胸も勇気も私にはない。
……本当に皮肉なことだ。
どれだけ肩書を変えようと私は私である、ということなのだろう。
…………。
予定が狂った。
私の力を上手く扱えなかったという眇眇たる我が眷属。その説明に赴くという名目で私は学園に潜入し、そして思惑通りに女神アテナに近づいた。
今、思い出しても笑いがこみあげてくる。
恐れ、不安に揺れていたあの瞳。まるで小動物の如く震える小さな肩。
そこにかつての面影など微塵もない。
私はいったい何に恐れていたのだろうか。あの程度の存在に。
最悪、無理やりにでも連れ去ろうと考えていたが、その必要もなかった。
あまりにも格が違いすぎた。
情けなくも、本来子供だまし程度の力しかない私の眼に操られる程度では、脅威にはなりえないのだ。
それは女神アテナと共にいた人間も同じこと。
失敗などしようがない。
すべてはうまくいっていた。……うまくいくはずだった。
………………。
予定が狂ったとしかいいようがない。
まさか、既に同族に唾をつけられた人間が現れようとは。
…………いや、浅はかだったのは私か。
あの学園にいる人間であれば、そういうこともあり得たはずなのだ。
考えが甘かった。
あの時。女神アテナを目の前にして私がすべきだった選択は――。
……今更考えても仕方がないか。
次に間違わなければ、それでいい。メインディッシュは後に残しておくというのも悪くない。
だが、この昂ぶりは、鎮めなければ。
……丁度いいか。
私が見つけた野良神のうち、どうとでもなると捨て置いていた奴がいる。
可笑しなことに、そいつはまだ野良神であることを誰にも知られてはいないのだ。
故に、今まで捨て置いた。保存食とでも言っておこうか。
今にして思えば、奴が今日まで生きながらえていたのは、この時の為だ。
…………唯一の懸念は場所が少々厄介なことだが。
「…………」
いや、待て、まさかあの人間が現れたのも……。
…………………考えすぎか。
いかんな。どうも私は心配性な嫌いがある。
それに裏をかかれたのならば、更にその裏をかけばいいだけのこと。
そういった意味でも、やはり今夜、あの野良神を捕えることに意味はある。
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暗く鎮まるカンナの街。
その上空でマルファスは白銀の月を背に、眼下の街を見下ろしていた。
――酷く冷たい笑みをその顔にウカベナガラ。