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もうひとつのクリスマス 1 

作者: 波多野道真

思い出の中の人と今の恋の綱引き。

「これ美味しそうだよね。クリスマスはお肉焼くから、これにしようか?」

彼女の選んだ赤ワインを会計した。

クリスマス前の街は混み合っていて、ワインの専門店もいつになく人が多かった。

会計が終わるまでに待ちながら周りのワインを眺める。

私、赤ワインは渋くて飲めないんだ、しゅわしゅわなら飲めるよ、とワインはスパークリングばかり飲んでいた人をふと何故か思い出した。


つきあっている彼女と2度目のクリスマスだ。

「年末進行しんどくない?康幸の部署はどう?」

帰りの電車の中で彼女が話してくる。

同じ職場の彼女とは、1年と少し前につきあい始めた。てきぱきしていて、しっかり者で、大きなアーモンド型の目に長い睫毛が美しい、一緒に暮らしていても問題のない彼女。

もう僕も30歳になった。おそらく彼女と結婚するだろう。そのつもりでつきあっている。

「うーん、今年は売り上げ下がってるから部長も課長もビリビリしてるよ」

「だよね。私も営業さんがギリギリまで粘るから残業多くて疲れちゃった…」

彼女はあくびをしながら僕の肩に頭をもたせかけ、目を閉じた。

「寝ていいよ、起こすから」

「うん…」



日曜日の夜のせいか、平日よりも混んではいない。

彼女の頭の重みを肩に感じながら、ゆっくりと車両の中を見回した。

「!!」

ドアに近い席に座る女性の顔を見て釘付けになった。

真由美…?!

いや違う。

年齢も違うし、だいたい彼女はもう…。

でも僕は真由美にそっくりのその人の顏から目が離せなかった。


その人は、10代の子供と一緒に席に座っていた。

きっとその人の子なのだろう、話しかけて子供から何か言われては苦笑いしている。目尻の皺も、ふっくらした頬も、愛おしげに子供を見る瞳も、その人が母親であることを表していた。

もしも。

君と一緒になっていて、共に年を重ねて子供がいたら君はこんな風になっていたんだろうか。

君は童顔だったから、年を取っても可愛いのは変わらないんだね。

きっと君がいくつになったとしても、僕は君を抱くと思う…


バチッ。


ふとこちらを見たその人と目が合ってしまった。

慌てて目を逸らす。

ああ、僕は赤の他人を使ってなんてことを思ってしまったんだろうか。

それも10も20も年上の女性に。

失礼にも程がある。

おまけに隣にはつきあってる彼女がいるっていうのに。

自分のやったことが信じられなくて下を向くしかなかった。


真由美に似ているその人の視線ははっきりとこう言っていた。

”若者がおばさんに何の用?!”

僕の不躾な視線を咎めるように見つめられているのがわかった。

隣の彼女が目を覚ます。

「もう着くね…。晩ご飯、簡単でいい?」

「ああ、ありがと…」

僕は車両の床を見ながらぼんやりとうなずく。



「やっと着いたね~。降りよ?」

彼女がさっさと席を立ち、ドアへ向かう。


僕はあんな情けない気持ちになったのにも関わらず、いつまでも席を立てなくて、電車を降りたくなかった。

真由美に似た人。そう絶対にこの人は真由美じゃない。

10代の子供を連れた知らない中年の女性だ。

それなのに、ずっと見ていたくて。


その人は一切僕の方は向かずに目を伏せていた。

僕はゆっくり立ち上がり、その人の前で電車が停まるのを待った。

ご迷惑かけてすみません。

あなたがあまりにも大好きだった人に似ていたから。

真由美の未来があなたのようだったらと思ったんです。

真由美と僕との未来が。


僕は最後にチラッとその人を見た。

その人はやっぱり真由美にそっくりで、僕が望んでいた未来を体現していた。




クリスマスイブ。

僕は彼女と過ごす。

押入れの奥から埃をかぶった箱を出した。

「康幸、それなあに?」

埃だらけの箱を開けながら言った。

「これ?キャンドルだよ。昔の友達がくれたんだ」

「へーえ!素敵なキャンドルだね。手作り?」

「そうそう。だから、特別な時に点けたいなと思ってて」


真由美が生前趣味にしていたキャンドル作り。

五年前にクリスマスに亡くなってから毎年一人で灯していた。

スパークリングワインを飲みながら。

これが最後の一個だ。

形見のように取っておいたけど、多分もう僕はこれを一人で灯すことは無いだろうから。


「点けてみよっか」

ポワっと優しいオレンジ色の炎が灯った。

「きれいだね」

微笑む彼女の顏に炎の揺れる影が映る。

「うん。きれいだ」

このキャンドルが燃え尽きたら、僕の真由美への気持ちもどうか終わっていますように。

そうしたら、目の前の彼女にプロポーズをしよう。


「ワイン、開けるね」


僕らは彼女が選んだワインで乾杯をした。

赤ワインは嫌いじゃないはずなのに、いつになく渋く感じられた。




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