第10話 虚無な日々と胎動
顧客を訪問した日、あの剣山で刺されるような痛みはその日の内に収まったのだが、明らかに走る前よりも痛みは総合的に判断してひどくなっているのをおっさんは感じていた。
そうあの短い距離を走っただけで、おっさんのヘルニアは悪化してしまったのだ。
体感的には走った事によって注射を打つ前に戻ったような状態となってしまったのである。
そして、この仙骨硬膜外ブロック注射は赤い帽子の配管工にとっての星のようなもので、ある程度の期間を過ぎると効果が薄れるもしくは無くなってしまうようであった。
注射の効果は人によって違うがおっさんには1週間から10日程度の持続であった。
そのため効果が無くなると、悪化した分が上乗せされさらに不自由な生活を余儀なくされてしまうであった。
平日は会社で痛みに耐えながら仕事をし、休日は寝て過ごす、そしてたまに仙骨硬膜外ブロック注射を受けに行く、そんな何の楽しみも面白みも無い日々を過ごしていた。
(痛みに耐える、注射を打つ以外はヘルニアになる前とそれほど変わらないような…。)
とにかく仕事以外やることの無くなったおっさんは鬱屈した日々を過ごしていたのである。
あの剣山の痛みから1ヶ月程度経過した3月中旬、おっさんはその日も痛みに耐えながら仕事をバリバリしていた。
仕事に集中していると痛みも気にならなくなり、気分も和らぐ。
あいも変わらず社畜なおっさんであったが、そんなおっさんにまた転機が訪れる。
上司がおっさんの席にやってきて徐に空いていた隣の席にどかっと座り。
「おっさん、最近腰の調子はどうよ。」
「んー、それがあんまり改善が見られないというか、悪化しているというか、良くわからないというか、ぼそぼそ。」
腰に関して自信の無いおっさんは自然と声が小さくなる。
「そかそか、まだ痛いんだなー。」
上司の声はおっさんの声とトレードオフしたかのようにでかい。
「実は…。」
「実は?」
(何だ、腰が痛いから左遷か、まじか窓際か。嫌だー。)
変な妄想渦巻くおっさんに上司は
「今の仕事、5月くらいには立ち上げの関係で中国に行く必要も出てくるだろ、実際のところどうなんだ。」
「いやー…。」
この質問じつはおっさんが聞かれて一番答えづらい質問でもあり、棚上げ(現実逃避)していた問題でもあった。
おっさんの会社は中国に工場があり、新規製品の立ち上げには訪中して直接現場、外注に指示を出す事になっていたのである。
正直今の状況では、とてもではないが中国に出張なんてできないよ。
「別に立ち上げなんて、最悪別の奴に行かせてもいいんだよ。それならそれで今から誰か若いのサポートつけるし、でも今回の案件はおっさんが顧客から直接頼まれたんだから、やっぱ行きたいんじゃ無いかと思ってな。」
社会人になって15年以上、仕事に対して変な?責任感が芽生えたおっさんの事を多少なりとも理解して上司は今後の事を考えて動きはじめたのであった、それを感じとったおっさんは。
「そうですね、一度医者と相談してみます。」
結局、整形外科エモンに泣きつくのであった。
次回 おっさん死す?整形外科スタンバイ!