主人公 2
葬式はあっけなく終わった。交通の便が悪い地域だ。通夜・告別式に来た人数は合わせても50人もいなかった。
ほとんどがご近所さん。後は、僕の高校の教師とかばあちゃんの古い友人。
両親にも連絡したが来なかった。二人共仕事で行けないって。
百歩譲って母はともかく、父は肉親の最期すら来ないってどういうことだ!?と、父の親戚や古い友人さんが怒った。
ばあちゃんの遺言書が見つかった。仏壇に置いてあったそうだ。
遺言書はあまり葬式にお金をかけず、遺産を皆に分配するようにとし、寺の私有地に関しては寺は無くしてもいいが、土地は僕に継承するように書かれていた。
僕のことは生前に父の親戚に頼んでおいたそうだ。将来、僕がどんな職業を目指してもいいようにと僕の遺産分とは別に生前贈与という形で割り増ししたそうだ。
僕は嬉しかった。
土地を僕に譲ってくれたのだ。
今まで通りの生活ができる思っていた。
父に土地を売ったと知らされる前は....
父はあくまで役人だった。
土地を継承したことにより、成績優秀の僕を故郷に留められると危惧した父は親戚を僕の将来のためと上手くそそのかし、僕が学校にいる間に土地の権利書を持ち出させ、売却した。
親戚は父が国税庁の職員で身内で一番税に詳しい人で仮にも僕の父親だからと信用し、僕の遺産分と心ばかりにと親戚自身の遺産を渡した。
それが間違いだった。
事の真相が分かった親戚はすぐに弁護士を立てた。
しかし、父が数倍も上手だった。
僕が父の息子だということ。証拠が無いこと。何より土地の権利書を僕の後見人である親戚自身が持ち出したことが致命的になり、身内同士の争いで警察も介入できない状態では裁判でも勝てないことを弁護士から告げられた。
親戚から告げられた僕は絶望した。
親戚は気が済むまで殴ってくれと僕に頼んだ。
だけど、殴る気力もなかった。
数日後、父から数年ぶりに連絡が来た。
「都内にお前の遺産と土地を売ったお金でお前の住居を準備した。家具・家電も新品でペットも飼える住居だ。家政婦も雇った。今年、お前は受験生だろ。そんな肥溜めな場所にいないでこっちに来て大学に進学し、官僚となれ。それがお前の幸せになる。母もそう言っている」
初めて親を罵倒した。
数年ぶりの親子の会話がそれだった。
あくまで両親は僕を傀儡人形にしか見ていなかった。
数日後に来る父の手の者とここで争うかどうか悩んだ。だが、もはやここは自分の所有する土地ではなかった。
ならば、どうするべきか?
親が最も嫌がる行為はなんだろうか?
答えはすぐに分かった。僕という存在がこの世から消えること。すなわち死ぬこと。
僕は身支度を整え、家を出る準備をし、お世話になったご近所さんに挨拶した。皆、東京に行ってしまうことに泣いていたが僕は今から死ぬことを言えなかった。
小さい頃からお世話になった人達だ。まだ僕が生きているとしてもらった方が為になると思ったからだ。
家を出る前日、ふと僕はばあちゃんの話を思い出した。
「<白神の森>には絶対に行ってはいけないよ」
「どうして?」
「神隠しにあって、二度とこの世界に帰れないからさ」
「何で帰れないの?」
「名前を奪われるからさ。それで帰る道が分からなくなる」
<白神の森>はこの地域に伝わる不思議な森だった。
一見普通の森だが、一度人が迷い込めば二度と帰れないと言われ、噂を聞きつけた自殺希望者が訪れていた。
当然、地元民はそんな森には行かない。猟師もその森だけは例え手負いの獣が逃げても追わない徹底振りだった。
どうせ死ぬつもりなんだ。
理想的な死に方があるわけではない。
最期に行くお参り感覚で僕はその森に行くことを決めた。
家を出る日。僕は簡単に荷物を整えた。
持っていくものは紙、ボールペン、果物ナイフ、荒縄、一日分の食料と水、そしてばあちゃんと共に育てた野菜の種を数種類ずつ。
紙とペンは遺書を書くため、ナイフは荒縄が木から吊れなかった場合のため食料と水は最後の食事分として、種は願わくばあの世で野菜を育てたらいいなと気持ち的に...
家の戸締りをして、鍵をどうするか悩んだが持っていくことにした。あの世でばあちゃんに渡せたらいいなと考えて。
家を出て約3時間。<白神の森>の入り口に着いた。既に先客がいたようだが状況から見て、大分前の先客のようだ。
最期に村を目に焼き付ける。一緒に畑作業した日、雨漏りで色んな音を楽しんだ日、大きな鹿肉を誕生日祝いで食べた日、一人で山に入って滅茶苦茶怒られた日。
今、目を閉じても思い出すことができる。存分に焼き付けた後、僕は一切振り向かず、森に入った。