堕天使
あなたは、私をどうしたいの?
助けたい。
このままだとあなたは死んでしまう。
それでも。
私のことを知ったら後悔するかも。
君は俺を助けてくれた。
今度は俺が助けるんだ。
ありがとうってちゃんと伝えるまでは諦めるもんか。
そう…。
「ハッ!!」
バンは飛び起きた。
見覚えのあるソファで眠っていた。
ベン叔父さんの家のソファだった。
「生きてる…ってそうじゃない!あの子は!?」
狼狽えていると背後からいきなり魔界人参で殴られた。
コンッという小気味の良い音が部屋に響く。
ベン叔父さんだ。
「痛ってェ…」
「いつまで寝てんだバン坊。…大丈夫だったか?」
ベンおじさんは小太りのデーモン族だ。
大きな一つ目に、二本の小さな角が生えている。
元は屈強な戦士だったらしいが本当かどうかはよく分からない。
魔界人参の農家を営んでおり、俺もよく手伝っている。
父親の代わりのような存在の人だ。
「叔父さん!?俺と一緒にいた女の子は!?」
バンはベン叔父さんの両肩をつかむと、ガタガタと揺らした。
「とりあえず落ち着けバン坊…あのお嬢ちゃんなら隣の部屋のベッドだ」
バンは踵を返すと、一目散に隣の部屋の扉に向かう。
ベン叔父さんはすかさず手にした魔界人参をバンに投げつける。
またしてもコンッという音が鳴り響き、バンは崩れ落ちた。
「ぐえっ」
「落ち着けって」
「具合は大丈夫かお嬢ちゃん」
「はい…すっかり大丈夫です。ありがとうございます」
ベン叔父さんは魔界人参のスープを少女に渡す。
ベッドに座っている少女の表情は固かったが、あの時の殺意に満ちた瞳はどこにも無かった。
「とりあえずそれを飲むといい。落ち着くぞ。うちで採れた人参のスープだ」
「おいしいです…」
ベン叔父さんと少女のやりとりを見て、バンは腕を組んでいた。
先ほど人参で殴られた痕がまだ疼く。
それよりも、何から話したらいいものか…
「ほら、言いたいことがあるなら言いな」
ベン叔父さんが肩をポンと叩く。
少女がこちらを無表情に見つめている。
「えっと…あの。あの時は助けてくれてありがとうな」
少女は小さく笑ったが、またすぐに固い表情に戻った。
「いえ…私こそ巻き込んでしまってごめんなさい」
少女はぺこりと頭を下げる。
頭上を回る輪っかがどうしても目についてしまう。
「この輪っかは…?」
「お嬢ちゃん、もしかして天使なのか?」
ベン叔父さんが少女に尋ねる。
「はい…」
「そうか。しかし翼が見当たらないが」
「…」
しばしの沈黙が流れる。
天使…?
始めて聞いた言葉だ。
「おじさん、天使ってなんだよ」
「そうか、お前は若いから天使のことを知らないんだったな」
「天使とは」
少女が語りだす。
「この魔界とは違う世界…天界に住みし光の住民です。申し遅れました、私の名はルシフィ。かつてセラフィム級の一人にして『神の右』と呼ばれていた堕天使です」