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夜桜お七と子猫ちゃん

2023年3月某日-札幌市内のカトリック系幼稚園にて。

昨日のお説教と懺悔が身に応えたのかシスター紫子はいつにもなく憂鬱な朝を迎えることとなった。

それもそのはず、昨日の料理会で自分の感情をコントロールできないまま傍若無人な振る舞いをしてしまったことは非常に反省すべきことであるし、ましてや博愛と奉仕の精神を貫くシスターとしてはあるまじき行為であるからだ。

自分がやったことは、修道女(シスター)としてあるまじき行為であることはよく分かっている。

しかしながら、あのカレーの時のドタバタ騒ぎは別として、奴-田中雅司だけは断固として許せない存在であり、抹殺したいほかなかったのだ。

でもそれが今となっては本当に後悔している。

あの時自分がやったことは、人間としてやってはいけない行為だったのだ。

今現在そのことを悔いても悔いても自分のやったことは取り返しがつかない。

そんなことをしているうちに園児たちが次々と登園して身支度を済ませ、出席カードを確認したところで自由活動が終わり午前10時15分-朝のお祈りの時間となった。

午前10時15分から10時30分までの15分間、紫子は神に祈りを捧げながら考えていた。

今度またあの疫病神-田中雅司が現れたら、自分は何をなすべきなのか。

もう2度とバズーカ砲で攻撃したりするようなことはやめよう。

腹をくくってきちんと話をするのが最善の策かもしれない。

いやそれよりも奴-田中雅司は背徳者なのだ。

自分は神に仕える人間としての行いをしている。

なのに奴は神そのものを侮辱したのだ。

自分たち聖職者が精神的支柱として崇拝している神-イエス・キリストを信者でもない風采の上がらない疫病神にけなされたのは自分たちの存在そのものが否定されて同然のことなのだ。

とにかくあの疫病神だけは顔さえも見たくない-いや2度とこの幼稚園には来てほしくない。

そんなことを考えているうちに朝のお祈りの時間が終わった。

朝のお祈りが終わってから午前11時30分までは自由活動もしくは集団活動の時間だ。

この日紫子たちのクラスでは、鍵盤ハーモニカの演奏が行われていた。

「今日はアンパンマンのマーチを演奏しましょう。」

紫子自身、さっきまでの陰鬱な表情とはうって変っていつもどおりの園児に見せる明るい表情にチェンジした。

紫子が鍵盤ハーモニカのホースの吸入口に全力で息を入れて演奏を始めると園児たちも一斉に演奏を開始した。

園児たちの演奏はなかなかの出来栄えだ。

中でも一際ずば抜けているのは、昨日のあの美味しそうな和風カレーを紫子の前で披露して周囲を驚かせた黒髪の三つ編み・一つ結びの落ち着いた雰囲気を醸し出すあの女の子である。

その女の子の指捌きは周りの園児と比べ物にならないほど洗練されたものであり音階やリズムとの調和も実に絶妙だ。

「涼花ちゃん、本当に素敵な演奏ですね。」

「先生、私自慢ではありませんがこの「アンパンマンのマーチ」のほかにも「千本桜」や「ムーンライト伝説」も弾けるようになりました。今「夜桜お七」が全部弾けるように頑張っています。」

「涼花ちゃん。この調子でこれからもがんばってね。」

幼稚園児の鍵盤ハーモニカの演奏にしては最高といっていいぐらいの出来栄えに感心した紫子は、これからもがんばっていいメロディを聴かせてちょうだいねとの期待をこめて涼花ちゃんに励ましのエールを送った。

しかしながらこのまだ6歳になるかならないかの涼花ちゃんが、あの坂本冬実の代表曲「夜桜お七」を鍵盤ハーモニカで演奏するなんていまどきの幼稚園児でも非常に珍しい。

実はこの涼花ちゃん、幼稚園年少のころから父方の祖母から長唄をさらには母親の静香からはお琴の手ほどきを受けており今ではかなり上達してきたところだ。

また父方の祖母や母親が昭和30年代から平成のはじめあたりの邦楽をよく聴いていた影響か、涼花ちゃん自身も坂本冬美はもちろんのこと中島みゆきや松任谷由美の楽曲が好みである。

当の涼花ちゃんはと言うと紫子先生の賞賛の言葉など気にも留めず何か気になるようなことがあるようだ。

「涼花ちゃんどうかしたの?」

「いえ、なんでもありません。」

紫子先生が訪ねても涼花ちゃんは何もなかったかのように返答する。

涼花ちゃんの様子はいたって冷静だ。

彼女は何か病気ではないのだろうか?

シスター紫子は半信半疑のまま自分の席へと戻った。

自分の席へと戻った紫子はまたもやただならぬ気配を察した。

「もしや、またあの疫病神がこの幼稚園にきたのか?」


幼稚園の外ではあの厄病神-田中雅司と先日仲良くなったなべともさん-渡辺知晴の二人が涼花ちゃんの演奏や音楽の趣味などについて語りあっていた。

「いやあーそれにしてもなかなかの名演奏でしたよ。本当に。」

「「千本桜」や「ムーンライト伝説」はわかるとしても、鍵盤ハーモニカで「夜桜お七」の練習までしてるなんて大したもんでしょ。だって「夜桜お七」なんて坂本冬美が紅白で何回か熱唱しているあの曲だよ。」

「要するに家族や親内の影響かもしくは音楽環境に恵まれているんじゃないんですかねぇ~。」

「これ俺の聞いた話なんだけれど、涼花ちゃんの家はお祖母さんが長唄をやっていてお母さんがお琴の先生なんだってさ。そのお母さんがかなりの美人らしいんだよ。」

そこで雅司が一言付け加える。

「恵まれた音楽環境にきれいなお母さんなんて本当にうらやましいですよねぇ~。一度でもいいからそのお母さんにあってみたいなぁ~。」


そんなことをしているうちにお昼ご飯の時間となった。

この日は幼稚園で週二回行っているお弁当の日であり、小さなエプロンをしたお当番の園児たちが机拭きやテーブルのセッティングなどといった食事の準備にとりかかった。

食事当番の準備が終わったとしてもお弁当にまだ手をつけてはいけない。

この幼稚園は、カトリック系の学校法人が運営している幼稚園である。

食事の前には必ずイエス=キリストに感謝しなければならない。

先生と園児たちは、机の上にある食事を目前に神に祈りをささげてからようやくご飯をたべることができるのだ。

聖イエス=キリストへのお祈りが終わったら待ちに待ったご飯の時間だ。

園児たちは皆、お母さん手作りのお弁当をおいしそうにいただいている。

園児たちの表情はみな笑顔そのものだった。

あの涼花ちゃんも美人だと噂のお母さんが作った弁当を召し上がっていた。

涼花ちゃんの弁当はおかずが焼き鮭と京風出し巻き卵焼きときんぴらごぼうとほうれん草のおひたしがメインでご飯は国産のタケノコをふんだんに使った炊き込みご飯といういかにも料理上手な人がつくりそうな逸品だ。

その涼花ちゃんの表情は満足そのものでちゃんとお上品にいただいている。

もちろん周りの園児たちも涼しい花ちゃんのお母さんが作ったおいしそうな弁当をうらやましそうに眺めている。

シスター紫子でさえも涼花ちゃんの美人のお母さんの作ったお弁当に興味津々だ。

そのシスター紫子のお昼ご飯もこれまた(よだれ)の出そうなものばかりだ。

出来立てホヤホヤのマッシュポテトにベーコンエッグ、キャベツなどを千切りにしたドレッシングソースをかけたコーンサラダにアイスティーときたもんだ。

神に仕える聖職者がこんな美味しそうなものを食ってていいのかと疑念を抱くがそれはほっておくとしよう。

シスター紫子が食事に手をつけていると突然涼花ちゃんの様子を気にし始めた。

涼花ちゃんはいかにも挙動不審な様子で幼稚園の外の様子が気になっているようだ。

シスター紫子が涼花ちゃんに尋ねる。

「涼花ちゃん、お弁当を食べ終わったら突然一人でベランダの方に行きだしたけれど一体何があったの?」

涼花ちゃんの答えはこうだ。

「さっき幼稚園の外で怪しい男の人をみたんです。その人神父様やなべともさんと親しげそうにお話をしていました。」

再びシスター紫子が涼花ちゃんに尋ねる。

「その男の人どんな人だった。」

すると涼花ちゃんはこう答えた。

「なんだかよれよれのスーツを着ていて人相もあまりよくない感じでした。」

その一言に紫子はハッとした。

-またあの疫病神が現れたのか?-

-あんな奴の顔なんか二度や三度も見たくないのになんでまた現れたのか?-

-昨日の件は本当にやりすぎたのはわかっている。でも奴のことを決して無視することはできない。-

-とにかく奴だけは追い出さなければならない。-

そう察したシスター紫子は涼花ちゃんに礼を言って幼稚園の外へと向かった。

「涼花ちゃんどうもありがとう。先生その怪しい男の人、本当に気にいらなかったの。」


その頃雅司はというと、紫子の様子なんか気にも留めず、午前11時30分からこの時間まで真島神父やなべともさんと一緒に菓子パンややきそばパン、カレーパンを食べながら雑談にふけっていた。

「いやー今年は阪神優勝だと思っていたんだけど、また日ハムに取られちゃったねー。」

「なべともさん、実は僕も阪神ファンなんですよ。はっきり言って巨人軍は嫌いです。あそこの経営陣なんて金なんかあれば何でもできると勘違いしていますから。真島さんはどうです。」

「僕も中学生の時まで野球をやっていましたから。今でも日曜日に教会に来る子供たちを集めて野球をしたりなんかしているんですよ。」

「いいなあ~教会に来る子供たちを集めての野球大会なんて。真島さん、そういえばあの紫子さんという修道女の人はどうなったのですか?」

「彼女昨日の夜みっちりとお仕置きを受けて一応反省はしているようですけれど、雅司さんのことはまだ許していないみたいです。」

「やっぱりかぁ~。彼女僕みたいな落伍者を許すたちではないしなあ~。それに僕なんか昨日神様を侮辱するようなことを彼女に言ってしまいましたからねぇ~。」

「いや~そんなに気にすることはないよ。俺もその神様なんかあまり信じていないし。彼女、本当に子供好きで困っている人をみたら助けずにばいられないのがいいところなんだけれど、生真面目で融通がきかないのがちょっとねぇ~。」

「いや、聖職者なんてそんなタイプの人が多いでしょ。僕も高校はカトリック系の学校だったんですけれど、修道士や神父の先生なんか普段はとっつきにくいけれど心のうちでは使命感やら奉仕の精神みたいなのを持っていましたよ。」

「ははは、雅司さんよくわかっている。」


一方シスター紫子は幼稚園の外庭で60歳代くらいのふくよかな中年女性が庭に生えてある常緑樹の小高木を見上げているのが気になったのか、その女性に優しく声をかけた。

「真沙枝さん、どうかしたんですか?」

「さっき、飼い猫のミーちゃんと一緒にこの界隈を散歩していたの。そうしたらミーちゃんが私の腕元を離れて突然この木に登りだしはじめちゃったの。それからというもの降りられれなくなっちゃって。」

この真佐枝さんという女性、幼稚園の近所に住んでいて園長先生やシスター紫子ら教職員とも顔見知りらしい。

外庭に生えている樹木の上には、その真沙枝さんの飼い猫と思われるアメリカンショートヘアの雄猫が独りでびくびくとおびえているような素振りを見せていた。

雄猫は今にも木から落ちるか落ちなしかという一触即発の状況だ。

シスター紫子は直ちに幼稚園内に戻り用具室から折り畳み式の三脚を一人で抱え運んで樹木の所までたどり着いた。

この折り畳み式の三脚は、普段なべともさん達用務員が幼稚園の外庭に生えてある樹木の手入れなどの庭仕事に使うものであり、4・3メートルもの高さがある。

早速シスター紫子は、雄猫のいる樹木にその三脚をかけてから一段また一段と駆け上って雄猫を救いだそうとするもなかなか手に届かない。

あと一歩のところで雄猫を助けることができないのは、三脚の高さが樹木のそれとマッチしていないこともあるが紫子自身の身長があまり高くないせいもある。

雄猫も、木に登って降りられなくなってしまってから1時間以上もそこにいる。

雄猫を救い出すことができるのは時間の問題だ。

紫子が三脚や樹木の高さと格闘している間、かなり年配の優しそうな雰囲気の修道女(シスター)らしき女性が雄猫の飼い主である真沙枝さんに声をかけた。

「あら、ここにいるのは真佐枝さん。何かあったのですか?」

「これは園長先生、実は私のペットのミーちゃんがこの木に登ったきり降りてくることができなくなってしまったの。今紫子先生がミーちゃんを助けようと頑張っているんだけれどこのままじゃ2人とも危なくて見ているこっちがハラハラしてくるわ。」

年配の女性は幼稚園に隣接する女子修道院の院長であり、真沙枝さんとも顔なじみである。

女子修道院の院長がシスター紫子に一声かける。

「紫子さん、無理は禁物よ。今消防の人を呼んでくるからもう少し頑張ってちょうだい。」

「修道院長、お声掛け頂きありがとうございます。」

シスター紫子がそう返事すると、修道院長はすぐさま消防署へと電話をした。

「紫子さん、いまはしご車がこっちに来るからもう少し待ってってね。」

修道院長はシスター紫子にそう呼びかけると、真沙枝さんと一緒にシスター紫子の様子を見守り続けていた。

シスター紫子はいまにも木から落ちそうだ。

雄猫はまだ助かっていない。

この日は午後12時30分から13時30分まで外遊びの時間であった。

一方、修道院長が周りに呼びかけたのが幸いしたのか先輩シスターたちが一斉にシスター紫子のもとへと駆け寄った。

またそれまで滑り台や砂遊びなどに興じていた園児たちも野次馬の如くシスター紫子のもとへと詰め寄った。

もちろんあの涼花ちゃんも、シスター紫子の様子が気になったのかほかの園児たちとともに雄猫のいる小高木へと駆け寄った。

樹木の周辺では先輩シスターたちがシスター紫子に声をかけ続ける。

「紫子さんあと少しよ。頑張って!!!」

「ドジ踏まないよう気を付けて」

「もうひと踏ん張りよ!私たちにできることがあったら声をかけてちょうだい。」

園児たちも一斉にシスター紫子に声援を送り続ける。

「紫子先生頑張って~」

「先生子猫ちゃんを助けて~」

そんなシスターや園児たちの声援もむなしかったのかシスター紫子は高さ5メートルもある樹木から雄猫が立ち往生している木の枝の所までたどりつくことができないままズルズルと柱から滑り落ちてそのまま尻餅をついた。

地面に尻餅をつきいかにも痛そうな表情をしている紫子にシスター(修道女)たちが心配そうに声をかけてくる。

「紫子さん、大丈夫?」

「あと少しで子猫ちゃんを助けることができたのに」

当のシスター紫子はというと、尻餅で痛めた腰をなでなでしながらもなんとか立ちあがることができた。

そして修道女(シスター)たちに一言こう言った。

「あの子猫ちゃん、いま落ちてもおかしくない状況なんです。消防車が到着するのは極めて時間の問題なんです。」

その肝心の消防車はというとまだ幼稚園には到着していない。

子猫を救い出せるのは時間の問題と言ってもいい。


そんなところで立ち上がったのが昨日親しくなったばかりのあの3人だ。

雅司・真島・なべともさんの3人はいても経ってもいられなくなったのか、3人で力を合わせて雄猫を救い出そうと決心したのだ。

雅司を先頭に3人は樹木の前にかけてあった三脚を一段一段とかけ登っていく。

そして真っ先に雅司が木にしがみついて「ジャックと豆の木」のジャックのように上へ上へと昇っていく。

真島神父も用具室から持ち出したかご網をかざしながら雅司の様子をうかがう。

なべともさんは消防車が到着しているかどうかが気になるようだ。


一方雅司はというと雄猫のところまであと一歩というところだ。

雄猫は木の枝に宙吊りとなりながらぶらさがり続けていた。

木を駆け上りつづけながら子猫のところまでようやくたどりつくことができた雅司は、木の枝にぶら下がりながらも子猫を捕まえることができた。


その瞬間、雅司の腕元にかかえられた雄猫がいきなり暴れ出した。

そしてその雄猫は両手の先の長く鋭い爪で自分を助けてくれたはずの雅司の顔をいきなりひっかきはじめたのだ。

両腕に抱きかかえていた雄猫に自分の顔を傷つかれた雅司は、木の枝が折れると同時に雄猫を抱きかかえたまま地面まで一直線に落下しそうになった。

このままでは雅司はともかくとして雄猫の命が危ない。

するとシスター紫子が早足で樹木へと駆け寄り、雄猫を抱きかかえていた雅司をすかさずキャッチしたのだ。

両手で雅司をキャッチしたシスター紫子はすかさず雅司に声をかける。

「大丈夫ですか?雅司さん」

うなずいた調子で雅司も答える。

「ああ大丈夫だ。子猫も無事だ。」

シスター紫子は子猫を両腕で抱きかかえていた雅司を地面へと立たせた。

シスター紫子に助けられた雅司は顔全体に雄猫に引っかかれた跡が大きく残っている。

その顔貌は普段からのぱっとしない陰気な表情と相俟って、不格好そのものだ。

雅司は雄猫を抱きかかえたままボーっと突っ立っていた。

するとシスター紫子が「雅司さん、その子猫ちゃんはあちらにいるおばあさんの大事な家族なの。」と優しい口調で雅司に言った。

雅司は言われるがままに抱き抱えていた子猫をシスター紫子に手渡した。

そして彼女に一言こう言った。

「あんた、本当は純粋な心を持っているでしょ?別にむきにならなくても。」

雅司にそう言われたシスター紫子はそんなことを聞く由もなしに顔一面を真っ赤にした。

「いや、その・・・・・・・・・・」

雅司にそう言われたのがはずかしかったのか、シスター紫子は一言も返すことができない。


シスター紫子は、雅司が助け出したアメリカンショートヘアの雄猫を飼い主の真沙枝さんに手渡した。

「どうもありがとう、紫子先生。」

「ごめんねミーちゃん。怖かったでしょ。」

「かわいいわね、よしよし。」

愛しの飼い猫をナデナデしている真沙枝さんにシスター紫子が声をかける。

「ミーちゃんを助けることができたのは私一人だけの力ではありません。」

シスター紫子はそう言って真沙枝さんのもとを去っていった。


真沙枝さんのもとを去ったシスター紫子は雅司のもとへと向かいこう言ったのだ。

「私、今日の今日まであなたのことを誤解していました。」

「あなたに初めて会った時はあなたのことが本当に嫌いで嫌いであんなバズーカ砲まで放つような取り返しのつかないところまでいってしまいました。」

「でも今日こうやってミーちゃんを助けるのに一生懸命な姿をみていて、雅司さんは正直優しい人であることがわかりました。どうも申し訳ありませんでした。」


すると雅司もこう言った。

「いや、ちょっと照れくさいナァ~」

「俺何をやったってダメだったものだから今の今まで人に褒められたことなんてなかったから。」


消防車(はしご車)が幼稚園に到着したのは修道院長が通報してから30分もたった後のことであった。

運転席から四人の消防士たちが飛び降りて修道院長に到着するのが30分も遅れてしまったことを詫びるとともに現場の状況を聞き出した。

「ここに着くのに30分も遅れてしまって本当にすいません。自分たちが急いでいるさなかに迷惑駐車とかがあったものですから急ぎたくてもどうすることもできない状態だったんです。」

「これから救助活動に入りますがその子猫ちゃんは今どんな状況ですか?」

すると修道院長はこう返事した。

「もう心配いりませんよ。子猫ちゃんは助かりました。」

雅司もこう一言付け加えた。

「せっかく助けようと思ってもタイミングがわるかったら出動しても意味ないでしょ!」

そう言いながら雅司はタバコをふかしつづけていた。


その頃アメリカンショートヘアの雄猫ミーちゃんを真沙枝さんに渡し園児たちのところへ戻ろうとしていたシスター紫子に修道院長が穏やかな様子で声をかけてきた。

「紫子さん、何も悪くない人を根拠もなしに疑うのは絶対にいけないことよ。」

「人には良いところというのが一つや二つは必ずあるの。その良いところは認めてこそその人となりというものがはじめてわかったりするものなのよ。」

そういわれたシスター紫子はこう返答して一礼した。

「わかりました修道院長。今回のことを肝に銘じながらこれからは悔い改めてどんな人に対しても分け隔てなく接することを心がけることにします。」

すると修道院長はこう言ってシスター紫子を励ました。

「紫子さん、あなたはまだ若いんだからこれかもしっかりと頑張りなさい。」


そんなことをしているうちに時計の針はすでに午後2時を指していた。

幼稚園でのお勉強が終わり園児たちはみな家路につくために幼稚園バスへと乗り込んでいく。

その園児たちのなかにはあの涼花ちゃんもいるではないか。

涼花ちゃんの様子はというと幼稚園バスの窓際に一人で腰掛けて他の園児たちとも一言も会話をしない。

涼花ちゃんは何だか窓の外が気になっているみたいだ。

涼花ちゃんの目の先にはよれよれのスーツを着た一人の不格好な男性の姿が映っていた。

これが横山涼花(2017年4月1日生)という生身の人間が、初めて田中雅司-不器用系ダメ人間幽霊の存在を初めて認識したその瞬間であった。

もしかしたらあの人は自分にとって天使なのかもしれない。

それは、横山涼花-文武両道・才色兼備を体現した大和撫子と田中雅司-落伍者たる不器用系ダメ人間幽霊を軸に繰り広げられるさまざまな人たちとの出会いや別れ、さらにはたくさんの出来事や経験などを通して繰り広げられる青春クロニクルのはじまりでもあった。












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