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始まりと思い出のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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プロローグ

 プロローグ


 二〇〇三年三月、熊本県熊本市県立肥後高校。


 その日、真島翔ましましょうは市立尾ノ上中学校の制服である詰襟を着て、緊張した面持ちで速まる心拍数と戦いながら受験番号「256」の受験票を持ち、憧れの先輩がいる県立肥後高校――通称:肥後高の校門を通る。

 周囲を見回すと友達と数人で来てる者、親と一緒に来てる者と様々で、緊張したり、祈るような表情をしていた。

「父さん……俺……やっぱ駄目かもしれん」

「そう言うな、駄目だったとしても細高や第一商で頑張ればいいさ」

 市役所に勤める父親は呑気だが、冷静に考えればその通りだ。

 身長一七三センチの背丈の割には痩せた体型に猛禽類を思わせるような顔立ち、鷲の翼のような眉と連日の受験勉強でやつれたような目、真っ直ぐに伸びた黒い髪の素朴な少年はこの一年、冗談抜きで吐き気がするほどの勉強地獄を味わった。

 尾ノ上中学で生徒会長をしていた憧れの先輩である園田春美そのだはるみがいる学校に行きたいがために、成績を死ぬ気で上げた。

 趣味であるゲームキューブ(GC)プレイステーション2(PS2)を封印、お年玉とお小遣い貯めて買う予定だったゲーム()ボーイ()アドバンス()SPも高校入学までお預けにしてもらった。

「全力でやったんだろう? 合格すれば万々歳。落ちても細高や第一商に行けるんだから……父さんも母さんも翔がウジウジせず、前を向いて歩いて欲しいと望んでるし……洋彦ひろひこ君もきっと望んでる」

「わかってる……わかってるけど」

 翔は俯いて肯く、親戚の佐竹洋彦さたけひろひこお兄さんは二年前、タイのバンコクでミャンマーとの国境、モエイ川に行くと連絡したのを最後に消息を絶ったという。

 それを知ったのは肥後高の受験前夜だった。

偶然聞いてしまい、両親にはバレなかったが話してくれたのは入試が終わった後だった。

 受験前夜はあまり眠れず、試験の結果も自信があるとは言い難かった。

 合格発表の掲示板まで来ると自分の受験番号を見つけ、飛び跳ねるように喜んで家族や友達と抱き合う者や、携帯電話で報告する者もいた。

 合格者もいれば不合格者もいる。目の前の現実を突きつけられて悔し涙を流す者や、呆然と立ち尽くして現実を受け入れる者と、明暗が分かれていた。

 翔は恐る恐る合格発表の掲示板の前まで行き、自分の番号を探す「256」はどこだと視線で掲示板を舐めるように番号を探す。


 251……252……253……254……255……257……。


 もう一度見直せ、この一年机に向かって勉強したせいで視力が落ちたんだ。


 251……252……253……254……255……257……。


 視力が落ちたな、翔は苛立ちを感じながらもう一度と、今度は深呼吸して掲示板を見直して入念に探す。


 251……252……253……254……255……257……。


 三度目も見直したが結果は同じだった。

 この一年間の努力が水泡に帰した瞬間だった。

 落ちたのは視力だけじゃなかった、世界が灰色に変わるとはこういうことか翔は全身の力が抜けて肩を落とす、もう園田先輩に会ったり、憧れの眼差しで見ることはできない。

「翔、どうだったか?」

「……駄目だった……」

 翔は沈んだ表情と声で首を横に振る、それでも父親は温かい笑みを浮かべながら肩をボンボンと叩く。

「まあ、駄目だったなら駄目だったで仕方ない……高校に行けることには変わりない、それに高校落ちたからと言って人生終わりじゃないさ」

 少なくとも青春は終わったような気がした。あのスラリとした背中まで長い髪に、一昔前の少女マンガのように出てくるような長い睫、凛とした顔立ちに憧れてドキドキして楽しかった中学の二年間。

 そして先輩の所に行くために頑張った一年間はなんだったんだ?

「そう落ち込むな、春休み中はゲームで遊んでいいし、今まで遊べなかった分を四月までに取り戻せばいいさ……お前の好きなラーメンを食いに行こう!」

「ああ、それより母さんは大丈夫なのか?」

「大丈夫だ心配するな翔……母さんなら心配せず父さんと飯食って来いってさ」

 翔は母親に申し訳ないと目を伏せる、入学金と授業料の安い公立を受けたが失敗に終わってしまった。

 父親は市役所の管理職で給料はいい方とはいえ、家計に負担をかけてしまった。

 母親は介護施設でケアマネージャーとして働いてたが、退職して現在妊娠中で今年の八月の頭に出産予定だという。

「父さん、その前に学校行きたい……先生に報告してからでも遅くないと思う」

「そうだな、そんじゃ一回帰ろうか」

 父親は肯いて肥後高の外にある有料駐車場まで歩く。

 さて……これからどうする?

 滑り止めで受けた私立細川学院高校――通称:細高は部活動も盛んで就職進学実績も良いが、その分校則がガッチガチで厳しいことで有名だ。友達伝いに聞いた話だから、一部誇張や嘘が混じってる可能性もあるが、禁止事項が他に比べて多いという。

 まず髪染めは禁止、これならまだわかる。

 男女交際禁止、意味がわからない。翔だって園田先輩に恋心を抱いたから、これを禁止されるのはたまったもんじゃない。

 アルバイトも原則禁止、許可を取ればいいが基準が曰く、この国の銃規制並みに厳しいとか、遊びたい高校生には重要な資金源で翔もバイトしてゲーム代を稼ごうかと思っていた。

 公私問わず外出する時は必ず制服着用で、休日や放課後にはボランティアや生徒指導の先生が見回りしてるという。

 もし見つかったら反省文とか、停学とかになるという噂だ。

 他にもいろいろあるらしいが、翔が知ってるのはこれくらいだ。

 もう一つ受けた私立八代第一商業高校は対照的に大らかで先生や生徒との仲も良く、校長先生がかなりのご高齢にも関わらず、とてもユーモラスな人だった。だが寮での先輩後輩の上下関係とか厳しい生活はごめんだ。


 さあ、どうする? 真島翔、高校生活を左右する重大な決断だ。


 そう言いたいが、今はヤケクソモードになって朝から晩までPS2やGCでバイオハザードやメタルギアソリッド、エースコンバットをやりたい気分だったが多分気が晴れない。

 こういう時は自転車で思いっきりスピード違反上等で暴走したい気分だった。

 さよなら園田先輩、僕は別の学校に行きます。

 洋彦兄さん、今どこで何をしてるんだ? 危険で儲かる仕事とは言ってたけど、おかげで僕は肥後高落ちて究極の選択を迫られてるんだ、あんたのせいでもあるんだぞ。

 翔は唇を噛んで拳を握り締めて悪態を吐いた。

 受験なんてもう金輪際お断りだ! 地面に転がってる何かを蹴り飛ばしたい気分だった。

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