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ただ、私は愛されたくて

作者: 日向 葵

ちょっと嫌な気分になるかもしれない表現が含まれています。

苦手な方は、前半の幸せな部分でストップにすることをオススメします。

 私は、少し男尊女卑な思想を持つお父さんのもとに女として生まれた。従順にしていれば暴力は殆どしないけど、なにかやろうとする度に女のお前はやらなくていい、女なんだからこれをやれと言われる日々。

 それでも私はお父さんが大好きだった。別に恋愛のそれじゃない。ただ、家族としてお父さんが大好きなんだ。

 なんだかんだいっても、私たちのために仕事を頑張ってくれるお父さんの背中は大きく見える。

 だから支えてあげたいと思ったのかな。こんな話をすると、お前はちょっとおかしいよとか、ファザコンかよ、と言われるけど、私はそんなことないと思う。家族のためにと頑張るお父さんはかっこいいんだ。


「行ってくる」


「いってらっしゃい、お父さん」


「いってらっしゃ~い」


 弟のユリウスがお父さんに駆け寄ると、お父さんは頭を撫でて微笑む。

 とても厳格なお父さんだけど、優しいところもある。だから、ユリウスもお父さんが好きなんだと思った。だけど、お母さんだけは違った。


「あ、あなた……、いってらっしゃい」


 本当は「今日はいつ帰ってくるの?」とか聞きたいんだと思う。だけどそれは言えない。そんなことを言ったら平手打ちされてしまう。

 女はそんなことを気にするな、俺は仕事でお前らを食わせるからお前は家のことをやっておけ。よくお父さんが言っている言葉だ。

 私は、家族を養うために頑張るから、家を守ってくれって言っているんだと思っている。

 だけど、お母さんはそれがわからない。


「ああ、行ってくる。お前も、アンネも家の事を任せたぞ」


 お父さんはカバンを持ち、玄関から外に出て行ってしまう。それを私とユリウスは笑顔で見送ったが、お母さんは少しばかり引きつっていた。無理に笑っているようだ。

 なんでお父さんのことを分かってあげようとしないんだろう。

 お母さんは、「私にもやりたいことがあるのに」とよくつぶやいている。家に縛られず、好きに生きたいってことなのかな。それは、私たちのことなんてどうでもよく思っているのだろうか。

 それでも私たちのお母さんだ。一緒に家を守るんだと意気込んで、お母さんのお手伝いをする。

 朝食の片付けをして、洗濯機を回す。その間に掃除をし、終わった頃に洗濯が完了するので洗った衣服をカゴにつめる。

 私ができるのはここまで。洗濯物を持ち運んで庭に干すんだけど、十三歳なのに低身長の私にはちょっと届かない。

 だから、ここからお母さんにお願いするんだけど、どこにもいない。

 私は、お母さんがどこにいるのか探したら、ゴソゴソとなにかしているのを発見した。


「お母さん、なにしているの?」


「ア、アンネ。いえ、何でもないわ」


 お母さんが急いでそれを隠そうとしたが、その前にチラリと目に映る。ペンと紙。何か、文章を書いているようだ。誰かに送る手紙だろうか。封筒もあるみたいだからそうなんだろう。


「お母さん、私はそろそろ学校に行かないといけないの。洗濯物はしたけど干せないからお願い」


「ええ、やっておくわ。いってらっしゃい」


 私は、自室にある学校のカバンを背負い、家を出た。

 私自身、学校なんて行かなくてもいいと思っているし、お父さんも女は行かなくていいと言っている。だけど義務教育、国の制度によって、みんなが行っているのだ。私だけ行かないわけにはいかなかった。


 朝の通学路はとても賑やかだ。私と同じぐらいの子供たちが話し合いながら歩いている。

 私もその流れに乗って歩いていると、後ろから背中を叩かれて「おはよう」と言われた。


「キアラ、おはよう。今日も痛いじゃない!」


「あはははは、いつものことじゃん!」


 私のお友達、キアラ・マーケストはにこやかに笑いながらそう言った。

 彼女は、私の家からちょっと離れたところに住む幼馴染。学校に通う前から仲良くしていて、一緒にいて私も楽しい。時々料理をしたりして、クッキーなんかを作ってくれるときがある。アレがすっごく美味しんだ。

 私もお父さんに作ってあげたいと思って、何度か教えてもらったこともある。教えるのがすごく上手で、初めてでも簡単に作れた。

 キアラは将来、教師になりたいと言っていたからかな。きっと立派な教師になれると私は思う。


「アンネ、今日は暇?」


「うーん、どうだろう」


 お父さんは男尊女卑な思考が少しあるけど、子供である私に全てを押し付けるような事はしない。なんだかんだ言って子供に優しかったりするし、やるべき事をやっていれば怒られることはない。

 だから、別に暇だと答えても構わない。でも、私にだってやるべきことがある。お母さんは、ちょっと料理が下手くそで、私が手伝わないと大惨事になるし、弟のユリウスの世話だけでも手一杯になるだろう。

 だから、私が手伝わないといけない。

 こうやって支え合うことが家族だと思っているから。


「なんか曖昧だね。やっぱり家が大変なのかな?」


「ユリウスがちっちゃいから。お母さんも大変なの」


「だったらさ、アンネの家で遊ばない? ユリウスくんも一緒にさ。それなら大丈夫でしょ」


「それ名案。私もキアラと遊びたいと思っていたけど、ユリウスとお母さんが心配だっただけだし、それが解消されるなら、全然大丈夫だよ」


「そう決まったら早速!」


「はい、ちょっと待ってね、キアラ」


 私はキアラの襟首を掴んで、引きずるように学校に向かう。キアラも「そういえば学校があった!」などと、馬鹿なことを言い出した。私とキアラは、同じクラスの隣同士なので、仲良く席に付いて談笑する。

 そして、いつもどおりの日常を過ごす。


 教科書とノートを開き、先生のお話を聞いてメモをする。

 黒板に書いてあることも大事だけど、それよりも話していることのほうが大事な時もある。黒板に書かれることなんて、大雑把にわかりやすくまとめたもの。その説明が話なのだ。ノートに書きながら、チラリと横を見ると、キアラがウトウトとしているのもいつもの風景。

 その後先生に叩かれることも含めて。

 学校には行かなくていいと思っているけど、いろんな人と関わって、視野を広げていくことに関して言えば、学校に行けて良かったと思える。勉強はどうとでもなるけど、人間関係は実際に関わり合いがないとダメだから。

 そして、いつかお父さんのような旦那さんを見つけて、私が支えてあげられるようになりたい。これが私の夢。

 でも、私はまだ子供。だけど一人の女の子なんだ。だから、いまはお父さんをお母さんと一緒に支えたいかな。

 そう思いながら、叩かれたことに対して抗議という名のだだをこねているキアラを宥めた。



***



「アンネ、そろそろ帰ろ」


「うん、帰ろっか」


 順調に時間が過ぎて行き、放課後になった。ここからは部活動がはじまるんだけど、私とキアラはどの部活にも所属していない帰宅部だ。キアラは調理部とかに興味があったみたいだけど、仮入部した時、思ったものと違ったみたいだったので、家でやることにしたらしい。私も家のことがあるから、部活動には入らなかった。だからふたり揃って帰宅部。


 このあと学校では特にやることもないので、私はキアラと一緒に帰ることにした。

 帰り道は、朝と違い人が少なくなる。

 この時間に下校しているのは部活に入っていない私たちのような子供のみ。大人の人たちもまだ仕事中なので、人が少なくなるのは当たり前だ。

 たわいのない話をしながら歩いていると、あっという間に家の前についた。


「じゃあ、荷物を置いてきたらすぐに行くから」


「分かった。お菓子でも用意して待ってるね」


「あ、それだったら、昨日作ったマイグラノーラがあるから、それを食べようよ」


「でも、それってお腹いっぱいになりそう」


「大丈夫だって。豆乳とかあると美味しんだけど、あったりする?」


「私が豆乳好きだから、常にあるよ」


「ふふ、わかったわ。私が作ったグラノーラの美味しさにひれ伏しなさい!」


「はいはい。準備して待っているわ」


 キアラは、クルリと向きを変えて、走りながら去っていった。走るほどの距離ではないんだけど、私の家で遊ぶのは久しぶりだからかな。よく見るとスキップしている。


 キアラもすぐ来ることだし、私も中で準備をしていよう。

 そう思って、家の中に入ると、ちょっと大きめな荷物を持ったお母さんがいた。


「ア、アンネ。お帰りなさい」


「ただいま、お母さん。どこか行くの?」


「う、うん。ちょっとね」


「買い物? まぁいいわ。今日はお父さんもちょっと遅いはずだから大丈夫なはずだし。

 お母さん、いってらっしゃい」


「うん、ごめんね……」


 お母さんが荷物を持って靴を履くと、小走りで行ってしまった。

 なんでお母さんは謝ったんだろう。ただ買い物に行くだけなのに。あの少し大きな荷物には、多分買い物袋とかが詰め込んであるだけだよね。

 少しだけ買いだめをするから、荷物が大きくなってしまったんだ。

 私はそう思うことにした。


 お皿と飲み物、あと豆乳を用意して、キアラを待つ。


「おねえちゃん。どうしたの」


「もうすぐね、キアラが来てくれるの」


「キアラおねえちゃんが来るの!」


 キアラの名前を出した途端、ユリウスがにこやかに笑って喜んだ。

 私とキアラはいつも一緒で、ユリウスの面倒も見てあげた。その時から、ユリウスはキアラにすごく懐いたんだ。

 私より、本当の姉弟みたいに。そうなると、ユリウスから見たら、お姉ちゃんが二人いるって感じになるのかな?


「ユリウス、キアラが来て嬉しいのはわかるけど、あんまりわがまま言ったらダメだからね。キアラは優しいからあまり言わないけど。分かった?」


「うん、わかった~」


 体が弱くて、よく病気になっているユリウスだけど、まだ五歳。無邪気に笑って、元気よく走り回る年頃なので、ちょっと大変。でも、いい子だからしっかり言えばわかってくれる。

 私がユリウスを撫でながら「ちゃんとわかってるかな~」と言ってじゃれあっていると、インターホンがなった。

 玄関に向かって行き、扉を開けるとタッパーを抱えたキアラがいた。


「お待たせ。ちょっと遅かったかな?」


「全然。すごく早いと思うんだけど」


「そっか。あ、これが私ブレンドのグラノーラ。すっごく美味しんだから!」


 キアラがタッパーを開けてくれたので見てみると、麦、玄米、とうもろこしなど穀物加工品と市販で売っているナッツ類、あと色とりどりのドライフルーツが合わさった、美味しそうなグラノーラだった。


 ユリウスが、「なになに」と近づいて来たので、抱っこしてあげて一緒に見ると、「おいしそう~」と言う。


「お皿とか豆乳の準備は出来ているから、みんなで食べましょうね。ほら、キアラも中に入って」


「おじゃましま~す」


 私はユリウスを下ろして、私の部屋で待っていてと言う。ユリウスも分かってくれたし、キアラも一緒にいるから大丈夫だと思う。

 台所に向かい、用意していたお皿と豆乳、あと飲み物をお盆に乗せて、私は部屋に向かった。

 ユリウスとキアラが、私の部屋にあるちょっと小さめの折りたたみ机を広げており、グラノーラの入ったタッパーを中央に置いている。

 ユリウスなんか、「まだかな~」といった表情で待っていた。

 私がお皿を並べて、キアラがグラノーラをよそって、上から豆乳を掛けるて浸らせる。とても美味しそうだ。


「「「いただきます」」」


 スプーンですくって口に運ぶと、ナッツのカリッとした食感、ドライフルーツの甘味が口いっぱいに広がる。それと豆乳がマッチしてとても美味しい。


「これ、すごく美味しいわ」


「でしょ~。私特性ブレンドなんだから。思考錯誤してたどり着いたものなんだよ!

 ユリウスくんも美味しい?」


「うん、おいし~」


 ユリウスは笑顔でそういった。パクパクとすごく美味しそうに食べる姿を見て、私とキアラは笑いあった。

 美味しすぎてガッツいていたせいか、ユリウスの口元が汚れる。


「ほら、ユリウスくん。お口が汚れているよ」


「む~。ありがとう、キアラおねえちゃん」


「はい、どういたしまして。あんまり急いで食べると喉に詰まっちゃうぞ」


「わかった~」


 キアラの言うことを素直に聞いて、ユリウスはゆっくりと食べ始める。

 美味しいグラノーラを堪能したあとは、トランプなどをして楽しく遊ぶ。

 楽しいと時間があっという間に過ぎて行き、時計が六時を指していた。


「あ、そろそろ帰らないと」


「え~、キアラおねえちゃん帰っちゃうの?」


 ユリウスがわがままを言うので「ほら、キアラを困らせないで」と言うと、ちょっと寂しそうにしながらも、「うん」と言ってくれた。


「今日は楽しかったわ。またいつでも来て頂戴。今度、私にも料理を教えてね」


「じゃあ、今度は一緒に作ろっか。そこらへんは、学校で考えよう」


「そうね。じゃあ、また明日。学校で」


「うん、また明日。じゃあね、キアラ。ユリウスくんも、またね」


「うん、またね~」


 キアラは「おじゃましました」と言って帰っていった。ユリウスは、キアラが見えなくなるまで手を振っていた。

 キアラはクルリとこっちを向き、「またね~」と大きく手を振ってから、家に向かって走っていく。


 さて、ご飯の準備をしないと。買い物に行ったお母さんはなかなか帰ってこない。でも、家にあるものでもそこそこのものを作れるだけの材料はある。それは確認済み。


「ユリウス、私はご飯の準備をしなければいけないから、ちょっと待っててもらえるかな」


「あ、テレビ見たい!」


 テレビを見ているときは、ユリウスも大人しくなる。安心して料理に集中できるから、こっちとしても嬉しい。


 私はテレビをつけてあげて、チャンネルを切り替える。ユリウスが「これがいい!」と言ったところで切り替えるのをやめて、そっとリモコンを置いた。

 台所から、ユリウスが見えるし、大丈夫でしょう。

 そう思って、私は台所に向かって料理をする。

 今日も頑張って美味しいものを作ろう。お父さんに褒めてもらえたら嬉しいな。



***



 完成した料理を、ユリウスと二人で食べていた。キアラからもらったグラノーラを食べたせいか、少しお腹いっぱいだったので、夕食はちょっとだけにした。

 ユリウスも同じ感じ。こうなるだろうなと思って、私とユリウスの分だけは少なく作ったんだけど、それが正解だったみたい。

 それにしても、お母さんはいつ帰ってくるんだろうか。

 ご飯を食べ終わったあとは、ユリウスと一緒にお風呂に入り、寝る準備をする。

 それが終わってもお母さんは帰ってこない。私はユリウスを寝かしつけ、一人で待つことにした。


 時間は刻々と過ぎていき、もうすぐお父さんが帰ってくる時間になる。

 もし、お父さんが帰ってくる前にお母さんが帰ってきていなかったら、きっとお父さんは怒るだろう。

 なぜお前は家のことをしないんだと。

 そうなると嫌だなと思っていると、ガチャリと音が響く。

 きっとお母さんが帰ってきたんだと思って、玄関に向かうと、そこにいたのはお父さんだった。


「ただいま、アンネ。夜遅いのにまだ起きていたのか?」


「お帰りなさい。お父さんとお母さんが帰ってくるのを待っていたの」


「お前は女だが、まだ子供だ。ちゃんと寝とかないと……、まて、お母さんが帰ってくるのを待っているとはどういうことだ」


 私は包み隠さず、お母さんが少し大きめな荷物を持って出かけたことを話した。

 お父さんは「はぁ」と大きなため息をつき、怒った表情になった。


「あいつ、家のこともすらやらず、子供まで放っておいて、一体何をやっているんだ!」


 そう言いながら、お父さんは、自室に行く。私は、お父さんが着替えている間に、ご飯の用意をした。といっても、すでに作り置きしておいたので温めるだけ。大した時間はかからない。

 ご飯をテーブルの上に並べて、コップに水を注ぐ。

 ご飯が並べてある席の向かい側に座って、私はおとうさんが来るのを待っていた。

 静かに扉が開く。まだスーツ姿のおとうさんが、手紙を握り締めて、フラつきながら出てきた。


「どうしたの、お父さん?」


 私は、席を立ってお父さんの元に駆け寄ろうとした。


「ふざけるな!」


「きゃぁ」


 お父さんは、テーブルに並べている料理を払いのける。床に料理が散らばり、お皿が盛大に割れた。

 私は落ちた料理と割れたお皿を慌てて片付けながら、チラリとお父さんを見る。

 一体何がお父さんをそうさせたのかわからない。

 怒ったお父さんはとても怖い。私の体は、次第に恐怖で震えだす。


「……出ていった」


「……えっ」


「あいつ、俺たちを捨てて出て行きやがった!」


 最初、何を言っているのかわからなかった。お父さんは、出て行ったと言った。いったい誰が。お母さん。え、でも、なんで?


 私の中に信じたくない気持ちと真実を知ってしまった理性が渦巻き、混沌とする。


 いや、お母さんは私たちを捨てたりしない。きっと帰ってくる。でも、あのちょっと大きめなカバン。あれは出ていくための荷物だった。もしそうなら、お母さんは二度と帰ってこない。わからない。わからない。わからない。


 なぜ、お母さんは逃げる必要があった。今まで平和だったじゃないか。お父さんは確かに厳しいところがある。自分の意見を押し通すような感じもあった。でも、それは家のことを、家族のことを考えてのことでしょ。私にだって、優しくしてくれた。ユリウスにだってそう。お母さんも笑って撫でてくれたじゃない。どうして、なんで、わからないよ。

 きっと嘘だ。お母さんは出て行っていない。ちょっと遠くに出かける用事があっただけ。


 でも、やっぱり出ていったということを理解している自分がいる。嫌な顔をしていた。辛そうな顔を時折見せていた。もっと自由に行きたいと言っていた。だから、だからなの。私たち家族を捨ててまでやりたいことってなによ。

 気が付くと、私は泣いていた。声は出さないけど、瞳から溢れる涙は止まらない。

 嘘、絶対に嘘。嫌だ、信じたくない。


 呆然と立ち尽くすお父さんの横で、割れた食器を片付けながら泣いていると、ヒラリと一枚の紙が私の目の前に落ちる。

 これは、お母さんが書いた手紙。


『この家にいることは、私にとって地獄です。 私はもっと自由に生きたい。やりたいことも出来ず、ただ縛られる人生なんて嫌です。だから私は出ていきます。こんな決まったこと以外をやると暴力を振るわれる家なんてもう耐えられない。

 さようなら』


 手紙にはお母さんの字でそう書かれていた。それが紛れもない真実。


 私たちは……、お母さんに捨てられたんだ。


「アンネ、お前はもう寝ろ」


「で、でも、まだ片付けが……」


「いいから寝ろ!」


 私は「はい」と小さく返事をして、その場から逃げるように自室に戻った。

 お父さんは、私まで恨んでいるような、怒っているような、そんな目をしていた。それが私の頭から離れない。

 お母さんが逃げたことによって、私まで嫌われた? どうして。なんでよ、お父さん。

 その日の夜は、ずっと泣き続けて眠れなかった。



***



 あの日から、家族が壊れた。

 お父さんは、仕事で失敗続き。次第に酒に溺れていった。

 ユリウスには優しくしていたけど、私には暴力を振るうようになっていった。

 お前はあいつの子供で、あいつと同じ女だ。お前だっていつ裏切るかわからない。

 私によくそう言った。

 かっこよかったお父さんはいなくなってしまい、今いるお父さんは、女性を敵視する怖い大人。


 お父さんは弱かった。お母さんが逃げたことに、心が耐えられなかったんだ。だから女性を敵視する。皆同じという見方になった。

 娘である私に対しても……。


 それでも、私は信じたかった。お父さんを支えたかった。私が頑張れば、いつかおとうさんが戻ってきてくれる。また優しくしてくれる。

 だから、わたしはお父さんに振るわれる暴力にも耐えた。

 どんな言葉を言われても、わたしはお父さんを支えようと頑張った。

 また、私は愛されたくて。愛情を注いで欲しくて。あの家族みんなで笑い合う、楽しい家族を取り戻したくて。


「……っち、酒がなくなった」


「お父さん、そろそろやめたほうが」


「うるさい! 女が指図するなぁ!」


「きゃぁ……、うぅ」


 お父さんが腕を払い除けて、私は後ろに倒れこむ。

 倒れた先に瓶が転がっており、私はその上に転んだ。

 割れることはなかったけど、それによって腕を捻る。ズキっと感じる手を捻らなかった手で支え、私は「ごめんなさい」と謝った。

 怖い、今のお父さんは怖い。でも、いつか、絶対に戻ってきてくれるはず。だから、いまは耐えないと。

 私は台所から、お酒を持っていき、お父さんの横に置くと逃げるように自室に戻る。

 ベッドの上に倒れ込んで、涙で枕を濡らした。


 でも、大変なのはお父さんだけじゃなかった。弟のユリウスも次第に弱っていったのだ。

 いつも熱にうなされて、苦しそうにする。

 夜はいつもうなされている。私もできることはしてあげたい。でも、ユリウスにはお父さんが寄り添っている。

 男であったユリウスは、私のように暴力を振るわれず、愛情を注がれていた。私はそれが羨ましくてたまらない。

 私にくれないものを弟にはあげている。

 そして、私は自分が嫌いになる。

 弟に嫉妬して、苦しむなんて家族として最低だ。

 そういえば、あれからキアラともあっていない。学校も休むようになった。

 今頃どうなっているんだろう

 ああ、あの頃の……、楽しい日々に戻らないかな。

 そう思うと、また胸が苦しくなる。変わってしまえば、もう戻らない日常。

 どうしたら、取り戻せるんだろう。どうやったら、また元に戻れるんだろう。

 でも、それはかなわない夢なのかもしれない。

 いや、そう思うことがいけないんだ。きっと取り戻せる。だからいまは頑張ろう。



 だけど、悲劇はまだ続く。



 ユリウスの状態がさらに悪化した。元々病弱な身体。それが家庭事情と精神的ストレスにより、ユリウスも壊れていったのだ。

 お父さんは病院を駆け巡った。治療してくれる場所を探し、断られ、探し、断られ、探し、断られ……。


 治療してくれるというところは沢山あった。でも、治療費がどれも高く、今の状態では払えないところしか見つからない。


 探している間にも、ユリウスは弱っていき、そして……死んだ。


 お父さんは、まるで子供のように泣き崩れる。「ユリウス、ユリウス」とベッドで横たわる、死んだユリウスの手を握り、ずっと、ずっと、ずっと。

 そして、私に暴力を振るった。


「やめて! お父さん。もうやめてよぉ」


「お前が、女のお前が家にいたからいけないんだ。だからユリウスが死んだんだ。お前が、女のお前さえいなければ。女だ。全て女が悪い。どいつもこいつもクソッタレなやつばっかりだ。お前が、お前があぁぁぁぁあぁ」


 蹴る、殴るの暴力を私は丸くなりながら耐え続けた。痛い、辛い、悲しい。

 でも、私はまだ全てを失っていない。

 お父さんが、お父さんがまだいるんだ。

 辛くても、悲しくても、それでもきっと、きっとお父さんは戻ってきてくれる。私はそう信じて耐えた。

 でも、お父さんは耐えられなかった。


 私が買い物に出かけて帰ってくると、家が真っ暗だった。

 私が出るときは、お父さんはお酒を飲んでいた。辛いことを忘れるために。現実から逃げるために。

 いつもなら、私が帰ってくるだけで罵声を浴びせる。だけど、今日は何も言わない静かな家。それがとても不気味に感じた。

 その不気味さは、リビングに入って理解した。


「お父さん……」


 手に持っている買い物袋を落としてしまう。中に入っていた食材がいくつか潰れる音がした。


 天井に結ばれたロープ。倒れて、ぐちゃぐちゃになった部屋。そして、首にロープを括りつけて揺れているお父さんの姿。


 お父さんは首を吊って死んだのだ。


「いやぁあああぁぁぁぁぁぁぁああ」


 私はお父さんのところに急いで駆け寄った。死んでいない。まだ死んでいない。そう思い込むようにして。だけど、お父さんから暖かさが感じられない。床に散らばる糞尿の匂いが立ち込めて、いやでも死んだことを理解させられる。


「なんで、どうしてなのよ。どうしてお父さんが死んじゃうの。いやだ、私が、私がまだいるじゃない。なんで私は愛してくれないの。どうして私を置いて死んじゃうのよ」


 その場で崩れ落ち、涙を流す。なんで、どうしてと考えても、わからない。私には、ただ泣くことしかできない。

 だけど、そこでお父さんの言葉を思い出す。

 暴力を振るわれている時に、よく言っていた言葉。


 お前が女だからいけないんだ。


 私が、私が女だから。だからお父さんは愛してくれない。私に愛情を注いでくれない。私を家族として認めてくれない。


 私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。私が女だから。


 そんな思考が頭を駆け巡る。そして……。


「そっか、私が男になればいいんだ。そしたら、お父さんが私を見てくれる。私を、愛してくれる。また家族としてやり直せる」


 台所から、包丁を取り出し、お父さんの首を絞めているロープを切る。そして、お父さんを寝室に運び、布団をかぶせた。

 大丈夫。お父さんはただ寝ているだけ。きっと、私が男になれば目を覚ますはず。だから、待っていてね、お父さん。


 私は、男になる為にどうすればいいか考える。だけど、私のような子供に出来る事なんて限られている。お金はない。そういった方向性は考えない事にした。

 まずは自分の体を観察する。

 私の体は、少し胸が膨らんでおり、丸っぽい。男とは到底かけ離れた女の身体。


 そんな自分の体を鏡を使って嫌な気分になりながら、じっくり観察する。男になるために、お父さんに認めてもらう為に。また、家族を取り戻すために。


 そうしていると、外から声が聞こえた。男の声。そして、インターホンがなる。


 私は服を着て、玄関に向かう。開けると、一人の男が立っていた。


「お嬢ちゃん、この家の人。今、悲鳴が聞こえたようだから様子を見に来たんだけど、大丈夫か」


 ちょっと細い感じの青年は、私に声をかける。話を聞くと、変な感じがしたから様子を見に来たらしく、どこにも連絡していないらしい。

 細くても、がっちりした男の身体。

 そこで私は閃いた。


 そうだ、男の体に作り替えればいい。もしくは、男の体で包み込んで、女の体を隠してしまえば、私は男になれるんじゃないだろうか。


 そこからは迅速に行動した。男を家に招き入れて、後ろから包丁で刺し殺す。体をバラバにして、内蔵を取り出す。

 そして、バラバラになった肉体を、糸と針を使ってつなぎ合わせる。

 これで、私は男になれる。そうすればお父さんに。

 そう思うと、胸が高鳴った。早く、早く作ってお父さんに見せてあげたい。


 だけど、ざいりょうが足りなかった。全然、足りない。これでは、男になれない。お父さんが起きないし、認めてもらえない。


 でもまだ少し明るい。ざいりょうを手に入れるのは難しいだろう。

 だから、私は夜になるのを待った。

 そして、薄暗い通路を歩いているざいりょうを手に入れるために、殺した。


 バラして、内蔵を取り出して、つなぎ合わせる。だけど、まだ足りない。

 だからまた殺しに行く。


 そして、また一人、ざいりょうを殺した。


 バラして、内蔵を取り出して、つなぎ合わせる。だけど、まだ足りない。

 だからまた殺しに行く。


 けど、まだ足りない。全然足りない。もっと、もっと殺さないと。


 手を赤く染めて、ゆっくりと、ゆっくりとざいりょうを手に入れていく。


 バラして、内蔵を取り出して、つなぎ合わせ、理想のカラダを作り上げる。

 お父さんが認めてくれると信じて、お父さんが目を覚ましてくれると信じて。

 殺して、殺して、殺して。


 沢山殺して、ざいりょうを集めて、つなぎ合わせて、そういう日々が過ぎていく。

 立ち込める腐臭が家を覆う。

 様子を見に来た人もいた。でも殺した。

 邪魔だから、私の家族を取り戻すために邪魔だったから。

 だから殺して、殺して、殺して。


 そして、完成した。首から下の人肉でできた男の身体。ツギハギだらけだけど、それでも立派に出来ていた。


 私はそれを着て、鏡に映る自分の姿を見る。

 顔は変えられない。でも、体は男の人になっていた。


「あは、ははははは、ははははは」


 心の奥底からこみ上げる歓喜。これで私の願いが叶う。また、家族を取り戻せる。


「やった、私は男に……男になったんだ! アッハハハハー」


 私はお父さんが寝ている寝室に向かう。横たわる腐った死体。虫が湧き、腐臭が漂う。

 腐ってきたお父さんの横に座り、私は父さんにカラダを見せてた。


「ねぇお父さん。私は男になったんだよ。見てよ。お父さんに見て欲しいの。だから、だから起きてよ」


 横たわるお父さんの体を揺する。でも、全く反応してくれない。お父さんは寝ているだけのなずなのに。


「ねぇ、お父さん。起きてよ。私の姿を見てよ。お父さんの、理想の男になるからさ。だから、だから起きて……」


 私の頬に涙が伝う。揺らしても、揺らしても目を覚まさないお父さん。


「ねえ、ちゃんと見てよ。男に、男になったんだよ。だからさ……」


 まだ足りないなら頑張るよ。もっと理想の男になるから。そのためになんでもする。私は家族を取り戻したいんだ。

 お父さんに愛されたい。愛情を注いで欲しい。そのために、女を捨てて男になるぐらいはしてみせる。そう思って、男になったんだよ。

 だから、だから、だから、だから、だから。


 これで、私を愛して……くれますか?

読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] イヤー感動デキタナー。 お父さんのトノ、愛情ガフクザツにカラミアッテすごいいい作品ダッタナー。 さて、おふざけはさておき、とても面白く読ませて頂きました!流石は日向さん!! 感動とは行か…
2017/04/24 18:22 退会済み
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