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謝罪がよくわからないまま異世界へ来てしまった人へ  作者: 上野衣谷
第二章「してはいけない謝罪法」
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第9話

「それに──なんだ、お前の一言……私は、馬鹿にするつもりは……その、なかったんだ……」


 ヴィルの声のトーンが徐々に、徐々に小さくなっていく。はたと春生は感づいた。ヴィルは、自分が、自分が嫌がることと同じことをしてしまったということを感づいたのであろう。つまり、馬鹿にされるということを自分がしてしまっていた、ということに春生の言及で気が付いたのであろう。


「……そのー、なんだ、つまり……だな……」


 ふぅー、と春生は息を吐く。間違いない。謝ろうとしている。何故だか頬を朱に染めて、竜人ヴィルは、赤い眼を不器用に、しどろもどろさせながら、手ももじもじ、体ももじもじさせながら、多分、きっと、謝ろうとしているのである。

 春生は、とりあえず、しばらく待ってみることにした。しばらく観察してみることにした。何故ヴィルはこんなにも謝ることに対して羞恥心を持っているのだろう、だとか、あれ、もしかして、これが普通なのか、とか、そんなことを考えながら。


「……いやだなぁ、馬鹿にするつもりは、なかったんだ」


 長い。タメが長い。もうそろそろ夜。春生は、この街の夜について何も知らないが、どこの街でも、昼と夜でどちらが治安が悪いかといえば、間違いなく夜であろう。恐らくこの事実は世界共通、いやいや、異世界共通? この文化レベルの世界においても、きっとそれは共通するはずだ。今日の宿さえ決まっていない。どうにかこうにか、手を考えなければならない。こんな茶番で時間を無駄にするのはあまりよろしくない。

 かといって。

 ここで、春生が口を出す訳にもいくまい。ここで、何か言おうものなら、多分、きっと、また、振り出しに戻る。今春生に出来ることは、ただ、ただ、ヴィルのこの先の言葉を待つ他ないのである。


「そのだなぁ、今回の件、確かに私が悪くて──」

「…………」

「──だからその──」

「…………」

「────」

「なあぁぁあっがぁあいぃいいっっ!!」


 残念ながら、春生の気持ちは意外にも忍耐力を持っていなかった。いやいや、これは、春生の忍耐力の低さによるものだけではない。むしろ、春生はよく頑張った。ヴィルに問題がある。加えて言うなら、春生にとっては非常に簡単なことなのだ。いくら自分が多少怒ったからと言って、そんなに仰々しく謝る必要もないのだ。たった一言、ごめんなさい、って言ってくれれば満足。今の春生に対して、大きな謝罪なんて必要ない。むしろ、誤解が解けた時点で、春生はもうヴィルのことをすっかり許しているのだが、そのきっかけが欲しかっただけ。

 特に大きな損失が出ているような状況でもなければ、色々ありはしたもののヴィルに対して憎悪を抱いているという訳でもない。そんな場において、謝罪は単なるきっかけに過ぎない。時と場合によって、謝罪の意義は変わってくるのであって、どんな場面でも土下座して頭を地面に擦り付ける必要なんて全くないのである。


「な! ななっ、んなっ! 長いとは、なんだ! 人が、その一生懸命に──! 謝ろうと──!」


 きぃいいー! と、ヴィルは顔を赤くして今にも春生に掴みかからんとせんばかりに暴れ出しそうな様子。春生は、しまったと思いつつも、どうどう、とヴィルを抑える。


「あー、なんだ、そのね、人には向き不向きってものがあるんだよ、うん。きっと。それはいいとして……」


 春生にとって今もっと大切なことがある。それはヴィルの謝罪なんかではない。もっと、生命に関わることだった。つまり、このままいつまで続くかも分からないヴィルの謝罪の相手をしている暇はないのである。


「あのさぁ、謝ってもらうこととか、そんなことよりさ、今日の宿! ほら、ヴィルも知っての通り、俺、日本円しか持ってないじゃん……? 使えないでしょ? どうしようかと思って……」

「そんなことっ! そんなことって──! 誇り高きイェテボリーテの竜人族である私が、悪いと思ってだなぁ! きぃい!」


 またヴィルが忙しそうに喚き立てる。春生は思った。このヴィルという女の子、プライド高く怒りやすく、感情豊かだけど、なんか、コツ掴めば扱いやすそうだ、と。決して不埒なことを考えている訳ではない。電話越しの怒鳴ってばかりの客を思い出したリ、思い出さなかったり、クレームを一通り言って満足して特に改善策を示さなくてもやり取りが終わるような楽な相手を思い出したリ、思い出さなかったり……。


「おい! 貴様! やはり、私を馬鹿にしているのかっ!」


 春生の顔に僅かばかりの笑みが浮かびあがってしまっていたらしく、ヴィルはそれを見て、再びぷんすかし始めた。


「あー、いやいや、そのね、落ち着いて」


 春生は、そして、ヴィルをなんとかうまく扱うことを試みる。


「これは嘘じゃなくて真剣な話なんだが──」


 ヴィルをじっと見つめる。ヴィルは訝し気な目で春生を睨み返す。路地裏だけあって人通りが少ないため、なんだかよからぬ雰囲気になっているような気がしなくもないが、そんなことは気にしない。ヴィルがごくりと唾を飲む音が聞こえる。どうやらヴィルを怒りっぽいと表現したのは間違っていたようで、要するに彼女は感受性豊かなのだ。すぐに色々なことに反応するし、素直なのである。

 ただ一つ、プライドが高いという点を除いては。

 そして、だからこそ、


「これは、ヴィルにしか頼めない話なんだ。僕にはヴィル以外頼る人がいないんだ」


 ……。


「な、なんだ、それは、そんなに重要なことなのか」


 ヴィルは真剣な目をして、食い入るように春生を見る。……ということである。いや何、別に春生が特別人の扱いが上手い訳ではない。ただ単に、目の前の女剣士ヴィルが百人に一人、いやいや、千人に一人、一万人に一人の類まれなる純粋無垢さを持つ少女でったというだけに過ぎない。あまりにうまく話に乗ってくれるものだから、春生はもう逆になんだか怪しくなってきたが、他に頼れる人がいないというのは事実である。


「実は、自分、どこか他の世界から来たみたいなんだ……! いや、ホント、マジで!」

「……ほぅ。それで?」


 あっさり信じてくれるヴィルに拍子抜けする春生。もっと疑われると思っていたが、と若干勢いをなくしつつも続ける。


「あー、それで、ってな。つまり、だよ。ヴィルみたいにこの世界を渡り歩いてきた訳じゃないんだ。だから、例えば、今日の宿をどうするかだって決まってないし……もっと言えば、この先のことだってなんにも決まってないっ!」

「……ほぅ、ほぅ、よし、分かった」

「え、何が分かったの?」

「私に任せろ。新米の面倒を見るのも冒険者の職務だからな」

「……マジ?」


 さて、なんともすんなりまとまった交渉。春生はどうやら新米冒険者というところに分類されてしまったらしいが、この際仕方あるまい。この世界について新米だという事実には変わりはないのだから。

 かくして、春生は、無事、ヴィルという共に生きていく仲間を手に入れることに成功し、この世界を生き抜くための第一歩を歩み始めたのである──多分。




 結果から言うと、宿の代金は、なんとも幸運なことに、春生が持っていた仕事の紹介状によって、その仕事の料金が入ってから支払えばいいという形で落ち着いた。

 流石は商業の街、融通が利くことである。わりと現代チックであった。


「すげぇなぁ、でも、これで、絶対に仕事をしないといけなくなったな……」


 一夜を跨いで背伸びをしつつ宿屋から発つ春生がぼつりと呟く。そして、その横に並ぶヴィル。ヴィルの方が小柄ではあるが、服装、装備の面から言って、春生はとっても従者っぽい雰囲気を醸し出している。


「……し、しかし、い、いいのか、そ、その、その、もし払えなかったら、どうどうどうどうしたらいいんだぁ? そんなもの、私のプライドが許さないぞ、ごめんなさい、だなんてっ!」

「田舎者かよ……昔の人かよ……」


 春生からしてみれば、借用書なんてものはクレジットカードの代わりみたいなもんで、言うなればごくごく身近で使用していた決済方法であるのだが、どうやらヴィルにとってはそうではないらしい。その場で払わないことに対する謎の罪悪感を感じているようで、実に面倒くさい、と春生は感じていた。

 まぁでも、春生の知る現代社会においても、クレジットカードの利用などにとても恐怖を感じる人間がいたり、いなかったりするので、さほど不思議なことではない。そして、きっと説明しても彼女の不安は解消されないであろう……。


「ふわぁ~」


 春生はあくびをする。気を緩めているという訳ではない。あまり眠れなかったのだ。何故か。一日を振り返っていたからである。そして、何より、この世界について、さらに言えば、自分の置かれている現状について考えていたからである。

 ちなみに、このことについて、同室で寝ることになったヴィルに聞いてみたところ、


「私は剣士だ。難しいことは分からない。ただ、この剣に誓って生きるのみ──」


 なんて目を細めながら枕元に置いた大きな剣──曰く、名前はスターカ。古の言葉で屈強さを意味するらしい。ちなみに、勿論春生はそんなこと一言も聞いていない──を手に取りながら語り始めたため、多分本当に何も分からないだろうと判断し、相談することはすぐに諦めた。良くも悪くも、ヴィルはとにかくバ──いやいや、一直線な子なのであろう。余談だが、この時春生が得た情報として、彼女は竜人族と呼ばれるそれはそれは誇り高き種族であるということと、私は魔王を倒さなければならないのだ、とかなんとかいうことである。ファンタスティック。どっかで進路を分かつことになるだろうとこの時春生は確信した。

 結局、春生は寝る前にしばらく一人で振り返って見たところ、これは夢じゃないということ、そして、自分が知っている世界ではないということ、という分かり切っていた事実のみが再確認されるにとどまった。

 一方で、自分が話している言葉が何故通じるのか、という疑問については解決しないままだし、何より、何故、何の為に、この世界に自分が移ってきたのかということについても大いなる疑問のままであった。

 そんな思考を引きずらせながらも、あくびをしつつ、ギルドへと歩みを進めている訳である。


「寝不足か? これから仕事だというのに……。体調管理も剣士の勤めだぞ」


 先輩風を吹かせるヴィルだが、間違っているのは春生が剣士ではないという点である。


「おっと、しまった、魔術師、だったかな?」


 勿論そうでもない。敢えて言うなら、サラリーマンだ。もうサラリー貰っていないけれど。


「いや、えーっと……まぁ、いいや……」


 春生が抱く不安は寝不足なんかよりも根本的なところにあった。当たり前であるが、剣士がいるということは、外は危険だということである。一体どんな恐ろしい野獣が襲ってくるのか、それとも、賊か何かが襲ってくるのか、予想がつかないが、生まれてこの方暴力沙汰など起こすことなく、平和的に話し合い、もしくは謝罪によって社会を生き延びてきた春生にとって、野蛮な出来事に首を突っ込まなければならないというのはかなりの不安材料であった。

 さて、そんな春生の心境とは別に、街は朝早いというのに活発に動いていた。

 大通りには忙しく馬車が通り、道の横でも、


「おーい! 誰か! ──について情報はないかぁ~!」

「──人が行方不明なんだ。探している、目撃証言が欲しい。店に張り紙をさせてもらってもよいだろうか?」


 とか、なんとか、声を大にして走り回っている人がいたり、実に忙しそうであった。この喧騒を横目に見てると、春生はつい昨日まで自分がいた世界を思い出す。

 そんな光景を横目に、特にトラブルもなく──実に幸いなことに、ヴィルへ絡む輩に遭遇することもなく──無事、ギルドへ到着し、春生は持っていた紹介状をギルド職員へと手渡す。

 ギルドの職員はそれを受け取ると、念入りに何回か確認をする。


「……いいのか、ホントにかぁ」


 なんてことをぶつぶつ呟きながら、でもなぁ、けどなぁ、なんて呟いている。そのぶつぶつは若干春生の不安を煽ったりするが、どうしようもない。


「あー……いいか、君たちに任せたい仕事内容を説明するぞ──重要な案件なんだ、これは……」


 ギルド職員は、春生とヴィルを交互に見た。ヴィルはやる気満々の様子で、うん、うん、と頷いている。ギルド職員は、それでもなお、少し迷ったような様子であったが、観念したのかギルド職員は続きを話し始める。

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